第83話 作戦は臨機応変に

「なんですって!?」


 どう見ても執事な料理人ゼハスのとんでもなく美味しい夕食を食べ終わった後、どう見ても執事に見えないインティアの話を俺達は聞いていた。

 その最中、インティアがどこから逃げ出してきたのかを聞いて、エリネスさんが激高する。


「それは本当なのですかインティア」

「ワタクシがエリネス様に嘘をつくわけございませんです」


 エリネスさんが怒るのも無理はない。

 それほどインティアのもたらした情報はとんでもないものだったからだ。


「まさかあの奴隷商どもの本拠地が領主屋敷のあの建物だったとはのう」

「ガルバスさんも初耳ですか?」

「前に直談判に訪れた時に、庭に新しい建物が出来ているのは見たのじゃが」


 上手く隠されていたのか、偶然『休業日』みたいなものだったのか、彼が見た時はその建物に人の気配はなかったらしい。


「民を守るための領主の館に奴隷館を作るという愚行も許せませんが何より……」


 エリネスさんの背中に白い炎が燃え上がるのが幻視されるくらい彼女の怒りが伝わってくる。

 

「あれほどガルバスが綺麗にしてくれていた私の庭園を潰したこと、万死に値しますわ」

「おお、お姫様ひいさまが本気で怒ったのを久々に見ましたぞ」

「まだ小さくて食べちゃいたいくらい可愛くて、でも食べられないから代わりにエリネス様のおやつをワタクシが食べた時を思い出しますです」


 子供のおやつを奪って食べる執事とか本当にこいつマジで大丈夫なのだろうか。

 それ以前に奴隷館への怒りとおやつが同じレベルまで落ちちゃったじゃないか。


「それでインティアさんはその奴隷館から逃げてきたわけですか」

「ちょうど奴隷の首輪の魔力補充の一団に紛れ込むことができましたですので」


 あの奴隷の首輪も永続的なものでなく、魔力に寄って動く魔道具の一つなので時折充電というか魔力補充が必要なのだそうだ。

 そして、それに合わせて万が一壊れて反乱を起こされぬよう定期的に奴隷商の館で色々なチェックが行われるらしい。


「まぁ、ワタクシにかかれば奴隷の首輪の力に逆らうなんて簡単なことですますけどね」


 じゃあなんで今まで奴隷のままだったんだよこの人。

 もう訳がわからない。


「でもさっき首しめられて死にそうになってましたよね?」

「あれはほんのちょっとしたミステイクですますよ。ついエレーナ様の可愛らしさに見とれてしまって魔力制御を忘れてしまっただけなのですます」


 この駄エルフなんとかしないと……。


「しかしお主の話を聞いてやっと合点がいったわい」


 ガルバス爺は部屋の窓から外の様子を見ながらそう呟くと、窓の外を親指で指し示した。


「さっきからこの宿の前の道を何人もの男爵の兵が走り回っておったのはお主を探してるのじゃろ?」

「この宿、大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫……と言いたい所じゃが、このアホウが身を隠しながらここまでやって来たとは思えんしなぁ」


 それには俺も同意だ。

 きっとエリネスさんに逢いたくて、身を隠すとか一切せずに一直線に全速力でここまで来たに違いない。


 俺はガルバス爺の隣まで行くと、宿屋の前の通りの様子を窓から見る。

 数人の兵士が近くで何やら話をしているようだ。

 しばらく見ていると、どんどん兵士が集まって来ているのがわかる。


 やがて十人ほど集まった頃だろうか。

 彼らは明らかに俺達が潜んでいるこの宿屋に向けて行軍しだした。


「これは完全にバレちゃってますね」

「まぁ、ワシらが居ることがバレたわけではあるまい。最悪インティアを渡せばいいだけじゃ」

「そうですね」


 俺達二人は後ろを振り返りインティアを見る。


「えっ、ワタクシですますか?」


 俺達は無言で首肯する。


「エリネス様と一時的にでも分かれるのは辛いですますが、しかたありませんですね」


 インティアはそう言うと部屋から出ていこうとする。

 が、その肩をエリネスさんが力強く握って引き戻した。


「エリネス様?」

「彼奴等全員ぶっ潰しますわ」


 彼女の手に光の剣が顕現する。


「でもエリネスさん、今あいつらと騒動を起こしたら明日の作戦が――」

「関係ありませんわ」


 俺の言葉は、怒りに満ちたエリネスさんの言葉に食い気味に制される。

 

「もう作戦とか話し合いとか関係ありません」


 えええぇ……。


「ドリュウズは明確なこの国の決まりごとを破りました。そしてその証拠が屋敷にあるのです」


 エリネスさんはそこまで言うと、怒りの表情を和らげ、その表情に愉悦を浮かべる。


 これあれだ、完全に悪役の方の顔だ。


 俺がちょっと引き気味に彼女の顔を見ているとエレーナがウリドラを抱えたまま続く。


「お母様、もちろん私も一緒に行ってもいいですよね?」

「ええ、存分に貴方の炎をぶちかまして上げるとよろしいですわ」

「はいっ」


 もうやだ、この武闘派母娘。


 そんな事をしているうちに階下で激しい音がしたかと思うと、荒々しい靴音が階段を昇ってくる。

 今更インティアが部屋を出ていったとしてももう手遅れだろう。


 俺は、やれやれだなと思いつつ尻ポケットからいつもの指ぬきグローブを取り出す。


「エリネスさん、作戦はどうしますか?」

「そうね、まずは無粋なお客様に退場してもらってからウリドラちゃんに乗って一気に領主屋敷に向かいましょうか」

「ぴぎゅう!」


 ウリドラもやる気満々のようだ。

 だが、部屋の中では元の姿に戻るんじゃないぞ。

 全員潰れてしまう。


「エレーナさん、魔法で攻撃してもいいですけど火力は最低限まで抑えてくださいね」

「わかりました。宿を燃やすわけにはいきませんから。でも男爵屋敷に着いたら一度くらい本気で撃ってもいいですか?」

「だめです。証拠ごと燃えちゃうでしょうが!」


 俺の言葉にしょんぼりするエリーナかわいい。

 でも武闘派すぎて怖い。


「その時はワタクシが消火してあげますです!」


 インティアがそう言ってエレーナにすり寄っていくが、ウリドラの蹴りを受けてベッドの向こうまで飛んでいった。


 あの駄エルフ、水属性の魔法を使えるのか。

 だとすると回復魔法とかも使えるのだろうか。

 後で聞いてみないとな。


 宿屋の中が一段と騒がしくなり、やがてその喧騒が俺たちの部屋の前で止まる。


 さて、久々の戦いを初めますかね。


 俺は革製の指ぬきグローブをぎゅっと音を立てさせつつ拳を握り込んだ。

 

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