第2話 樹海での出会い

「はぁー。どうしようかな。いつのまにかこんな所まで来ていたとは…‥」


ルクシオの目の前に広がっているのは、壮大すぎる樹海。


セルベスト王国を出てからルクシオは二週間程大陸を歩き続けていた。

初恋の相手にして生きる目的でもあったミリアからの明確な拒絶に心は打ち砕かれ、唯大陸を彷徨するアンデットと化していたルクシオだったが、人の心は存外現金なものらしく、二週間も経てば心の傷は自然に回復し、多少のゆとりが生まれていた。


そんなルクシオは、大陸でも高ランクの魔獣が跋扈している危険エリアーー『リアス大森林』にいた。


この森林は、一言で言うならば未知だ。

人類の数少ない未到達エリアにして、数々の伝説の聖地である森林に、ルクシオは来てしまったのだ。


正直この森は迂回するべき場所なのだが、その判断は厳しいと言うのも現実だった。


約二週間、本当に唯ひたすらに歩き続けていた為、食料は既に底をついてしまっている状態だ。

このまま迂回すれば、まず間違いなくミイラの一途を辿ることとなる。


「行くしかない、か」


ルクシオは若干の不安を持ち合わせつつ、重い足を動かした。



***



恐らく人類最初の一歩を踏んでから早1時間。

早速食べ物らしき果実を発見する事に成功した。


「これ、食べられるのか?」


ルクシオの右手には、収まりきらないほどの赤く実った立派な果実がある。

匂いを嗅ぐとほのかに甘い。


大丈夫なのか?ここは高ランクモンスターが蔓延る大森林。そんなおっかない所に実る実が果たして人間の舌に合うのだろうか?


訝しみながらも、結局は何か食べなければ死んでしまうので意を決して口に運ぶと……。


「うっ、うまい!」


とても瑞々しく、そして丁度良い甘さが疲れ切った体にじんわりと浸透していく。


「ほわ〜ッ!生き返る。早くも美味な食料を手に入れた!バックに出来るだけ詰めよう」


同じ木に実っていた実をいくつか回収する。

今のところは魔獣に遭遇してはいないが、万が一という事もあるので、いつ遭遇しても逃げられるよう勿体無いが必要最低限の量にする。


ここで空腹をある程度満たしたルクシオはふと感じた。


(この大森林、思っていたよりかは静かだ)


もっと魔獣の咆哮や死体がそこら中に転がっていると思っていた。


神盟騎士隊の育成機関での座学は人一倍勤しんでいたルクシオは、図書館の本の多くを嗜んでいた為、この大森林の事には多少の知識はある。


ある本曰く、必要のなくなった古代兵器を廃棄しただとか、伝説の種族が大地を支配していて、侵入してきたイレギュラーを殺し回っているだとか。

そんな物騒なイメージしかなかったので、案外普通の森の一面があり内心ホッとしているルクシオであった。


しかし束の間の休息も過ぎ去る速度は意外と速い。


「グルウゥゥゥゥゥ…‥ッ」


獣らしき唸り声が聞こえた。


ルクシオは警戒態勢を取りつつ、早急に対処できるようその姿を確認する為草木を払いながら進んでいく。


後、この草を払えば声の正体に迫れる。

心臓の脈打つ速度が異常な程に速い。

本音を言うと逃げ出したい。

だかそれは良策とは言い難い。


どんなモンスターが近くにいるのかを確認する事でこの付近にはこの系統のモンスターが住み着いているなどといった情報を得る事ができる。


それはこの大森林で生きる為には必要な事だ。


そう言い聞かせ心に纏わりつく恐怖を払いのけ、ルクシオは声の正体を確認する。


するとそこには、銀の毛に包まれた一匹の狼だった。


「おい、どうしたんだ!大丈夫なのか?」


俺は苦しそうに横たわっている狼の側に近寄る。


狼は苦しそうにしながらも瞼をゆっくりと開けた。


「グルゥゥゥゥゥ……」


さっきの声よりも小さくなっている。

一体何が原因なんだ?

狼をよく見てみても特に目立った外傷はない。もしかしたら毒物を誤って食べてしまった事も考えられる。


だが生憎と俺には薬草の作り方が分からない。


どうしよう、このままだと……こいつ死んじゃうぞ。


「なぁ、どうしたらいいんだよ」


そう言っても答えてくれる訳でもないが、狼の体や頭を優しく摩る。


そこで狼は体をゆっくり起こして、匂いを嗅ぎ分けるような動作をする。

俺の右手を少し嗅いだ後、カバンを凝視してきた。


何故か目を輝かせている。


「おい、どうしたんだ?」


「グルゥゥゥゥゥ!」


ちょっと声に元気が出てはいるが、まだ少し辛そうだ。


あれ?ちょっと待て、少し思い出してみよう。


俺はさっきこいつの頭に右手で触れた。

そしてこいつはそれに反応して、匂いを嗅ぎ分けるような動作をして俺のカバンに興味を……持った?


