キングチーハー
COTOKITI
第1話 我、異界ニ吶喊ス。
《1943年 満州東安》
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満州とソ連の境目では、国境を監視するとある戦車がいた。
「今日は晴天、ソ連軍戦車が来る気配も無しっと……。」
彼の名は井川 貫志と言う。
元は戦車第四連隊にいたのだが、戦車第十連隊に転属となり、今に至っている。
車長である井川とその部下達の関係は異質で連隊の中でも噂になっていた。
例えば、戦車第四連隊に入る前に訓練受けていた頃…………。
「すんませ〜ん教官、俺腹がアホみてぇにクッソ痛いんで訓練休んでいっすか?」
「……見え透いた嘘で訓練をサボろうとするな!!」
「おがっ!?」
貫志は教育隊の頃から態度が悪く、上官にタメ口で話すことさえあった。
それだけではなく……座学においても……
「なぁ隆二、ちとここん所の解答写させてくれよ。」
「はいよ。」
「感謝感激雨あられ〜。」
勉強はしないわ他人の答えを写すわで座学はとにかく最悪だった。
ついでに隆二という男は後に戦車第十連隊で井川のチハの砲手を務めることになる。
ただ、それらの欠点を全て実技で補ってきた為、こうして戦車兵として働く事が出来ている。
そして、井川達が連隊内で噂になっている原因はと言うと……。
「井川軍曹殿!おはようございます!!」
「おはよう羽島伍長。 うむ、今日も良い天気だな。」
「はっ!誠に良い天気であります!」
このように、表向きでは互いに上官とその部下らしい振る舞いをしているのだが、彼らが一度戦車に乗ってしまえばその関係は呆気なく崩壊する。
「おう貫志、煙草くれや。」
「車内は禁煙だボケェ。」
「あぁー腹減った。 昼飯まだかよ?」
「腹減ったぐらいでガタガタ喚くな貫志。 そんなに飯が食いたきゃお前の口の中に47ミリを突っ込んでやろうか?」
「そんなもん食うぐらいだったら虫でも食うかお前のイチモツでも咥えてた方がマシだな。」
「おい、俺は男に興味なんて無いぞ?」
「冗談だマヌケ。あからさまに引くな。」
この事を知っている他の戦車兵達は皆口を揃えてこう言う。
「あそこだけ無法地帯」……と。
階級なんて関係なく、このチハの中では全員が平等である。
敬語なんて使わないし、気を遣う様な事もしない。
それが、井川達にとっての鉄則のようなものだった。
そして、去年の1943年までは満州で国境警備と訓練の日々だったが、1944年、とうとうフィリピンのルソン島に転用となる事が決まった。
出発したのは1944年の8月13日。
東安を発ち、釜山を経て門司で船団を組み、フィリピンのルソン島へと向かった。
「いざ!フィリピンへ!」
「ビーチで女と戯れていたかったぜ。」
「一個師団単位のアメ公となら戯れられるぞ。」
「何その悪夢。」
井川達も緊張感の無さを醸し出しながら船でルソン島まで向かった。
当然、無事で辿り着ける筈もなく、敵の雷撃で輸送船が何隻か沈み、それなりの損害を被りつつ、ルソン島に上陸した。
それから2ヶ月後の10月にはマニラ北方のシブルスプリングに集結し、損失の補填、連隊の再編成が行われた。
その後、レイテ島に送られた第一中隊以外の連隊主力はルソン島で米軍を迎撃する準備を整えていた。
地獄が始まったのはここからだった。
1945年 1月6日、リンガエン湾に米軍が上陸を開始した。
連隊主力はサン・ニコラスに展開、迎撃体制を敷き、米軍を迎え撃った。
だが、米軍の兵力は3個師団に400輌もの戦車、火力の差はどうにも出来なかった。
そして、1945年 1月24日、井川達第二中隊を米海軍の艦砲射撃が襲った。
空から無数の砲弾が雨のように降り注ぎ、その火力は下手すれば島の地形を変えかねない程のものだった。
「なんて砲弾の数だ畜生めぇ!!」
「あぁクソっ!!沖にいる米艦隊から提督を引きずり出してここに突っ立たせてやりてぇよ!!勿論顔に一発お見舞いした後にな!!」
「冗談言ってる暇があったら消化器の用意でもしてろぉ!!」
雨のように降り注ぐ砲弾にまるで大地震にでも襲われているかのように辺りの地面が揺れ、いつ砲弾が井川達の頭上に着弾してもおかしくなかった。
揺れに耐えながら覗き窓から外を見ると、丁度左隣にいた味方のチハに砲弾が直撃し、木っ端微塵になった。
「うわぁぁっ!!今隣にいたチハが二階級特進したぁ!!!」
「あぁぁぁぁ!!!こんなことになるんだったら早めに女とヤッとけば良かった!!」
「うぉぉっ!!」
榴弾が至近距離で着弾し、無数の破片と衝撃波がチハを襲った。
「損害報告ぅーーーーーーっ!!!」
「多分履帯がやられた!!」
その後直ぐにおっきな砲弾がチハとほぼゼロ距離で着弾し、チハは爆炎に包まれた。
「ホァァァァァァァァァァァァァァァーーーッ!!!!!」
《???年 ??月??日 ????》
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「うぅ……。」
狭っ苦しい戦車の中で一人目覚めたのは車長の貫志であった。
あの後、バラエティ番組の芸人の様な奇声を発し、砲閉鎖機に頭をぶつけて気絶した所までは思い出すことが出来た。
とにかく、他の搭乗員も生きているようなので全員起こす事にした。
「おい!起きろお前ら!!」
声を掛けながら揺さぶり、一人ずつ起こしていき、ようやく全員が目を覚ました。
「えっと……何が起こったんだ貫志?」
「あれか?俺らも二階級特進したのか?」
どうやら冗談を言えるくらいにはまだ余裕があるようだ。
「チハに乗ったまま輪廻に戻る奴がいるかバカヤロウ。 生きてるぞ、俺達は。」
「そうか……生きてたのか…。 良かった、コレで女とヤる目標は果たせる…。」
「そんな煩悩まみれな脳ミソを持ってる時点で恋人は無理だと察しろこの女にしか目がないチンパンジーが。」
「おいおい、貫志が言えたことでもねぇだろ? お前も妄想で愛人作ってそれでマスかいてたじゃねぇか。」
「それ以上余計な事を言うと喉を潰すぞ。」
「おっかね。」
こんな状況にも関わらず、この緊張感の無さは彼らにしか作り出すことは不可能だろう。
「そうだ、誰か外の様子見て来てくれよ。」
「俺は断る。 隆二、逝ってこい。」
「おい何だか今の言い方に違和感を感じたぞ哲郎!」
「気の所為だ。」
「じゃあ車長のお前が見に行けよ。」
「そうだなそれがいい。」
「早く逝け。」
「……チッ、ハイハイ行ってくりゃあ良いんだろ行ってくりゃあ。」
こっそり舌打ちをしながら砲塔上部のハッチを開き、身を乗り出すと、思わずその光景を二度見した。
「…?どうした貫志?」
「い、いやぁ〜あのだな〜。」
「どうしたんだよ?」
「俺ら、今森のど真ん中にいるぞ。」
「……は?」
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