夜天の瞳に映すもの

輪月四季

プロローグ

 ここは誰も知らない教会。人々が住む世界にはない、どことも知れない世界に存在する教会。

 誰が言ったか覚えていないが、この教会には面白い話が聞ける、と聞いてやってきた。何か話のタネになればいいのだが……。

 そんな期待半分、興味本位半分の気持ちでその教会の扉を開ける。


 その大きな扉を開けてくぐると、質素ながらも清潔で、大切にされていることが一目でわかる空間が広がっていた。

 入った瞬間に目に映るのは大きなステンドグラス。小さい教会ではあったが、ステンドグラスには力が入っているのか、五つの長方形のステンドグラスとその上に大きな円形のステンドグラスがはめられている。

 長方形のものにはそれぞれに神様と思われる人物が描かれており、どれも優しい表情で見つめている。日差しによって五柱の神様が包んでくれるような感覚にしてくれそうだ。

 円形のステンドグラスにはまるで大輪の花びらのように色とりどりのガラスで形作られている。こちらには長方形のもののような神様の絵は描かれていないが、こちらはまるで一つの世界を形作っているかのような思いを見る人に伝えそうである。

 そのステンドグラスまでには入り口から内陣までをつなげる道がある。この場所を通って神様に祈りを捧げに行くのだろう。そのための道もまた、塵一つなく、たとえ通るための道であってもここは神聖な場所なのだ、と伝えてくるようだ。

 そして、その道を通っていけば、そこには祭壇がある。大きめの木箱に十字が刻まれている。何も嵌められておらず、その木箱自体に十字が彫られているのである。それは質素であり、他の教会を探せばもっと素晴らしい祭壇もあるだろう。だけど、その祭壇を作った人の思いゆえか、ここは最も神聖な場所、神に祈りをささげる場所である、と伝えているようであった。


「あら、これは珍しいお客様ですね。ようこそ、この世に存在しない教会へ。わが神はどなたでも受け入れますよ」


 どこからか、声が聞こえる。まるで周り一帯から聞こえてくるような感覚もあるが、同時にどこにも存在しない、そんな不思議な感覚を与えてくる声だ。周りを見回しても誰も見えない。気のせいだったのだろうか、と思って再び祭壇を見つめると、そこには一人の女性がいた。

 黒と白の修道服に身を包み、黒と白のヴェールを二重に重ねて彼女の頭を覆っている。胸元には十字架があり、彼女が修道女シスターであることははっきりとわかる。服からかすかに見えている肌は、ずっとここに閉じこもっているのではないか、と思えるほど白かった。瞳と唇は固く閉じられているが、きっとその奥にもとても美しい瞳が、美しい音色の声が秘められていることだろう。

 だが彼女をよく見てみると、違和感が見えてくる。体のほとんどが修道服によって隠れているためよく見えないが、顔や手などをよく見るとわかる。彼女の体がいるのだ。これは恐らく霊体、と呼べるものなのだろう。体を失い、魂だけとなった存在なのだろう。


「それで、この教会にどのようなご用事で来られたのですか?」


 彼女は尋ねる。いや、口元が全く動いていない。それにこの声も耳から聞こえたものではないだろう。おそらく体の無い彼女は声の代わりにテレパシーのようなもので頭に直接語り掛けているのだ。

 少し慌てたが、何も問題はない。焦らずに彼女の問いに答える。何か面白い話が聞けるから来た、ただそれだけを言葉に紡ぐ。

 すると、彼女は微笑みながら、でも口や目は一切開かずに、頭の中へと直接語り掛けてくる。


「神への懺悔ではなく、私のお話を聞きに来た人でしたか。ええ、いいですよ、私のようなものの話であれば、いくらでもお話ししますよ」


 どうやら噂は本当だったようだ。面白い話が聞ける、という噂であったが、このような奇妙な空間に、霊体の修道女、ここでなら面白い話も聞けそうである。早速椅子に腰かけて、彼女に話をしてもらうようにお願いする。


「では、此度のお話は、とある神様の所有物、いえ神様の体自体を奪った『簒奪者』たちと、その神様が簒奪者から再び神様の体を取り返すために簒奪者を打倒する『代行者』たちのお話です」