俺の右手とカバンに何が共通する事がある?


だとしたら。


俺はカバンの中からさっきもぎったばかりの赤い果実を取り出して狼の前に見せる。すると……。


「ワオォォォォォーン!」


狼は嬉しそうに鳴く。


絶対これだ!

こいつはこれが欲しかったのか。


貴重な食料ではあるが、このまま見殺しなんてのも気分が悪い。


それに、なんかこの狼可愛いし。


俺は赤い果実を狼にあげる事にした。


地面に置くと、狼はすごい勢いで咀嚼し始めた。


どうやら唯空腹だっただけみたいだ。

なんか心で損したとは思うが、無事で良かったという安堵の方が大きい。


狼はがっつきすぎるあまり、上手く食べられていない。そんな姿がとても微笑ましく思えて、思わず頭を撫でてしまう。

でも狼は嫌がる素振りは見せない。


「よしよし、取ったりなんかしないから、ちゃんとお食べ」


「グルゥゥゥッ!」


それから狼は俺の持っていた食料までも食して、やっと元気になった。


「グルッ!」


「おっおい!やめろよ!くすぐったいって」


狼は俺に飛びついて顔を舐めてきた。


「良かったな元気になって、もうこんな事にならないようにご飯はちゃんと食べろよ」



「ありがとうございます!」



「よしよし……うん?あれ?」


今何か聞こえた気が、それも人間の言葉だ。

一体どこから?


「助けてくれてありがとうございます!」


まただ。どういう事だ?

ここは人間が住み着く筈のない高ランクモンスターの巣、リアス大森林だぞ?


「グルゥゥゥ!本当に死ぬかと思いました」


グルゥゥゥッ?この声、ついさっきまで聞いたことのある声だ。


俺はゆっくりとその声のした方を向くと……。


確か、俺に抱きついていたのは銀の狼だった筈だ。


その筈だよな?


じゃあなんで、今、俺は。


銀髪の獣耳美少女に……抱きつかれてるんだ?


俺は状況が理解できずに固まる。


「ん?どうかしましたか?もしも~し!」



「えっ、ちょっ!えぇぇぇぇぇぇ……ッ!

お前、もしかしてさっきの狼?」



「そうですよ?」


まじか。

そんな事が?


そういえば、聞いた事がある。


騎士育成所の図書室である書物に書いてあった。

伝説の種族の一つーー『狼雅族』


狼雅は森の奥地を生活の拠点にし、その高い身体能力や知能。そして狼にも関わらず人間の姿になる事ができる、神話の中にも登場する正に伝説の種族!


「あの、えっと、君はもしかして、狼雅ですか?」


「そうですよ?」


うおぉぉぉぉぉ!まじか!

俺今伝説級の種族に押し倒されてるぞ!

しかも銀髪獣耳美少女ときた。


いいね。この優越感。堪らんッ!

(概要:ルクシオ・クルーゼは直ぐに調子に乗ります)


「えっと、一先ずよろしく狼雅さん、俺はルクシオって言うんだ」


「……ルクシオ。ルクシオ様!改めて助けて下さり本当にありがとうございます!私はフィアナと言います!」


フィアナちゃんか、うんうん、満点!

母性溢れる肉つきに美しい容姿!

伝説は伊達じゃないな。

伝説なんてあるのか?とか言った過去の俺に言ってあげたい。


「ごめんねフィアナ。出会ってばっかりで図々しいかもしれないけど、この辺で比較的安全な場所ってないかな?俺今食料がなくて、結構ギリギリなんだ。できれば……そこまで案内してくれると嬉しいんだけど」


どうだろうか?

フィアナは狼雅、この辺にも俺よりかは詳しい筈だ。それに……本当に今は今日生き残れるか分からない状況だし。正直怖いのが本音だ。

でも、フィアナが嫌なら無理強いをするつもりはない。断られたら仕方ない、一人でやる。


「はい、もちろんいいですよ!」


「だよな~やっぱダメだよな。そっかそれじゃここでお別れだな。ありが……うん?今オッケーって言った?」


「はい!もちろんです!私の命、ルクシオ様に捧げます」


「あッ、ありがとう!ほんと助かるよ!でも……本当にいいのか?」


「何度も聞くのは野暮ですよ、ルクシオ様!私のこの命は、あなたに救われました。私が死ぬまでお共致します!」


フィアナは俺を助けると断言してくれた。


「ありがとう、フィアナ。あと俺の事はルクシオでいいよ。様づけは正直苦手だから」


「ですが……」


「ダメ。様はやめて」


「……分かりました。ルク……ルクシオ?」


くそ可愛いなっ!

様もありだが、やはり呼び捨ては良いな!


「よし。じゃあ行こうか、フィアナ!」


「はい!ルクシオ」


こうして俺は、狼雅と呼ばれる伝説の種族フィアナと出会い、仲間になりました。

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