第64話 二つの扉のその先へ

 奴隷を密輸するための馬車の中には、それを隠すように荷物が置かれており、本来は外の景色は檻の中からは見えないようにされている。

 だけど今は御者台のエリネスさんと会話が出来る程度には隙間を開けている。

 俺はその隙間から斜め前、エリネスさんの向かいにある扉から一人の男出てくるのを薄目を開けてみていた。


 野盗どもから聞き出していた担当者は、ガタイのいい中年男のはずだったが、扉から出てきた男はどうみても別人だ。

 体の線も細く若い。

 髭はあるが、まだ胸までの長さしか無い。


 エリネスさんに前に教えてもらったのだが、ドワーフ族は成年を迎えると髭が伸び始めるのだが、それが腰の下辺りまで伸び切るまではまだヒヨッ子扱いなのだそうだ。

 だとするとこいつはそんなヒヨッ子レベルのやつだということだ。

 仮にも自分たちの資金源である闇奴隷売買を任せるには頼りなさすぎはしないだろうか?

 もしかして騙されたのかと思った俺は、最悪強行突破することを考え、毛布の中で拳を握る。


「おや、いつもの人と違うのかい」


 エリネスさんがそのヒヨッ子に声を掛ける。

 その声からは一切の動揺は感じられない。

 さすがだ。


「ああん? アンタが兄貴が懇意にしてる『行商人』かぁ?」

「ああ、そうだが」

「今日来るなんて聞いてなかったんだがなぁ」


 訝しげに御者台から見える幌の中を覗き込む男の視線を俺は咄嗟に避けるように檻の奥へ隠れる。

 やばいやばい。

 俺は様子を見ることを諦めてエリネスさんと男の会話を盗み聞くことにする。


「実は急な事があってな。この『荷物』の事も含めて『兄貴』に伝えてほしい事があるんだが、居ないのか?」

「兄貴なら朝早く王都から鷹便がきてよぉ、ドラスト伯爵様の護衛で王都に向けて出ていっちまったんだよ」


 あの糞伯爵が居ない?

 俺たちにはありがたいことだが急な用事ってなんなんだ。

 王都からの呼び出しって、なんだかきな臭いな。

 

「ああ、そういえば兄貴からお前たちが来たら『成果』を聞いておけと言われてたんだった。あと報酬も」

「それなんだが……実は失敗した。だからそれの報告も兼ねてやってきたんだが、お前に伝えればいいのか?」

「かまわねぇよ。今この関所にいる仲間の中では俺が一番上だからよ」


 こんなヒヨッ子が一番上だと?

 ドラスト伯の陣営ってもしかしてかなりの人材不足なのか?

 いや、もし何かあった時にすべての責任をなすりつけるための駒なのかもしれない。


 尋問していて知ったのだが、野盗どもは自分たちの真の雇い主がドラスト伯だという事はしらなかったのだ。

 あくまでも『兄貴』と呼ばれているこの関所の顔役が奴隷商と組んでやっている『副業』だと彼らは思っていたみたいだ。


「実はな……」


 エリネスさんは周りを気にする素振りを見せながらヒヨッ子に打ち合わせ通りの内容を伝える。

 俺が野盗たちから聞き出した事を咥えて作ったシナリオはこうである。


 暗殺を頼まれた野盗たちだったが、聞いていたより俺たちが強くて逃してしまった。

 一応追手は差し向けてあるが、最悪街へ逃げ込まれて街の衛兵たちがやってくる可能性が出てきた。

 なので『何時ものように』に一旦アジトを破棄して一月ほど隠れることにする。

 街に逃げ込まれる前に暗殺に成功した場合は後ほど連絡を送る。


「あんたらまたヘマしたのか。これで何回目だ?」


 ヒヨッ子が呆れた声を出す。


「まだ二回目だ」


 エリネスさんが少し不機嫌そうな声でそう返すと、ヒヨッ子は「普通は一回でもヘマしたら切られるもんだがなぁ」と嫌味な顔で言い返すとてを差し出し言った。


「んじゃまぁ兄貴には帰ってきたらそう伝えておいてやるよ。それじゃあ何時も通り通行税置いてとっとと行きな」

「ほら、もってけ」

「毎度っ」

 

 エリネスさんが盗賊のアジトから持ってきた硬貨の入った袋をヒヨッ子に投げ渡す。

 なんだか釈然としないが、これがこいつらの決めごとの一つらしいから仕方がない。

 きちんと通行税を払って入った『まともな商人』ですよという建前は崩せないのだろう。

 一応往復分は闇奴隷商へ奴隷を売っぱらった分から差し引きされて戻ってくるとかなんとか。


「確認した。門を開けてやれ!」


 ヒヨッ子はその硬貨袋を懐にしまい込むと、門の上に向かって大声を上げて手を降った。

 すると、目の前の大きな門が徐々に開いていく。


「門の奥にもう一つ門があるな」


 俺はもうそろそろいいだろうと荷物の隙間から馬車の前を覗き見る。

 開いた門から十メートルくらい先にもう一つ同じ様な門が見えた。


「ほら、行けよ」

「ありがとよ」


 エリネスさんはそう返事をすると馬車を前に進めた。

 そしてもう一つの門の前にたどり着くと、今度は後ろの門が閉じ始める。


「まさか、嵌められた!?」


 俺は一瞬焦るが、エリネスさんは動じない。

 やがて後ろの門が完全に閉まると、今度は前の門が開き始めた。


 あとからエリネスさんに聞いた所に寄ると、大体の関所は同じ様に門が二重になっているらしい。

 何故かと言うと、一つ目の門が開いた所を狙って関所を突破しようとする輩を止めるためだとか。


 たしかに門が一つだと、門を開けた所を狙われたらどうしようもないだろう。

 門が丈夫で重く、大きければ大きいほど開け放った後、閉めるまで時間が掛かってしまう。

 だが、この方式だと、たとえ族や密入国者が開いたスキを狙ったとしてもこの十メートルの空間に逆に閉じ込められてしまうわけだ。


 やがて前の門が開くと、その先は真っ暗な一本道になっていた。

 所々に魔法で灯されているであろう明かりが見える。


「まさかトンネル?」


 門の先に続く半円形の穴はまさにトンネルとしか言いようのないものだった。

 大型の馬車が余裕ですれ違えるほどの幅のトンネルは、所々にある明かり以外はなにもなく、その先に出口の明かりも見えない。

 どんだけ長いんだこのトンネル。


 多分作ったのはドワーフ族だろう。

 物語で知るドワーフの中には、それこそ自分たちでほった坑道の中に街を作ってたりもしたくらいだ。

 トンネルを掘るくらい容易いのだろう。


「では出発しますよ」


 バシン。


 エリネスさんが馬の尻を軽く叩くと、二頭の馬は静かに闇に向かってその歩みを進めた。

 このトンネルの先はダスカール王国の辺境。


 前世でも海外旅行に行ったこともなく、パスポートすら持っていなかった俺は、今日この日、生まれて初めて国境を超えた。



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