第三章 ダスカール王国の行方。

第65話 エレーナの勝負服

 トンネルを抜けるとそこは雪国だった。

 なわけもはなく、ダスカール王国側の関所を抜けた先には普通に緑の草原が広がっていた。


「これ、パソコンの背景画像で見たことあるやつだ」と一瞬思った程度には似ているその風景の中を、一本の道が丘の向こうへ続いている。


「エレーナ、大丈夫?」


 御者台からエリネスさんが元の声で優しく尋ねる。


「はい、ずいぶん良くなりました」


 関所の門を超えてトンネルの中を通りここまでの間、エリネスさんは馬車をかなりゆっくりの速度で動かしてきていた。

 まぁ、灯りは所々にはあったとはいえ、暗いトンネルの中で速度を上げるわけにもいかなかったから仕方がない。

 どれに、そのおかげで荷台で倒れていたエレーナの体調がもとに戻ったのだから、むしろちょうどいい休憩だったと言ってもいい。


「ぴぎゅー! ぴぎゅぎゅ」


 ずっと枕にされて下敷きになっていたウリドラが、開放された喜びで狭い檻の中を走り回っている。

 とりあえず関所から見えなくなったあたりで俺たちは一度馬車を止め、檻から出て着替えることにした。


 俺はチクチクして大変だった髭とカツラを外して馬車に放り込むと、代わりに取り出した元の装備に着替える。

 ファルナスの街で手に入れた指ぬきグローブもハメて準備万端だ。


「着替え終わったよ」


 俺は馬車を挟んで反対側で着替えているはずのエレーナに声を掛ける。

 振り返って馬車の下から覗き込めば見える……とも思ったが、多分エリネスさんが光魔法で見えないようにしている気がする。


「こちらはもう少しかかります」


 エレーナの焦ったような声に俺は「しばらくここで休むから慌てなくていいよ」と答えその場に座り込む。

 街で買ってきた携帯食料の乾燥肉をかじりつつ、俺は懐からチートの種が入った袋を取り出す。


「ずいぶん軽くなっちゃったな」


 最初は種で膨らんでいたはずの袋も、ちょろちょろと食べている間にかなり小さくなってしまっていた。

 すばやさの種とかちからの種みたいに、一気に食べると制御不能になりそうなものはまだ大丈夫だが、それ以外はかなり危険領域である。


「それにしても最初の頃に比べると食べた時に上がるステータス量がかなり減ってきた気がするな」


 初めてこの種を食べ始めた時と違い、今では種を数個食べてやっと1程度ステータスが上がる状況だ。

 この種は見かけと違い、少ない個数でかなりお腹が一杯になってしまうため、この世界に来た時と同じ様な感覚で大量にステータスを上げる事ができない。


 まぁ、現状俺が負けるような強さの魔物が現れる気配もないし、プロの暗殺者ですらハナホジで倒せてしまうわけだから、もう十分かもしれないが。

 それより俺は魔法能力を上げたい。

 ダスカール王国での用件が終わったら、一旦家に帰って野菜を育てながら情報収集に務めるつもりだ。

 その間にあの種売りの子も新しい情報を仕入れてくれるかもしれない。


「拓海様」


 俺が考え事をしていると、後ろからエレーナに呼びかけられた。

 どうやら着替えが終わったらしい。


「お疲れ様、エレーナさんもこっちきて座った……ら」


 振り返りながらそこまで口にした所で俺はエレーナの姿に絶句した。


「エレーナさん、その格好は一体?」


 そこに立っていたのはさっきまでのボロボロの服を着ていた人物と同じとはとても思えない、豪華な服に身を包んだお姫様だった。

 真っ赤に染められた生地で作られたそのドレスは、炎属性であるエレーナに合わせたのだろうか。

 それともダスカール王国やドワーフ族のドレスは純白ではなく、この萌えるような灼熱色の赤が正装なのだろうか。


「どう……でしょうか?」


 はにかむように少し下を向きながら俺の返事を待つその姿があまりにも綺麗すぎて喉から声が出てこない。

 そういえば俺ってエレーナのこういう公爵令嬢らしい服装って見たの初めてだ。


 なんせ初めて会った時は、俺が全裸でテンパってたし。

 二回目に助けに入った時はもう泥だらけ。

 そもそもあの服はドレスじゃなく寝間着に近い服だったけど。

 その後は妹の服だったし。


「あらあらうふふ、拓海様ったらエレーナに見とれて声も出ないみたいですわよ」


 エリネスさんが、エレーナの後ろからやってきてそんな事を言う。

 ちなみにエリネスさんはファルナスの街からずっと街で購入した動きやすい服を着ている。

 一応数着買ってあるので着たきり雀ではない。


「いや、あの。まぁそのとおりなんですけどね」


 俺は照れながら頭の後ろを掻きながら答える。

 しかし、いつの間にこんな服を買ったんだろう。


「この服はですね、いざという時のためにファルナスの市場で私が購入しておいたのです」

「よくこんなすごい服売ってましたね」

「ええ、人族の国でかなり人気のある方がエルフ族の国に手を広げようと、試しに出店していたらしいですわ」


 トルタスさんと二人で市場をまわると言ってたあのときだろう。

 流石に長身のエルフと、小さめのドワーフではサイズが合わなかったのだけど、なんとか追加料金を払って間に合わせてもらったらしい。

 いったいいくら掛かったんだ……。


「さてエレーナ、拓海様へのお披露目も終わりましたし、汚す前に動きやすい服へもう一度着替えますわよ」

「はいお母様。それでは拓海様、もう少しだけお待ち下さい」


 俺はそう言って馬車の向こう側へ歩いていく彼女たちに軽く手を降る。

 お色直しタイムか……。


「さてと」


 俺はその場に寝っ転がると馬車へ目を向けた。


「やっぱそうなるよね」


 馬車の下から除き見える先、エレーナが着替えているはずのその場所は、やはりエリネスさんの光魔法によりなにもない空間に変えられていた。

 諦めてそのまま目線を空に向ける。


 ゆっくりと流れていく雲を見ながら俺は、久々にのんびりした気分を味わうのだった。



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