JK侍必殺剣 - 妖剣うらみ胴の巻

加湿器

キヤリローダー危機一髪

草木も寝静まる夜の山野。普段ならば虫の静かに騒ぎたる森の中を、今宵は騒々しい駆動音が埋め尽くしていた。

二輪や軽装甲車の轍が砂利敷きの街道を荒々しく踏み荒らし、猛り狂う発動機の咆哮が、風に乗ってを荒らす。それに混じって時折聞こえるのは、荒くれたちの怒号。


……山狩りである。徒党を組んだ武士もののふ達が、血眼になって何かを探している。


そんな森を、月明かりの街道を避けるように木々の枝から枝へ、土木用の歩行重機キヤリローダーが駆けてゆく。折しも満月の夜、月明かりが時たま操者を照らせば、操舵席に腰掛けているのは年のところ十四じゅうしもゆかぬ少年であった。

一歩、また一歩と、くろがねの鉤足が木々を揺らす。硝子の取り払われた操舵席の鉄枠ふれえむに、木の葉や虫が攫われていく。

少年の、その年若さに反して操舵のすべは高く、操る重機の足取りは確かであったが、や木屑で汚れたその顔には、軽くはない憔悴の色が見て取れる。時折幹のしっかりとした大木に重機の巨体を預けると、額の汗を拭きながら、息を殺して体を休めていた。


(人里までは……後、何里ありやしょうか……。)


顎まで滴る汗を拭いながら、少年がちらりと満月を見やる。体力の消耗よりも、先の見えぬ夜の森がじわじわと少年の精神をすり減らしているようであった。


(兎に角、身を隠さねば。)


十分に体も休まり、風の運び来る怒号の声も近まってきたところ。一休みもこれまでと少年が操縦桿に手を掛ける。鋼の巨体がきゅら、きゅらと静かに駆動し、枝の上に立つ。

そうして、今度こそ目的を果たさんと、鉄のましらが跳躍する。操舵席の後ろから延びた二本の作業腕まぬぴれいたがしっかと高枝をつかみ、振り子のようにその飛距離を伸ばす。


だが、少年の精神はその自覚以上に磨耗していた。飛び乗る枝を誤ったか、その鉤足はみしみしと音を立てて枝を踏み抜き、猿は大きく体を傾かせる。


「しまっ……。」


た、と声を出すよりも早く、鉄の巨躯は地面へと落下し、周りの木々を巻き込んで

けたたましい音を響かせる。ずず、と鉤足を地面に飲まれ横転した重機は、緩やかな坂を転がり落ちるように月明かりの街道へと引き出された。


「いたぞ、あの丁稚だあっ。」


不意に、遠からぬ場所から怒号が聞こえる。必死になってかぎ足を引き抜こうとしていた少年の姿が、二輪の前哨燈に照らし出された。

咄嗟に右の作業腕でへし折れた枝をつかみ、えいや、と声の主に投げつける。前哨燈を砕くことには成功するが、時既に遅く、森の奥からは次々と追っ手が駆けつけた。


月明かりが装甲車の車体を照らす。刻まれたるは「丸に蝙蝠」――山向こうの大郷士、飛曾ひそ家の紋。


「ものども、ひっ捕らえよっ!」


埋もれた重機に、武器を構えた荒くれ者が殺到する。少年は作業腕を振るい、時に武士を掴み投げて応戦するが、もとより土木用の重機、槍や刺叉が間接に突き刺さるたびにいやな音を立て、火花が散る。

それでも果敢に操縦桿を握る少年であったが、不意に、腕に激痛が走る。ああっ、と声を上げて省みれば、火花を上げた電極手裏剣が、右腕に突き刺さっているのが見えた。内部から照らされながら、鉄の荒れ猿が沈黙する。


一人の武士が操舵席へ駆け上がると、大人しくしやがれっ、と、苦悶する少年の胸倉を掴み上げる。呻きながらも、きっ、と睨み付ける少年に、男は腕を振り上げ――。


――ふっ、とそのまま昏倒する。開放された少年がどさりと席に落ちると、から、と拳ほどの石が重機の車体を伝って落ちていった。

何者かが、投石の一撃で男の意識を奪ったのだ。


「久方ぶりの故郷くにの月であったが、楽しむにはちと無粋な輩が増え過ぎたようだな。」


凛、と女人の声が場を圧倒する。

鉄騎バイクに跨り、刀を帯びた旅人姿の少女が其処に居た。


「おのれ、何奴っ。」


武士の一人が我を取り戻し叫ぶ。同時に少女は鉄騎を繰ると、武士の群れに飛び込み、白刃一閃、瞬く間に五、六人を斬り伏せた。


「少年、急げっ。」


殺到する後詰を、前輪を浮かせてなぎ払いながら少女が叫ぶ。少年はその隙に、右肩の手裏剣を引き抜くと、額に脂汗を浮かべながら、重機を繰りその片足を引き抜いた。

万全を取り戻したましらは、うなりを上げて武士たちへと突撃する。腕で、足で、群がるものを張り倒し、装甲車を踏み台にして、再び重機は夜の森へと跳躍する。

ふと横を見やれば、先ほどの少女が、鉄騎の咆哮を鬨に、ぴったりと併走しているのが見えた。


「この先に廃寺がある。そうそう見つからん隠れ家だ。」


にっ、と笑いながら、少女が鉄騎の変速機ぎやをあげる。

快い駆動音に先導されながら、二人は夜の森に消えていく。


時季の頃、十月の四日。二国を巻き込む大活劇の、以上を持って幕開けである。

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