裏通りのピエロ

zizi

第1話  1

 蕭々と降りつづいた昨夜からの雨もよいも、一転して午後から陽が射すようになった。

 会社帰りの道行く人々が片手にカサを持ったまま急ぎ足で行き過ぎる。

四月に入り、コートを脱いで歩いていても躰を擦り抜ける風がそれほど気にならなくはなったが、きょうばかりは雨上がりのせいで街を渡る風が少し肌を刺した。

 弓削亮介ゆげりょうすけは待ち合わせの場所であるS駅前のビルに着いて、背広の袖を捲って腕時計を覗き込む。約束の六時半にはまだ少し間があった。

 時間を潰すのに辺りをぶらついてみようと歩き出したとき、右手のほうで人だかりがするのを目の端で捕らえた。興味本位で近付いてみると、そこは宝くじを売るボックスだった。締め切り時間が迫っているせいで数人の客が競い合うように宝くじを求めている。

 弓削は少し離れてしばらくその光景をぼんやりと眺めていた。

そろそろ約束の場所に戻ろうとして躰を捻りかけたとき、突然背中から声をかけられた。ふいの出来事だった。

「お兄ィさん、いいこと教えたげようか」

 弓削が声のするほうに顔を向けると、そこに、六十過ぎたばかりの、老婆というにはいささか早すぎる年恰好の小柄な女性が、黒いドレス姿で弓削を見上げるようにして佇んでいた。

 あまり目にしたことのない恰好と、トワイライトの薄暗いのとが重なって、どことなく神秘をたたえた雰囲気を放っているように見えた。

「……」

突然なことに弓削はすぐと言葉が出てこなかった。

「ちょっとこっちに来なよ」

 女は少女のように手招きをして道の端に誘った。弓削は時計を覗き込んだあと、怪訝そうな顔をして女に近付いた。そして女の前まで来ると、視線を巡らせて周りの様子を覗った。街ゆく人々は、そんなことにまったく感心を示すこともなく、ただ慌ただしく通り過ぎてゆく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る