偽装カップルは別れられない

めぐめぐ

第0話 プロローグ

とある貸し切り状態のホテルの一室にて。一人の男は言い放つ。

「…ということですから、この話につきましては、申し訳ありませんが、破談ということにしていただけないでしょうか。」

しばらくの沈黙が室内を支配する。

やたらと豪華な仕様の机を挟んで一人の男性は言葉を発する。

「わ、分かりました…。当方としては非常に残念な話はありますが…。そうですね…ほら、小春、退席しようか…」

「え、ええ…」

「ご期待に添えるような返事ができず、申し訳ない…」

「い、いえ…仕方のないことでございますので…お時間をとらせてしまって、こちらも申し訳ありません…」

二人の男性が向かい合って一礼した後、ぞろぞろと一団が肩を落として室外へと出ていく。


数人を残した室内は、無音状態が少し続いていたが、男性は口を開く。

「これで何度目のお断りだろうか…今回は結構な優良物件だったろう。」

すると、二つ隣の席に座っていた女性も返答するべく口を開く。

「その通りでしたわね…しかし、想定していたよりは彼女らもまた、話の持ち込みが早いようでしたが…」

「手っ取り早く押さえておきたかったというところか…それにしても…本当にこいつにはよく話が舞い込んでくる。」

「全くですわ…毎回、このホテルを貸し切りにするのも少々、手間がかかるものですが。」

「だろうね。まあ、この話はこれで終わりにしよう。おい、松葉。」

「はい、旦那様。」

鼻の下に白髭を生やしながらもまだ気品が残る初老の紳士・松葉は、『旦那様』の側に寄る。

「家族を帰宅させたいから、車の手配と…ホテルの後片付けを頼む。」

「承知致しました。」

「さて、君たちも帰路につこうか。まあ、明日は月曜日ということだし、お前も早く寝なければならんな。

まあ、なんというか、そろそろお前も将来について考えることもしないとだな…」

「そうですわよ、お父様の仰る通り。これだけ舞い込んできていれば、お気に入りも見つかるというものでしょう。」

すると、これまでの間、一言も喋っていなかった少女が、口を挟む。幼さを残しつつも可憐と言える顔立ちはどこか哀しさをちらつかせるが。

「で、でも…お兄様は、ま、まだ…そのままでいてほしいです…その…こういったお話は、まだ早いかと…」

「佳穂、あなたはもう少し兄離れというものをしてほしいものですね。いずれは、迎えなければならないんですよ?」

「そ、そうですけれども…」

「ま、まあ、母さん、兄想いなのは、いいことじゃないか。」

「そ、そうですよね、お父様!」

「ま、全く…あなたは息子だけでなく、娘にも甘い…」

「そ、そうはいってもね…はは…」

「旦那様、もう19時40分になります。20時からの会議がございますので…」

「ああ、分かった…では、香織、我が愛する子供たちを安全に家に帰してくれたまえ。」

「はいはい。あなたの子供への愛は本当になんというか…大き過ぎるというか…そのせいで」

「お父様!私、帰るね!」

「ああ…帰らないでくれ…」

「……何を仰っているのですか…。とにかく早く帰りますよ。」

「悲しい別れだ…ぐすっ…」

「……」

「ま、まあ、家族団らんは私の仕事が終わってからにするということで…、では、会議に行ってくる。帰ったらすぐに食事をとりたいから、香織、頼む。」

「ええ、いってらっしゃいませ。ご連絡はお願いしますね。」

「お、お父様!いってらっしゃい!」

「ああ…それでな、なんというか、お前もそろそろ考えておくんだぞ?少し早いかもしれないが…」

そう言うと彼は、隣に座ったまま未だ姿勢を崩さない青年の肩に手を置く。均整がとれた中性的な顔立ちの青年は、振り向く、何かを言おうとするが、無言で頷く。

彼はうんうんと頷くと、腕時計を見やり、少々急いだ様子で、コートを着込む。名残惜しそうにその場を後にする。


(やれやれ…)

青年は、ぽりぽりと頭を掻きながら少し考え込むが…

「お兄様!帰りましょう!私は!佳穂は!お兄様が!この話を!今度は!受け入れてしまうんじゃないかと!内心ヒヤヒヤしていましたので!少々疲れているんですよ!?」

「佳穂!またあなたはそうやっては」

「お兄様はまだ高等学校の学生です!こんなことを考えることはありませんよ?まだ私と一緒に寝たりするべきなんじゃあないでしょうか!?」

「佳穂!あなたは全く…ええ!?」

「お母様、気が動転し過ぎていますよ?」

青年がここで初めて言葉を発する。この一幕での一番主要人物である彼の発言が、やっと出てきたのである!

「この子もそろそろ考えなくてはいけないというのに…

まあそれはいいとして、遥人、ここまで断り続けるとは…さては高校に『彼女』でもいるんじゃあないでしょうね?」

「いや…」

「お兄様には、彼女も親友もいらっしゃいませんよ!ご安心を!!」

「なぜ、あなたが知っているのかは、この際置いといて…と言いますか、お友達くらいは作ったらどうですか…」

「友達ができると、休日に遊びに行ったりする必要がありますから…」

「それくらいは良いのですよ?それこそ持ち込まれた縁談を始めから断れる口実になるのでは?」

「まあ…さすがに会うくらいはさせていただきますよ、あと友達を作るのも面倒ですし…」

「そうです!お兄様には私がいれば十分でしょう!?」

「はぁ……さて、今日は帰りましょう。明日から学校ですよ?」

「面倒だなあ…」


頭を悩ませながら母親は立ち上がり、同時に息子と娘も立ち上がる。

妹は兄の腕に自身の腕を絡めながら歩き、母親はずっと待っていた執事にホテルの後片付けを指示して、皆室外へと出る。


閑散とした一室にある時計は夜の8時を示したところだ。

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