第12話 エルフ少女、ルミナ

畑の土の改良は予想していた期間より圧倒的に短く終わった。


次に問題なのは、水だ。

水を引かなければ野菜なんて育たない。

そんな当たり前の事実を失念していた故に、ルクシオは新居にて唸っていた。


水を引くとは言っても、何処から引けばいいのか?

畑の面積は広い。

その畑に十分な水量となると、里のあちこちに設備されている水道では足り無さ過ぎる。

もっと大きな水源が必要だ。


とはいえ森から引くというのもまた難儀だ。

森の水源から水路を引いてきても、森には魔獣が跋扈しているので、途中の水路を破壊されては堪らない。


何か良い打開策はないものかと、ひたすらに首を傾げ、思考する。


「……何かなかったかな。無くならない湧き水で、清い水……」


清い水のイメージとしては、神的な何かが宿っているというアニミズム思想が強い。


ん?……待てよ。


神的な何か?


神的な……何か。


あっ!!!


「そうだ!!これだぁぁぁ〜!!!」


このルクシオの叫びは里中に響き、朝は一時騒然となった。


***


「……ルクシオ様。何か弁明はありますか?」

「滅相も御座いません」


故に、ルクシオの新居には住人達が殺到していた。


何者かの襲撃を危惧したのか、完全武装のエルフもある。

かなり焦って来たのだろう。

その中には、決して殺傷能力のかけらもない、日常品であるフライパンや鍋を装備している人もいた。

狼牙族に至っては完全包囲の陣形を組んで現れた程だ。


皆心配してこんな朝早くに駆けてきた事を察する事が容易だった故に、ルクシオは頭が上がらなかった。


「はぁ〜。全くヒヤヒヤさせんじゃねぇよ。こちとら敵の襲来かと思って武装してきたのによ」


ガルドが帯刀した剣を叩いて見せる。

確かにガルドの装備はリベア討伐の時にもしていた完全装備だった。


そんな大袈裟な……とは口が裂けても言えなかった。


「全くですよルクシオ殿。我らが英雄のあなたに何かあったのではないかと飛んで参りましたのに」


ジンに関しては、迷惑を掛けたにも関わらず、怒るどころか安堵の息をつく始末。


罪悪感とはこういう事を言うのだろう。


「ルクシオ様は少し落ち着きがないですよ。前だって、エルフの女性を口説いてましたし、討伐の時は隙を見せますし、今回だって。私本当に何かあったのではないかと凄〜く心配しましたのに、叫びの理由が「畑に必要な水源」だなんて。……呆れます」

