第67話 ガルバス爺さん

 エリネスさんがガルバスと呼んだ老人の家に俺たちは来ている。


 村の建物は、どれもこれも質素なもので、一応魔道具により水道や灯りは設置されていたが、かなり年季の入った木造の外見は完全にボロ屋である。

 田舎で見かける限界集落に放置された家といえばわかりやすいだろうか。


 このガルバス爺さん。

 実はかつてエリネスさんの実家であるアルモンド男爵家に仕えていた一人だったらしい。


 見かけからは想像出来ないが、代々男爵家に仕えていた庭師で、暖かくなると男爵家の庭は彼の育てた花で綺麗に彩られたとか。

 近くの住民の憩いの休憩スポットにもなっていたらしい。


 アルモンド男爵家、緩すぎるだろ。

 まさに『アットホームな領地です』って感じの領地だったらしい。

 いや、ブラック企業的な意味でなく。


 それが伯爵家の跡継ぎがドラストになった途端に一気に風向きが変わって、今や……。


「それにしても、まさかお姫様ひいさまと生きているうちに再会出来るとは、このガルバス思いもよりませんかったですぞ」


 ガルバスが魔道具で沸かしたお湯で入れた紅茶と烏龍茶を混ぜたような味のするお茶を飲みながら俺は二人の会話を聞いていた。


 最初、臭いが独特だったので味には期待してなかったが、予想に反して結構美味しい。

 むしろ日本人好みかもしれない。

 あとでこのお茶がどこで売ってるのか聞いてお土産にすることにしよう。


「あの日、舞踏会に出席すると言って出ていって以来。我々家臣一同ずっとお姫様ひいさまの身を案じておりました」


 ガルバスはそっと目尻に浮かんだ涙を指で拭くと「ご無事で何よりでございました」と鼻をすすった。

 ドワーフ族って、あんな髭してるから鼻水とか落ちたら拭くのは大変そうだな。


 しかし、舞踏会で見初められてそのまま実家にも戻さず無理やり結婚させられたということか。

 この国ではよく有ることなのかもしれないが、俺からするとやっぱり異常で理解できない。


「ガルバスも元気そうで何よりですわ」


 エリネスさんは少し目を赤くしながらそう答えると、一呼吸置いてからガルバスに語りかける。


「ガルバス、この娘は私の娘のエレーナですわ」

「おおっ、やはりお美しい娘様がお姫様ひいさまの! お姫様ひいさまの若い頃そっくりですな」

「は、はじめまして。エレーナと申します」


 ガルバスの急に上がったテンションに若干引き気味にエレーナが挨拶をする。

 その拍子にまた強く抱きしめられたのか、腕の中のウリドラが「ぴぎゅううう」と苦しげな声を出している。


 あの位置は色んな意味で羨ましいが、けっこう力強いエレーナの全力で抱きしめられると最悪死んじゃう可能性もあるのではなかろうか。


 そう思っていると、流石にキツかったのかエレーナの腕の力が緩んだのを見計らってウリドラはその拘束から抜け出すと俺の方まで飛んできて、俺の頭の上にぽてっと座った。

 不思議と重くないのは、俺の身体能力が上がっているからなのか、ウリドラ自身が浮遊してるからなのか謎である。


「ふむ。その大きくなったり小さくなったり飛んだりする謎の生物も気になりますが、まずはお姫様ひいさまがなぜこんな村に護衛も連れずやってきたのかお聞きしてもよろしいですかな?」


 飛んだウリドラを不思議そうに見ていたガルバスだったが、思い出したようにエリネスさんに視線を戻すとそう疑問を口にした。

 まぁそりゃそうよね。

 それこそ十年以上も音沙汰なかった自分が仕えていた領主の娘が予想外の方向から、こんな軽装でやってきたのだから。


 しかも護衛っぽいのは、見かけ強そうに全く見えない俺一人である。

 とても公爵婦人が公務で視察にやってきたなんて思えるはずはない。


 それから一時間ほど掛けて主にエリネスさん、時々俺やエレーナが補足する形でガルバスにこれまでの経緯を語った。

 その中には俺がまだ聞いたことがなかった内容も含まれていた。


「まさか、ワシらが人質のようにされていたとは……」


 公爵に見初められて、領地に帰ることも許されずにいた時の話だ。

 エリネスさんを尋ねてアルモンド男爵夫婦が王都へ押しかけてきた。


 結果、男爵家の取り潰しと、両親の断罪へ繋がってしまったわけだが、当初彼女にはその事は一切知らされていなかったらしい。

 だが、そんな事をずっと隠しておけるはずもなく、結婚式間近になって発覚した。


 当然彼女は婚約破棄と男爵家へ戻る事を公爵へ伝え、叶えられないなら自害するとまで言ったそうだ。

 そこで公爵は彼女に交換条件を提案した。


 彼女が公爵夫人になるかわりに、エリネスさんの訴えを聞き入れて、ドラスト伯の横暴をやめさせる。

 そして、男爵家とその領民を公爵家の責任を持って保護する。


「結局、この状況を見るとその約束は一切守られていなかったというわけですわね」


 その『公爵家の保護』というのがどの程度のものなのかわからないが、命を奪うまではしないということなら守られていないとは言えないかもしれない。

 だが、そんなのは詭弁だろう。


 そこから先の話は俺も聞いた内容だった。


 エレーナの事、第一婦人のこと。

 そして謎の召喚術師の襲撃によりエルフ領へ飛ばされ、そこで俺と出会ったこと。


 一通り話を聞き終わると、彼は大きく息をついて椅子に深く座ると「そうでございましたか」と嘆息した。

 さて、次は俺たちが話を聞く番だ。


「それではガルバス。私が居なくなってから後のこの男爵領の話を聞かせてくださいな」


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