第76話 二日酔いはつらいよ

「ううっ、きぼぢわるい……」


 翌朝遅く目覚めた俺は、ガンガン痛む頭と、猛烈な吐き気を訴える口を押さえながら部屋を出た。

 昨日あれからどうなったんだろうか。

 全く記憶がない。


 フラつきながらトイレまでたどり着くと、胃の中のものを全て出す。

 口の中が苦い。


 こんな田舎でも各家にトイレが設置されてるのは逆に違和感を感じるが、魔道具の中ではこのトイレユニットはかなりメジャーなものらしい。

 本当にいびつな世界だ。

 エレーナにその事を尋ねた時の返事を思い出しながら今度は台所に向かってうがいをする。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「前に話したかもしれませんが、私が知っている限りだとこの世界の魔道具はほぼ一人の天才魔道具師によって作られたものなのです」


 エレーナの知識によると、その天才魔道具師は誰もが思いつかないような便利な魔道具を無数に作り上げ、そしてある時忽然とその姿を消したのだそうだ。

 一説には新型魔道具を作っていて、それの暴走に巻き込まれたのではないかとも言われているらしい。


 そしてそれから数百年。

 彼の作った魔道具のうち、後の魔道具研究科によって解析された魔道具と、彼らがそれを元に作り上げた物以外は完全にロストテクノロジーと化した。


「今の魔道具師が無能なのか、その人が凄すぎたのかどっちなんだろうな」

「彼は弟子を取ることもなかったらしくて、それも彼の技術が後に残されなかった理由の一つだといわれてます」


 よっぽど偏屈な人だったんだろうか。

 まぁ、天才なんてそんなもんかもしれない。


「しかしエレーナは本当にそういう事をよく知ってるよね?」

「はい、屋敷で色んな本を読んでべんきょうしましたから」


 彼女は生まれてからほとんど公爵家の外に出たことがないらしく、屋敷の中にあった書庫で大量の知識を手に入れていた。

 俺の家に来た時、あのこの世界とかけ離れた建物にそれほど驚かなかったのもそれが理由らしい。

 彼女にとって『普通の庶民の家』というものは本の中でしか見たことがなかった。

 とてつもない箱入り娘である。


「エレーナは皇太子へ嫁ぐ事になってましたからね。公爵家の娘は今までもずっとそうやって育てられるのが当たり前だったのです」


 エリネスさんはそう言ってから付け足すように「私があの家に嫁ぐまでの慣習ですけどね」と口端に悪い笑みを浮かべた。

 いったいこの人何をしたんだろう。


「あら。別に何も悪いことはしていませんわ。ただ書庫の本をかなりの数入れ替えただけですの」


 俺の疑問にそうしれっと彼女は答えた。

 エレーナの令嬢とは思えない知識の内容と、あの好戦的な部分はそれのせいかと微妙に納得したのだった



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「吐いたから少し落ち着いたけど、ガルバスさんの酒はなんだったんだあれ。人間の飲むものじゃないぞ」 


 吐くだけ吐いた後、部屋に戻ってベッドに腰を下ろす。

 まだ頭が痛い。


「拓海様。お目覚めになりましたか?」


 台所から持ってきた水を飲んでいると、扉の向こうから控えめな声で呼びかけられた。

 エレーナの声だ。


「ああ、おはようっていう時間じゃもう無いか」


 窓の外はもう完全に太陽がのぼりきって明るくなっている。

 最悪もう昼を過ぎてる可能性すらある。


「二日酔いに効く薬を貰ってきたのですが」

「ありがとう、さっきから気持ち悪くて頭が痛くて大変だったんだよ」


 そう答えると小さめの壺を持ったエレーナがおずおずと部屋に入ってきた。

 なんだか微妙な表情をしているような。

 俺もしかして昨日なにかやっちゃいましたかね?


「昨夜ですか? 私は早めに休みましたのでその場にはいなかったのですが」


 が?

 やっぱり何かやっちゃったのか。

 俺、酒癖とか別に悪くなかったはずだけどあの悪魔の酒飲んだ後だから油断できない。


 とりあえずエレーナから受け取った壺の中に入っていた丸薬を水で流し込みながら続きを促す。

 因みに丸薬の味は正露丸を青臭くしたようなもので、普通なら絶対飲みたくないものだった。


「お母様から聞いただけですので真実かどうかはわかりませんが、あの後突然拓海様が『胡椒王に俺はなる!』とか叫び出して、上半身の服を脱いで踊りだしたとか」


 なんだそれ。

 いやたしかに昨日は胡椒を育てて大儲けしようかなとは思ったけどさ。

 その後の裸踊りが意味わからん。


「それを見たガルバスさんたちが同じ様に上半身裸になって一緒に踊り出したらしくて、結局全員酔いつぶれるまでそんな事が続いたらしいです」

「後でエリネスさんの所に謝りに行かなきゃな」


 話を聞いて、二日酔いの薬を飲んだというのに更に痛くなった頭を抱えていると今度はツオールが家の扉をノックもなしに開け放ち飛び込んできた。

 その顔は驚きと戸惑いと、様々な感情がないまぜになった表情をしていた。


「に、兄ちゃん。大変だよ」


 走ってきたのか息を切らしているツオールは、とぎれとぎれにそう言うと、ベッドに座る俺の所まで駆け寄り俺の手を引っ張る。


「畑が凄いことになってるんだ」

「畑?」


 緑の手グリーンハンドの力でやりすぎたか。


「野菜がもう出来たのか?」

「うん、それもビックリなんだけど……」

「他にもあるのか?」


 それ以外に驚くようなことって思いつかないんだが。

 一体何があったのかと、ツオールに手を引かれエレーナとともに家を出る。


「さっき突然ウリドラちゃんが歩いてきて兄ちゃんが昨日植えてた野菜を食べちゃったんだよ!」

「なにぃ!?」

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