第34話「来て欲しいですっ」なんてはにかみ女子は可愛すぎた
目が覚めるまでに、かなり色々なことで悶々としなければいけなくなっていたものの、寝て起きた時にはそれがすっかりと解消されていた。
昨夜の言い争いが影響を及ぼしたのかは定かではないが、目覚めの大きなあくびをしても、さやめの気配を感じることは無かった。
学園に着いて教室に入るまで何事も無かったのが、こんなにも嬉しいことだったと思わなかった。
「あれ、晴馬どこに行くんだ? もうすぐ昼だぞ」
「大したことじゃないんだけど、気分転換に歩こうかなと」
「そうか! 泉に会いに行ってくれるんだな? それならあいつのことをよろしくな!」
「あ、いや……」
「この前も結局、何にも出来ずに帰らされたらしいじゃんか。相手がレイケだから仕方が無いけどな。だったら、俺の方に……じゃなくて、泉から言われたら頷いてやってくれよな! 晴馬になら泉を任せられる!」
「へ? ど、どういう意味なの? 何かしたら殴るとかカイは言っていたよね?」
「いや、殴らないぞ。むしろあいつの気が済むまで面倒を頼む……」
初めは妹に変なことをしたら許さないようなことを言っていたカイだったのに、あまりに思い通りに行かないことにヤキモキしているのか、むしろ泉ちゃんとどうにかなって欲しいとまで思っているらしい。
「わわわっ!? えっ、ええっ? セ、センパイ?」
「や、やあ、泉ちゃん」
「ど、どうして晴馬センパイがここに?」
「それは……何と言えばいいのかな」
「はわわわわ!」
「泉ちゃん、落ち着いて」
実は特に何も考えていなかったなんて言えるはずがない。普段歩かない所にいれば、さやめと遭遇することがないだろうと思っていただけのことだ。
「あ、兄者と呼んだ方がいいですか?」
「それは泉ちゃんに任せるけど、センパイのままがいいなぁ……今の泉ちゃんは間違いなく女の子なわけだし」
「は、はいっ! あのあの、それであの……」
いつもはさやめに邪魔されることの方が多いので、じっくり泉ちゃんと話すことが少なかった。しかしさすがに、ここまでは邪魔しに来ることは無いはず。
「うん、何かな?」
「や、やっぱりセンパイの所にお邪魔しに行くから、駄目だったんだと気づいてしまったんです。だ、だから――」
「うん?」
「き、来てくださいっ!」
「どこに?」
「わ、わたしのお家に……ですっ! そ、それならいくらレイケでも来ないはずなので、センパイと二人きりになれるんじゃないかなって」
何とも恥ずかしがりながら誘ってきた泉ちゃんは、はにかみながら屈託のない笑顔を俺に見せている。こういう反応を見せる女の子は反則じゃないか。
「いや、でもさ、さやめはあの碓氷家にもいたんだよ? 泉ちゃんの家に来ないとは限らないよ?」
「だ、大丈夫です。レイケが許されているのは名家とか、格上の家じゃないと入れないみたいなので、だから大丈夫ですっ!」
さすがのさやめも、普通の家庭には入れない決まりはあるみたいだ。それでも来られたらどうにもならない。
「えと、カイは許してくれるのかな?」
「は、はいっ! 兄はむしろ歓迎……じゃなくて、本当に晴馬センパイを呼べた時には、留守にするって言ってたから平気です!」
「そ、そうなんだ。でも先に言っておくけど、泉ちゃんとは話をするだけだからね?」
「えっ……? 他に何があるんですか?」
「は、はは……だよねぇ」
これはヤバい発言だ。さやめにしてしまった行為のせいか、他の子にもそんな変な思いを抱いてしまっている。こんな考えをしていると思われたら、せっかく慕って来ている後輩の女の子との関係が、途絶えてしまいそうだ。
「あ、あの……ど、どうですか?」
「それじゃあ、お言葉に甘えてお邪魔しようかな? カイもいいって言ってたし」
「……兄にすでに聞いていたんですか?」
何か一瞬空気感が変わった気がしたけど気のせいだろうか。
「そ、そうだね。泉ちゃんのことを心配しているみたいだし、一応言っておかないと」
「心配? そう、それなら……今すぐ行きたいです」
「えっと、午後の授業は? 前もこんなことがあったけど、こういうのって良くないことだよね?」
「そ、それなら大丈夫です! わたしは元々体が丈夫じゃないので、結構早退しているんです。だから平気です! で、でも晴馬センパイは抜け出せないですよね」
泉ちゃんには事情があったようだ。それはそうだとしても、俺はそうじゃないわけで、しかも最近はさやめの監視網が以前よりも強化されている気がしているだけに、早退するのは簡単じゃない気がする。
「迷っているとすぐに後ろに立たれる気がするし、今がチャンスなのかもしれない。い、泉ちゃんの家に行こうか?」
「ほ、本当ですかっ! い、行きます行きます! わたし、早退届を出してきますから。晴馬センパイは、この棟にあるカフェで待っててください。すぐに戻ります」
「俺も自分のクラスの先生に行って来るよ。そうしないとまずいだろうし」
「だ、駄目ですっ! そんなことをしたら抜け出せなくなります。その辺は兄が何とかしてくれます! そうじゃなきゃ、兄が今回の話をするわけはないですから」
「え? うーん……堂々と抜け出してサボりってのも、あんまり良くない気がするけど……後で先生に謝ればいいのかな」
行くことを決めると、泉ちゃんは嬉しそうに早退届けを出しに教室の方へ戻って行った。体が弱そうに見えないのに、早退が自由に出来る子なのだろうか。
それにしても一学年の建物には滅多に来ないだけに、ここにいてはいけないような背徳感に襲われてしまう。学年ごとにカフェがあるだけでもすごいことなのに、学園でのカーストは確立しているということなのだろうか。
「ま、まだかな……」
上級学年の奴がいるというだけでも、特異な視線を浴びせられているのが何ともキツい。女子が圧倒の学園だから余計にそう思ってしまう。どこを見ても女子ばかりで、視線をどこに合わせればいいのか分からない。
そうこうしているうちに、走りながら泉ちゃんが戻って来た。
「センパイっ! お、お待たせしました!」
「泉ちゃん、早かったね。体は平気なのかな?」
「えっ、はい」
「そ、それならいいけど」
「大丈夫ですよ。学園内を走るだけで倒れるほど弱くないです」
「はは……こんなに広い学園だから大変かなって」
「センパイは慣れていないからだと思います。と、とりあえず行きませんかっ? わたし、頑張りますから!」
「何を頑張るの?」
「ふふっ、内緒……ですよ? ウチに来てからのお楽しみにして下さいね」
「う、うん」
さやめとのことがあってから、女子に対して何かしらの疑問を浮かべるようになったのはあまり良くない傾向だ。そんな問題を起こしているのはさやめだけだし、他の女子が言うことには、細かく気にしていてはダメかもしれない。
泉ちゃんはともかくとして、堂々と午後の授業をサボったままで泉ちゃんの家に向かうことになった。
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