ハッピーエンドは、お嫌いですか?

空気嫁

第1話 異世界転生は、お嫌いですか?

昔から、自己中だと言われてきた。ノリも悪く、独りで過ごすことを好んでいたため、友達も片手で数えるほどしか居なかった。今思うと、物好きなやつらだったな。


「それでも、大切な方たちだったんでしょう?」


あの変態どもを、奇人変人の集まりをそんな風に捉えるなんて癪に触るけれども、結果としてはそうだったんだろう。


「貴方ほど自己中な方が、身を呈して守ったんですものね。安心して下さい。彼ら彼女らは無事でしたよ」


「そうか…よかった」


「あ、やっと話してくれましたね。私としても、心を読むのは些か罪悪感があるんですよ」


心を読むなんて人間離れした所業を成せるこいつは、所謂〈天使〉らしい。


「天使といっても、見習いですけどね。それと、こいつじゃなくてフィリアです!」


ぷんすかという擬音が似合いそうに怒る可愛らしい天使見習いさんは、フィリアというらしい。フィリア。友愛とか、そんな感じの意味だっただろうか。確かに、名が体を表しているように思える。


さて、そんなことよりもだ。


「それで、なんで俺はここにいるんだ?」


「ここは、強い未練を残して死んでしまった方達が運ばれる所です。有馬宝助さん。貴方にも、何か未練があるのではないでしょうか」



未練…ねぇ。


正直、思い当たる節は全く無い。

身を呈して守ったあいつらにも、別に思うことはない。強いて言うなら、金返してない。しかし、って言ってたしなぁ。


………あ。



「お、何か思いつきました?」


フィリアが興味津々そうに聞いてくる。実際、死んだやつの未練って結構面白そうだな。


「多分だけどな」


「ほほう。聞こうじゃないですか」


なんかキャラ変わってね?しかし、そんなに気になるのなら、俺も話す甲斐があるってもんだ。


「こほん……。俺の未練はだな」


「はい」


「ヤりたい」


「………はい?」


「いや、そういえばって感じで思い出したんだが、俺童貞なんだよ」


「はぁ」


「ほら、◯◯◯って気持ちいいらしいじゃん」


「そうなんですか」


「あれ、もしかしてフィリアってしょ…」


一筋の閃光が頬を掠めた。


「それ以上喋ったらぶち殺しますよ?」


「アッハイ。スミマセン」


まあ、もう死んでるんですが。


「…それで、貴方の未練は童貞であることでいいんですね?」


フィリアは結構若い天使に見える。実際、何歳かは知らないが、人間で言ったらちょうど同い年くらいだろう。そんな女の子の口から童貞なんて聞くと、些かクるものがある。


「まあ、それくらいしか思いつかんしな」


「もっとマシというか、ちゃんとしたものは無いんですか」


溜息混じりにそんなことを言われても困る。というか、男からしたら童貞のまま死ぬなんて由々しきことこの上ないんだぞ。


「うーん…。大雑把に言えば、幸せになりたい。かな?」


「おお!いい感じになったじゃないですか!」


何故か嬉しそうなフィリアさんであった。


「それで、未練が確定したところでどうすんだ?フィリアが俺を幸せにしてくれるとか?」


「残念ながら、私を口説きたかったらもう少しまともな人になってからですね」


口説くのすら条件つきとか世知辛い。


「じゃあ、どうするんだ」


「貴方には、これから異世界転生をしてもらいます」


「異世界転生って、あの異世界転生か。え、そんなこと出来んの?」


「どの異世界転生かは知りませんけど、はい。出来ますよ」


異世界転生。男なら一度は夢見るものだろう。実際、あんなに俺TUEEEできるはずもないが、それでもファンタジーの世界に住んでみたいと思う若人は少なくない。


「な、なるほど。それで、俺はどんな世界に転生するんだ?」


「王道に、剣と魔法の世界。ド◯クエとかイメージするといいですね」


ドラ◯エは9しかまともにやったことがないが、なるほど。ああいう世界か。いいじゃないか。


「ちなみに、特典とか付いてるのか?」


異世界転生モノは、往々にして主人公がなんかしらの固有スキルを持っていたり貰っていたりする。正直、これが無かったら中堅冒険者として生計を立てるくらいが限界だ。なんなら冒険者を諦めて商売でも始めるまである。


「もちろん。あなただけの固有スキルですよ」


「おお。どんなスキルなんだ?」


「絶対的ハッピーエンド。終わり良ければ全て良しって言いますよね。つまり、最終的にハッピーエンドになるスキルです」


「なるほどぉ………え、クソじゃね?」


ということは、そこに至るまでの全ての過程がある意味無駄になるということだ。仮に、魔王を倒すことがハッピーエンドだとして、奮闘も犬死も裏切りも献身的自己犠牲も、敵味方の感情も、全部無視して終わらせているのではないだろうか。

そんなことがあっていいのだろうか。それのどこに、物語として語り継がれる価値があるのだろうか。


「そこをどうにかするのが貴方の役目なんですよ。宝助さん」


「どういうことだ?」


「貴方の言う通り、このスキルはあまり良いものとは言えません。実は、このスキルは神様の実験なんです。貴方の役目はこのスキルで、本当の意味でのハッピーエンドを掴むことなんです」


神の実験だと?俺たち下々の者の中にはそんな下らないことのために生きている奴もいるってのか?巫山戯るな。


「悪いが、俺はこの件は降りさせてもらう。地獄なり何なり好きにしてくれ」


「残念ながら、それはできません。そろそろ、転生が始まります」


「んな理不尽な…」


「理不尽なのは何処の世界も変わりませんから。ですが、もし貴方がちゃんとこの世界をハッピーエンドにしてくれれば、その時は、神様に謁見できます」


「会えるのか。神に」


「ええ。その時は、説教するなり、ぶん殴るなり好きにして下さい」


「…もしかして、フィリアも結構ストレス溜まってる?」


そういえばさっき、神の話をした時に陰鬱そうな顔をしていた気がする。


「さあ、どうでしょうね。でも、期待していますよ。宝助さん」


そう言って微笑む彼女は、やっぱり同い年くらいの女の子に見えて、凄く魅力的だった。


「さあ、そろそろ時間ですよ」


「あ、ああ。それじゃあ、行ってくるよ」


「死んでしまったらまた会うことになりますけど、あまり死なないで下さいね」


やっぱりこのスキルがあっても死ぬことはあるのか…。ほんと、謎だらけのスキルだな。


「まあ、善処するよ」


「はい。それでは、行ってらっしゃい!」


「行ってきます」






こうして、俺の不安と期待に満ちた、人生で1回はしてみたかった異世界転生が始まった。



何すりゃいいか全然わからんが、いっちょ世界を幸せにしてみますか。

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