e10「長距離運転にかかる妄想」


 こんばんは。気がつけば7月ももう半ば。7月はわりと好きな薮坂です。残念ながら今夜は雨なので、夜の散歩には出掛けられないのですが。


 さて、そんなこんなでこのエッセイも10回目。しかし前回から数えてかなりの日数が経ってしまいました。

 ここのところイレギュラーな仕事を振られることが多く、まぁいろいろとあったのですが。一番アタマに来たのは、突発の出張で日帰り往復800km運転、という偉業を達成したことですね。

 もうね、日帰りとかアホかと。「1000kmいってないし、日帰りで行けるやろ?」とか言ってんじゃねぇよ上司と。まぁ、愚痴を言っても詮無いのですけどね。


 さてそんなワケで、久しぶりのかなりの長距離運転を敢行したのですが。クルマの運転って、本当にヒマですよね。もちろん安全運転を心がけているので、ナビのテレビもつけないし、一応仕事なのでお気に入りの音楽さえ流しませんでした。というのも、少し苦手な先輩と一緒だったので、ただ流せなかっただけなのですけどね。


 ちなみに、仕事の内容は驚くほど簡単です。片道400km強離れた人里離れたとある場所に赴き、とある物品を回収して戻るだけ。しかしこう書くと、なんかヤバイ物品を密かに回収する運び屋って感じがしますね。ハードボイルドな物語の始まりというか、なんというか。いつかそんな物語を書いてみたいものなのですが、最近全く書けていないので、まずはリハビリをする必要がありそうです。無謀ながらちょっとトライしてみましょう。



 ──────────



「……速度超過、気をつけて」


 前方を見据えたまま、助手席に座る先輩が冷たい声で言った。相変わらずの無表情でだ。この人は普段から表情筋をまるで使っていない。本当にドライで無機質である。今走っている、高速道路のアスファルトみたいに。

 少しくらい笑えばいいのにと思う。愛想笑いでもいい。せっかく、美人な顔をしているのだから。


「先輩、指定速度プラス20kmですよ。オービスにはかかりませんって」


「プラス15までに抑えて。警察に止められると厄介だわ。急ぐ必要はないけれど、確実に搬送する必要はあるのだから」


 フラットにした後部座席に置いてあるを、ちらりと流し見る先輩。例の港で受け取ったモノは、今時の積荷としては珍しい木箱だった。少しだけ、潮の香りを含んでいる気がする。


「後ろの積荷、結局何なんですか。積む時に検めてなかったですけど」


「この仕事を長く続けたかったら──」


「何故と問うなかれ、ですか。はいはい、わかりましたよ。もう訊きませんって」


「気になるのは、わからないでもない。でも教えられないわ。何故なら、私も知らないから」


「先輩も知らない? てことは中身、かなりヤバそうなんですか」


「その可能性は、あるかもね」


 そのまま、しばらく無言で車を走らせる。速度は言われた通りの指定速度プラス15キロ。5キロの違いがどこまで有効なのか、実のところわからないのだが。

 タイヤが高速道路のジョイントを踏むたびに、ゴツリとした手応えがステアリングを通して伝わる。バックミラーで確認したが、積荷に影響はなさそうだった。


 速度を確認するついでに、トリップメータの数値を確認した。その表示は550km。復路ももうすぐ半分、と言ったところか。

 はぁ、と溜息が出そうになる。これは日帰りで運転する距離じゃないだろうと。

 無性に煙草が吸いたくなるが、車内は禁煙だ。おれは胸ポケットに入れていた、強めのミントタブレットを3粒ほど齧る。途端に、口に広がる清涼感。だが当然ながら、煙草ほどの満足感は得られない。


「もしかして、疲れてるの」


「おっと先輩、気遣ってくれるんですか。これは雨が降りそうだな」


「馬鹿言ってないで、質問に答えて。もし事故したりすれば、本当に洒落にならないわ」


「まぁ、まだまだ行けますけど。でも念のために休憩しましょうか。ちょうど、あと2キロほどでパーキングエリアがあるみたいですし」


「それじゃ、そこで休憩」


「了解です」


 左へのウインカを出して、車線を変更する。車はなだらかな登り坂を進み、パーキングエリアへ。読み方もわからない、多分二度と来ることはない寂れたパーキングだった。


 先輩はトイレに行くと言い、車を降りた。車防のためにそこに残る。本当はダメなことだが、停まっている車の数が極端に少ないので、おれはそこで煙草に火をつけた。

 煙草、いい加減やめないとなぁ。出来もしないことを思いながら煙を吸い込む。あぁ、美味い。いや、美味いと錯覚しているだけか。


 おれは咥え煙草のまま、何の気なしに積荷に目を遣った。単に積荷の具合を確認しようと思っただけだ。でも何故か、ほんの少しだけ。その積荷から違和感を感じたのだ。

 なんだ、この感じ。後部ドアを開けて積荷に近づく。そして気がついた。その違和感の正体。


 木箱の、その隙間。そこから覗いていたのだ。いや、と言ったほうがいい。

 木箱の蓋は、よく見ると蝶番がついていてドアのようになっていた。カギはない。恐る恐る、その蓋を開ける。

 中に居たのは。おれをそこから覗いていたのは。年端もいかない、小さな少女だった──。



 ──────────



 おぉ、案外面白そうですね。ハードボイルド……いつか挑戦したいジャンルです。いや書けないですけど。

 現実はこんな感じじゃなくて(当然です)、普通の物品を普通に運んで普通に終わりました。往復10時間強かかりました。

 運転してる時って、妄想というか、物語の構想が捗るんですよね。もちろん事故のないように注意しながら運転しなければならないのですが、ずっと神経を張り詰めているのもよくありません。適度な休憩と適度な妄想。緊張と緩和。これが必要なわけです。


 そんなこんなで往復10時間の長旅で、いろんなお話の構想を練ることができたのですが、肝心のアウトプットがまるで出来てないんですよ。

 その日は疲れて帰って来て、とりあえずシャワーを浴びて寝たらですね。綺麗さっぱり、構想した物語の細部を忘れてしまいまして。

 まぁ、忘れるほどだったら大したことないお話なのかもしれないですが、頭の中に思い浮かんだお話を、勝手に文字にアウトプットしてくれないかなー、なんて思いました。そんなツール、開発されないかなぁ。脳ミソに電極ぶっ刺してもいいです、そんなことが出来るなら。



 と言うわけで、例によって例のごとく、毒にも薬にもならない話でしたが。みなさん長距離を運転する時、加えて音楽やラジオも聴けない時、どうやって時間を潰してますか?

 ……まぁ、そんな機会は普通の会社ではない、と言われれば、まさにその通りなのですが。笑

 もしよければ参考までにお聞かせ下さい。


 それでは、また。いつもありがとうございます。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る