「うん。最初のナンパ紛いの件については後程十分に話し合おうかフィアナ。誤解があるようだ」

「その前に、謝罪の一言もないのですか?」

「うっ……」


フィアナの圧力が凄い。

普段の可愛らしいフィアナとは真逆の、呆れてますと言わんばかりのジト目は、辛い。


普段温厚なフィアナだからこそ、真剣に怒っている事が分かる。


とても居た堪れない。


「皆さん。早朝より、多大なご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした」


よもや、王都を出てまで土下座をする事になろうとは思いもよらなかった。


「でも!聞いてくれ!畑に引く水の打開策が見つかったんだ!」

「それは本当ですか?」

「ああ!」


ーーー「やったぞー」

ーーー「これで里も安泰だ!」


と皆歓喜の声を上げた。


畑の問題はエルフが長年抱えていた問題でもある。その解決の糸口が見つかったと言われれば、それは嬉しいだろう。


「ズバリそれは!!!」

「「「「ゴクリ」」」」



「神樹ウリエルの周りにある水を使う、だ!」


***


神樹ウリエルの根の周りには、神聖な魔力を充分に含んだ水が大きな池を作っている。

今は里にいない族長曰く、「儂がここに定住してから今まで、枯れた事がない」だそう。


つまり年中湧き出ていると言う事だ。


これを使うと皆に宣言した時、「いいのかそんな事して」「バチ当たらない?」と予想通りの言葉が返ってきたが、しっかり敬意を払い、お供え物を置いておけば大丈夫だろう。


善は急げという事で、早速作業開始。

皆には汚れても良い服装で神樹ウリエルの前に集合してもらった。


その際に、食料庫から日常生活に支障がない範囲で食料を持ってきてもらい、お供え物をし、皆で合掌。


天使様に礼儀は必要だしね。


「さて!皆今日も張り切っていこうか!」

「「「「おおおおおお!!!」」」」


畑に引くと言っても別に畑一面水浸しにしたい訳ではない。


畑の畝の列の合間にパイプを通し、蛇口を捻ると水がジョーロのように出るアレを作りたい。


ここ最近、スキル【想像構築】を使う頻度が増えている事もあって、より早く物を構築できるようになった。


エルフや狼牙族の皆も、勝手がわかってきたのか素早いスピードで作業を行なっている。


狼牙族は相変わらずのルクシオ信者なので、指示した事以上の仕事振りを見せる。


パイプは土の中に埋めるため、土を掘りパイプが通るスペースを作る。


水を引くためには神樹の池からなので、ポンプを作る必要が本来ならあるのだが、そこで出番のエルフ族だ。


エルフ族は魔法に長けているだけあって、多様な魔道具も所持していた。


神樹の周りには魔力が迸っている為、事実上設置しておくだけで任意なら魔道具が発動するのだとか。


無駄にハイテクである。


パイプ間に空間が出来ないよう狼牙族が。

常に水を畑に送り届ける為に不備なく設置するエルフ族。


適材適所を見極めて己の思考で物を作り上げるのは、とても楽しい。


「あんた」

「ん?……君は」


不意に背後から呼ばれ振り返ると、そこにはいつぞやのエルフの少女がいた。


(宴会があった夜に出会った子だ)


人族に対して敵対心を持つ、確か名前はルミナ。


以前石を投げられた事は未だにはっきり覚えている為、また何を言われるのかと内心ヒヤヒヤしながら、エルフの少女を見やる。


しげしげと見ると、かなりの美人だった。

いやまぁ、エルフは皆美人なのだが、この子は中でも頭一つ抜けている。


煌びやかに光る金髪にすらっとした長い足。

完璧な配置された目鼻立ち。

明るいエメラルドグリーンの綺麗な瞳を見つめていると、誇張なしに惹きつけられそうになる。


エルフの少女が歩いてこちらに向かってくる。


思わず後退しそうになるが堪える。


「あの時は、ごめんなさい!」

「……え?」


その子は急に頭を下げた。


「ちょっ、ちょっと待て。急にどうしたの?」

「この前のこと、ずっと謝りたかった。「早く出て行け」って」

「ああ。それ」


確かにその様な事は言われた気がする。

あの時は事態が急すぎて言葉の記憶が曖昧だった。


「それ……って。気にしてないの?私あんなに酷い事をしたのよ!最初から分かってた!」

「ん?分かってた?」

「そうよ!エルフ族には加護がある。悪人に出くわしたらその加護が反応する。加護は絶対で……あんたにはその反応がなかった!でも、私は自分の都合ばかり押し付けて、あんたが傷付く事をたくさん言った!!あんたは何も悪くないのに!!!それどころか、里の改築とか、リベア討伐とか、里の為に真になってくれた。私は……私は」


少女の大きな瞳から大粒の涙が溢れた。

きっと少女には過去に人族絡みで何かあった事くらいは分かる。

一度でも裏切られたら、酷い目に遭わされたら、信用なんてできなくなる。

俺だってそうだろう。

彼女のあの時の反応は仕方のない事だ。


でも彼女は、ずっと俺の方に対して憂き目を感じていたのだ。ずっと苦しんでいたのだ。


それなのに俺からは何のアクションもなし。

迷惑でも、家に押しかけて謝罪する事だって出来たはずだ。


だが俺はそれをしなかった。


「……顔を上げてくれ」

「……へっ?」


気付いた時には、彼女の頭を撫でていた。


「別に気にする事はないさ。俺だって、君の立場だったなら、もっと酷い事言ってる自信ある」

「でも、あなたにッ」

「良いんだよ。俺は気にしてない。だから君も気にするなよ。俺は、この里に来てから、エルフの人達によくしてもらって、信用してもらえて。恩返しがしたいんだ。この里の人達には、笑っていてほしい。勿論君にも。だから、もしまだ納得いかないって言うのなら、一つだけ願いを聞いてくれないか?」

「ねが……い?」

「そう。二度とあの時の事について謝らない。そして楽しく共存する」

「それ……願い事二つなんじゃ?」

「うっ。そっ、それは。まぁいいじゃん。一つや二つ変わらないって。……約束してくれるか?」

「……ふふっ。何よそれ」


なんだ。しっかり笑えんじゃん。

別に何が起きたかなんて追求はしない。

それは、いずれルミナ自身が話してくれる時まで待つとしよう。


ずっと俯きがちで不機嫌に皺を寄せていた彼女とは思えない程の、明るい笑顔で……。


「分かったわ。その願い、ちゃんと聞いてあげる。これから、よろしくね。私はルミナ。ルミナって呼んでいいよ」

「ああ、こちらこそよろしく。俺はルクシオだ。ルクシオって呼んでくれ、ルミナ」

「うん!分かったわルクシオ」

「……」

「……」

「ぷっ!」

「くっ!あはははは」


自然と出た笑い声。


心の隅に、密かに根を生やしていた悩みの種が消えた事による笑い。


涙で目を潤わせながら笑うルミナは、とても美しかった。

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