第7話「どうしたい?」と真面目に聞いて来るコイツ

 転入初日にして濃すぎる一日は、何とかようやく終えられそうだった。一番の問題は自分が暮らす部屋の中だったりするわけで、しかしそれを恐れていても仕方がない。


 考えてもどうしようもない問題だ。ひとまず、眠ることのできる部屋に入れば何とかなる……そう思いながら、自分の部屋の前にたどり着いた。


「あれっ?」


 朝の時点で部屋を出るまで何ともなっていなかったドアの形状、壁がまるっきり取り換えられていることに気づいた。極めつけはドアの鍵穴で、鍵穴そのものが消えてなくなっている問題だ。


 これは指紋認証? ドアの前は何故かそうした訳の分からないモノに変わっていた。


「な、何だよこれ! これもさやめの仕業か?」

「何してるの? 入れば?」

「え? さやめ? は、入れるんだよね、これ」

「それはそうでしょ。中から開けてあげたんだから。それともそこで立ち尽くす? そしたらシステムが動いて入れなくなるけど?」

「わー! は、入るから閉めないで!」


 うっかり自分で隠している素の言葉を出してしまった。さやめと言えども、細かいことだから、恐らく気付いていないと信じて部屋へ入った。


「……なに、何か言いたいことでも?」

「何で勝手にこんなことをする! ここは俺が借りている寮なんだぞ? 押しかけで来て、自由自在にやるなんてどうかしてる」

「ふふっ、今、寮って言った?」

「言った。それがどうかしたか?」

「学園の寮ってことだよね? つまり――?」

「つまり……ああっ! くっくそぅ……さやめの魔の手が、俺の生活空間までをも侵すのかよ」


 何てことだ。これでは学園都市にいる限り、さやめの思うがままにされるだけだ。どうすればいいんだ。


「あははっ、魔の手? わたし、魔なんだ? はるにとってはそういう存在に思われているんだ。ふぅん? それじゃあ……はるはわたしをどうしたい?」

「な、何? どう……とは?」

「そのままの意味。わたしをどうにかしないとって考えている。そうでしょ? それも妹のくせにとかって」

「考えた所でどうにも出来ないだろ。それこそさやめをもう一度取り返す……なんてことは無理だろうし」


 取り返すとはもちろん、自分の記憶の中の大人しい女の子のことだ。俺を兄と慕って、必死になって追いかけて来ていたあの姿は、健気すぎて構ってあげたくなっていた。そんな古き良き思い出の女の子をどうやって取り返すというのか。


「……そぅ、そうなんだ。わたしを……ね。それならなおのこと、はるの部屋にいないと駄目かな。わたしを取り返す? そうしたいなら一緒にいる時間を多くして、わたしを常に気にするようでないと知らないままで人生を終えるかもね? どうする?」

「じ、人生を終える? お、俺はさやめばかりを気にして生きたいわけじゃない。妹にどうこうしたって、どうなるもんでもないだろ……」

「兄妹じゃないのに? 恋とかそうじゃないことも出来るのに? どうもしないんだ?」


 ハトコは遠くもあるし近くもある。自分の中では妹としてのイメージが強い以上、今さらどんなさやめを見たところですぐにそれが崩れるとは考えにくい。それだけに上手く答えようのないことだった。


「今はそんなことより、学園生活に慣れたい。さやめをどうこうとかじゃなくて……だから」

「――分かった」

「そ、そうか。じゃあ、部屋からは出ていくんだろ? ついでに勝手に取り付けた変なシステムも外してくれ」

「出ていくなんて一言も言っていないけど? 認証システムも全てははるの為。たまに来ればいいやなんて思ってもみたけど、はるの考えがそういうことなら、わたしがキミ……晴馬を教育しないと駄目。そうしないと、取り返しのつかない人生を送るだろうし、ここにそのうち晴馬を奪いに来る女たちが来てしまう。そんなことは許さない」


 何か間違ったことを言ってしまったのだろうか。意気地になって出て行かないことを表明させてしまったらしい。俺を奪いに来る女だとか、それはどういう意味に取ればいいのかさっぱり分からない。


「わ、分かったから、部屋の仕切りは作るなよ? ただでさえ狭いんだし」

「心配ないよ? 広くしたから。間取りを変えたの。晴馬がここに戻ってくる間にね! わたし、特別だから」


 さやめの怪しげな表情を見つつ部屋を改めて見回すと、壁だったところに空間が出来ていた。奥行きも出来ていて、ワンルームから一つどころじゃない部屋が作られていた。


「こ、これは……な、何で」

「残念だね? 狭くて一つだけの空間なら、わたしの着替えシーンを見放題だったのに。部屋を作ったことでそれが出来なくなったなんて、悲しいね? 悲しいよね……晴馬が覗きたいならいつでも戻してあげるよ?」

「さやめの下着姿なんか見たってしょうもないし、見たからって押し倒すようなことにならないから、悲しくなんてならないな」


 確かに銀髪姿のさやめは綺麗だ。だからといって、妹として見ているコイツに何を欲情するというのか。


「あはっ、面白いね。そう、そうだね。そういうこともみっちり教えないと、晴馬は駄目だよ……他の妹を見るようでは駄目。許さない」

「他の? そ、そういえば学園の女子って――」

「わたしはわたしの部屋に移るから、晴馬は好きにすればいいよ。だけど、常にわたしを気にするようでないと駄目。ねえ、はるくん?」

「えっ……」


 何とも懐かしい響きで呼ばれた。だけど、何か恐ろしいことを言われたような気がしないでもない。どうやら勝手に部屋の間取りを変えられるくらいの優等生だということは理解出来た。


 さやめのことは気にするようにしている。それでも学園にはまだまだ知らない女子が沢山いる。その女子たちとも仲良くなれれば、学園生活も華やかで明るくてすごく楽しくやっていけそうな、そんな気がした。


「――どうにかしてもいいよ? ねえ、はる……」

「うっ?」


 ふと背後からさやめの声が聞こえてきたものの、そこには誰もいなく、気のせいに終わった。もしかしてあいつは俺の知らぬ間に、気配を殺す術でも学んできたのだろうか。それは一体何のためなのか。


 ようやく終えた転入初日。明日からはもっと積極的に話をしていこう。華やかな学園生活にする為にも。

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