第43話「セップンを……」そんなお嬢と修羅の道

 円華まどかは彼女であり、真面目な付き合いを続けている。しかしこれは、さやめが仕組んだ企みにまんまとはめられた挙句の顛末。少なくとも初めはそんなつもりは全く無かった。


「晴馬……? 何か悩みでもあるのか? あるなら聞くぞ。晴馬の為なら」


 真っ直ぐな瞳で上目遣い。まさかこの子がこんなにも可愛い仕草を見せて来るようになるとは、初めて会った時とは比べようがない。


「しょ、正直に話していいのか分からないんだけど、それで円華にフラれてしまっても俺は、自業自得だと思うしかないかなって」

「晴馬をフる? わたくしがか? それはあり得ないことだ。構わない、何でも言っていい! どんな言葉であっても、晴馬の為に尽くすことを約束するぞ」


 これは全てをさらけ出しても許してくれそうな発言だ。さやめのことよりも、円華には嫌われたくないし、好きでいて欲しい。

 そんな気持ちを抱いたのが全ての始まりだったのだと、後々に思い知ることになる。


「じゃ、じゃあここだと気まずいし、誰に聞かれるか分からないから昼休みになったら、屋上で話しながら昼を一緒に過ごそう」

「す、過ごす! ならばその時を待つぞ。もとよりそのつもりだったのだ! 辛抱をすれば、晴馬と逢引ける……わたくしは先に教室に戻るとしよう。晴馬も教室に――」

「そうだね、さすがに教室に戻ろうかな」


 さやめとリイサのことで結局無駄な時間を過ごした気がしただけに、ここはさやめの後を追わずに、円華を安心させることを優先することにした。

 リイサも教室に戻って来ないようなので、そういう意味では気が抜けていたのかもしれない。


「は、晴馬……」

「んん? どうかしたの?」


 円華のすぐ後に教室に入ろうとすると、何故か彼女は入り口で立ち止まり、そこから微動だにしていないまま、手で口を覆っている。普通であれば授業が始まる前の休み時間では、誰かの話し声があっても気にならないはずだった。


「これは、どういうことなのだ……ほ、ほんの数分でこんな、こんなことに」

「へ? 教室の中が何か?」


 ちゃんとした休み時間に円華と二人、廊下で話していたほんのわずかな時間だっただけなのに、どういうわけか教室には誰の姿も無かった。


「あれ? 教室移動だったかな……でも昼前に? あんまり授業表を気にしたことないけど、円華は何か知っている?」

「……な、何も」

「そ、そうなんだ」

「ど、どうすればよいのだ。こんなこと、わたくしはどうすればいいのか分からない……晴馬」


 まるで神隠しのように、カイや他の生徒たちの姿が忽然と無くなっていたのは驚くしか出来なかった。単なる勘違いか、聞き逃しでどこかに移動しているのかもしれないとはいえ、目の前の彼女は驚きで体を震えさせていた。


「円華、だ、大丈夫だからね? 多分、みんなでどこかに移動したかもしれないし、だから――」

「晴馬と過ごすことを決めた……それだけのことでも、レイケの怒りを買ったとでもいうのか? 何故だ、何故こんな、ここまでわたくしを――」

「さやめが? い、いや、さすがに考えすぎだよ」

「し、しかし……」


 こういう時は抱きしめて落ち着かせるのが有効だったはず。丁度というと不謹慎かもしれないけど、誰もいない教室でなら、彼女に触れても誰にも文句を言われない、そう思っていたらすでに円華を抱きしめていた。


「――晴馬」

「大丈夫、何かあったわけじゃないよ。だから落ち着こう」

「ん、落ち着くとする……晴馬にこうして抱きしめられている、それだけで」


 この状況で本当はキスの一つもしてあげればさらに安心させられるのに、両腕を円華の腰に回すので精一杯だった。誰もいない状況を作り出せる可能性があるとしたら、それは間違いなくあいつしかいない。

 それは思いたくない、そこまで脅威的な奴じゃないと思っていた。


「……晴馬、セップンが欲しい……」

「え、あ……」

「ふふ、心配か? わたくしは覚悟を決めて晴馬と共に進みたい。たとえ、それが修羅の道となろうとも」


 キスを交わすだけで、円華にとって何かの覚悟を背負ってしまうことになるなんて、あいつはそれほどまでの相手なのだろうか。誰もいない静かな教室の中でなら、目の前の彼女に覚悟を背負わせることなく、キスして安心させるべきなのかもしれない。


「円華、目を閉じて……」

「……」


 抱きしめている彼女の口元に近づき、今度こそきちんとキスを……そう思って自分の目も閉じかけた時だった。


『――本当に?』


 円華の顔を目前にしておきながら、どうしてさやめの声が聞こえて来るのか。間違いなく教室の中は、誰もいないし、誰かが入って来た気配も感じられなかった。


 まるで幻聴でも聴こえたのかと思うくらいに、ハッキリとあいつの声が聞こえて来ている。


「……? 晴馬?」

「あ、いや、ま、待たせてごめん」


 間近に迫った円華の唇と、好きな気持ちを表情で表してきている円華の瞳は、俺をジッと見つめて来ている。それだけに余計な心配をかけてはいけないのに、どうしてか次の動作が出来なかった。


 円華の瞳の中は俺だけを映しているのに、金縛りにあったかのように動けない。


「ふふっ、晴馬に待たされるのも悪くない。誰もいないことに気が動転したが、晴馬にこうして抱きしめられているそれだけで、わたくしの方が落ち着いてしまったようだ。わたくしの緊張を晴馬に移してしまって動けなくさせたというのなら、わたくしからセップンを――」

「ま、円華……そ、そうだよね、俺にはまだ自分から出来るほどの度胸が……円華? どうし――」


『お嬢様からしてもいいけど、修羅の道を選んで……進む? 間違いなく進むよ? それをお望みなのかな? 碓氷家のお嬢様は』


 さやめの幻聴に動きを止めていた俺に、円華は可愛く笑いながらキスをして来ようとしていた。それなのに、ここで奴のほざきが背後から聞こえて来るなんて、やはり幻聴なんかじゃなかった。


「……あ、あぁぁ……」

「あはっ! どうして止まっちゃうのかな? その程度の覚悟で修羅の道に進むつもりがあった?」

「レ、レイケ、何故……どうしていつも――」


 どんなに探そうとしても追いかけようとしても、やはりと言うべきか、さやめは俺の後ろで嘲笑しながら現れる。円華と付き合えとほざいたくせに、どうして邪魔をして来るのか。


「円華、落ち着いて」

「……い、嫌」

「円華と一緒にさやめに向き合って、共に進もう?」

「……このまま、離れたくない。晴馬に触れていたい……」


『――へぇ?』

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