 彼女は語る、私の頭の中に語り掛けてくる。それは、言葉だけではなく映像まで頭の中に映しているようだ。


「昔あるところに、人の世界に残った神様がいました。神様は人々から隠れてひっそりと眠っていました。人の世界に一切かかわることの無い、安らかな眠りについていたのです」


「ですが、ある時一人の人間が神様を見つけてしまいます。神様を見つけた人間は、この神様を使えば願いが叶う。この神様の一部を失った部位に埋め込めば新しい手足になる。そう信じ、人間たちは神様の一部を無残にバラバラにして持って行ってしまいました」


「その神様にお仕えしていた修道女は痛く悲しみにふけりました。ですが、神様はバラバラにされましたが、五感はまだ確かにあったようです。そこで修道女はバラバラになってしまった神様を取り戻すために、五人の人間を選びました。彼らはそれぞれ五感の一つを失った人間でした」


「その人間たちに神様の五感である、『感格』を与えました。視格、聴格、触格、味格、嗅格、それらの感覚を一人ずつに渡したのです。そしてその五人の人間に『代行者』として定め、『感格』の力をもって簒奪者から神様を取り戻してもらうことをお願いしました」


「もちろん、『感格』を手に入れても彼らは普通の人々、それもその感覚を失った人々です。たとえそのような力を得たとしても使いこなせないでしょう。そこでその『感格』の力を使う際にはペアとなる運命の人を用意しました。その運命の人が代行者の代わりの感覚となり、共に戦う運命に定めました」


「そして、代行者たちに伝えます。もしもすべてのパーツを取り戻した際には、代行者には失った感覚を、ペアとなった人にはありとあらゆる望みを一つ叶えると約束しました。かくして、代行者は簒奪者から神様のパーツを取り戻すため、失ったものを取り戻すため、願いを叶えるため、それぞれの思いで簒奪者との戦いへと赴くことになります」


「そしてそれは、神のパーツを奪った簒奪者にもそれは伝わります。同時に彼らは理解してしまいます。この神のパーツも永遠ではない。ただパーツを奪っただけでは願いなど叶えられず、新しく手に入った部位も神に認められていない自分たちでは何れ自分のものでなくなることが分かります。そこで簒奪者たちは自分が神に認められるために、代行者からその証を奪い、自分こそが代行者となって自分の体を永遠のものに、そして自分の願いを叶えよう、そう考える様になりました」


「かくして、代行者と簒奪者、二つの戦いが始まりました。簒奪者たちが代行者たちを城へと招き入れ、お互いがお互いのものを狙い、戦うのです」


 そこで彼女は一呼吸すると、再び話し始める。今度は一人の少女と一人の青年の姿が見え始める。少女は眼に包帯を巻いており、先程までの話から恐らく目が見えないのだろう、と想像できる。


「さて、今日の物語は、『視格』の代行者、『星見アヤメ』。そしてそのペアである『ジェダル』。この二人の物語です」


「星見アヤメはとある病によって視力を失った少女です。視力を失ったことをきっかけに、その病を治そうと必死に働き、過労による事故で亡くなった父親、必ずその眼を取り戻す、と言って消えてしまった兄、そしてそんな彼女を哀れな存在として見てくる周りの人々……。そんな不幸が続いたことで、瞳と一緒に心も閉ざしてしまった少女」


「対してジェダルは、この戦いが始まって突如、星見アヤメの前に現れた青年です。普段は粗暴な言動で、自分が思ったことを相手のことも考えずに話す。美しいと思ったものを尊いものと考え、それを自分の手で描いていく。だからこそ、他の人は哀れに思うアヤメを、まっすぐに見つめることのできる青年」


「彼ら二人の願いをかけた舞踏会が今、開かれます」


 そこで話を区切ると、目の前で一つの風景が移る。それは、どこかのマンションの一室の様子。これから、彼女が言っていた物語が始まるのだろう。どのような物語が紡がれるのか、期待に胸が膨らむ。


「では、これより物語をつづらせていただきます。語り手は私、この教会の修道女シスターを務めています、『カズラ』がお送りします。では、ぜひ最後まで楽しんでいってくださいね、外の世界の神様」

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