あのなんとか

@saruno

あのなんとか

 我が家にはメイドロボットが居る。ロボットといっても最近の電子工学はとても精巧で、見た目はほとんど人間と変わらない。母に先立たれ、家事の全てを母に頼っていた父が少しでも助けになればと3年ほど前に大金をはたいて買ってきたのだが、今ではメイドが家事の全てをこなすようになり、メイド無しの生活など考えられないほど依存してしまっている。


 そしてこのメイドロボットが凄いところは、驚異のコミュニケーション力を持っているということだ。とても人間業とは思えない技で父の要望をあっさりと解決していく。


「おおい、あのなんとかいうのをくれ。」

「はい、かしこまりました。」

「ついでにあのなんとかいうのもくれ。」

「辛い方と甘い方のどちらになさいますか?」

「じゃあ甘い方で頼むよ。」

「すぐにお作りいたしますね。」


 いつもこの調子だ。もちろん私には何が何だか分からないのだが、メイドには分かるらしい。何でも開発したKロボット社によれば、父の脳内イメージを可視化して読み取っているのだとか。


「あのなんとかという観光地はどこだったかな?」

「はい、エジプトでございます。スフィンクスのある街でしたらカイロ郊外になります。」

「そうかい、今度行ってみたいんだが。」

「でしたらタクシー・ジェットを予約しておきましょう。」


 コンシェルジュ機能もあるのだ。即座にネットと接続され、5分と経たずあっという間に予約してしまった。全くメイドとは便利なものだが、私の命令には全く反応してくれない。パートナー登録というのが必要らしく、私の年齢ではまだ登録できないそうだ。


 そんなわけでこのメイドロボットが来てからというもの、父は「あのなんとか」としか言わなくなってしまった。これで全部事足りてしまうからだ。私も父との会話が成立しないので、徐々に距離を置くようになっていた。


 ところがある日、自宅にKロボット社の社員がやってきて、緊急メンテナンスとかでメイドロボットを連れて行ってしまった。無理をさせて壊れてしまっては何にもならないし、ここは仕方なく私が家事をやることにしたのだが、当然父の言うことなど理解できるわけがない。


「あのなんとかなんだが。」

「あのなんとかじゃ分からないですよ。」

「ほら…あれだ…その…何かこう…な?」

「食事ですか?」

「違う!分からんやつだな!」


 分かるわけないだろう。私は段々腹が立ってきたので父に構うことを諦め、昼食の弁当を注文することにした。このご時世電話一本ですぐに配達してくれるので、余計なことは何もしなくていい。だが今日に限っては違った。


「はい、あのなんとかですが。」

「えーと…この電話キング弁当駅前店で合ってるよね?」

「あー…多分そうだと思います。」

「はっきりしてくれよ。じゃあステーキ丼を1つ。」

「えっ…。」

「いや…だからステーキ丼を…」

「私作り方知らないんで。」


 電話はそこで切れてしまった。今日はバイトしかいないのだろうか。私はこの弁当屋を諦め、違う店に電話をかけてみた。しかしどの店も同じ調子で、どの弁当屋も注文を拒否されてしまった。一体どうなっているんだ。


 私は弁当を諦め、近くのコンビニへ向かうことにした。近所のコンビニは無人となっており、代わりに店員ロボットが見張りとレジ役をやっている、はずだったのだが。


「居ない」


 誰も居ないのだ。よく見たら弁当類は全て品切れになっていた。まるで最初から入荷していなかったかのように。私は嫌な予感を覚え、すぐに自宅へと引き返した。引き返している途中にも、車が放置されていたり、明かりがついてない雑貨店があったりと、まるで世紀末の様相だ。


 自宅に戻ってテレビを点けてみると、思いのほか理由はすぐに分かった。臨時ニュースをやっていたからだ。


「本日、Kロボット社のロボットに重大な欠陥が発見されたため、全機が臨時メンテナンスで回収となりました。」


 Kロボット社といえば我が家のメイドをはじめ、ありとあらゆる場所で使用されているロボットだ。何年か前に国が少子化を見据え、社会に存在する管理職という区分を全てKロボット社の製品に置き換えてしまったのだ。国民は、ロボットオーナーとなる資本家か、ロボットに雇われるアルバイトに区分され、段々と頭を使わなくなってしまった。


 ロボットが居なければ警察も消防も機能しないし、病気で倒れても救急車も呼べない。さっきの弁当屋もオーナーがロボット以外を全員バイトにしていたのを思い出した。いずれ電気や水道などのインフラも完全に止まるだろう。もう近所の家はどこも電気が点いていない。


 私は怖くなり、家を飛び出した。あてもなく走り続け、やがて一軒の明かりがついた家を見つけた。いてもたっても居られず家に飛び込み、中の住人へこう叫んだ。


「あのなんとかしてください!」

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