第69話 エクソソーム〜幻惑のイブ〜5
*
翌日。波瑠は竜飛の実家の近くへ行った。
保坂という金井の友人を、波瑠は知らない。
しかし、家の見当はついた。
高校のころ、何度か竜飛の家に遊びに行ったことがある。そのとき、二、三軒離れた家の表札で見たような気がする。
スマホを持っていると、波瑠の行動は、イブにつつぬけだ。今日はスマホを自宅に置いてきた。
日曜だから、保坂は家にいた。とつぜん、たずねていった波瑠に、向こうはおどろいていた。ラッキーなことに、保坂のほうは、波瑠を見おぼえていた。
「えと……たしか、竜ちゃんの友達の?」
「高崎波瑠です。お聞きしたいことがあるんですが、いいですか?」
「いいけど……ここじゃ、あれなんで」
波瑠の風態が怪しいから、家のなかに入れたくないのかもしれない。このところ、見ためなんて、かまってない。何日も風呂にも入ってない。
近くのファミレスまで行って、そこで話した。
「なんですか?話したいことって?」
保坂は、そわそわして落ちつかない。
「高校のころ、金井くんと仲よかったんだって?」
波瑠が言うと、保坂は、ため息をついた。
「やっぱなぁ。そのことか。そうじゃないかと思った。だって、高崎さん。あんた、金井が自殺する前と、そっくりだもんな」
「じゃあ、金井くんが、イブのトゥルーエンディングに向かってたのは、ほんとなんだ?」
保坂は、うなずく。
「高崎さん。あんたも死ぬつもりですか?」
波瑠は首をふる。
「今のところ、そのつもりはないけど」
「そうなんだ? そう言えば、金井も急にだったな。なんか、ハマりすぎだとは思ってたんだ。すげえ、やせてくるし、中毒っぽいっていうか。
もう、やめたほうがいいんじゃないかって何度か言ったんだけど、聞かなくて。イブがいない人生なんて考えられないって言ってた。
なのに、死ぬ前日くらいかな? 明日がエンディングの日だって、急に怖がりだして。異常だったよな」
つまり、金井は九十九問までは答えた。
そのとき、最後の一問を答えることを恐れた。
九十九問めで、ラスト一問の予測がついたということか?
あるいは単純に、金井はエンディングを迎えると、イブのアンドロイドをもらえることを知らなかった。イブと別れることが恐ろしかった。
しかし、保坂は言う。
「そうそう。これ、あいつが自殺する前に送ってきたやつ」
そう言って、ラインの画面を見せてくれた。
そこには、こんなメッセージが残っていた。
——おまえなら、世界と好きな人、どっちを選ぶ?
世界と好きな人……?
それは、どんな意味だろう?
夜になり、イブがたずねてきた。
いつも決まって、二十三時五十九分。
今日と明日のさかいめに。
「ハル。あはたは世界がキライよね。ねえ、世界を滅ぼしたくない?」
*
九十九問め。
波瑠が答えたあと、イブの姿が光り輝いた。その光は室内を真っ白に染めるほど強い。
そして、光が薄れると、イブは大人になっていた。
思ったとおりだ。
この姿は——
「新見蒼介」
ネットに本人の写真は、わずかしか残っていない。
写真を撮られることを好まなかったようだ。
でも、知っている。
女性と見まがうような、その美貌を。
「あなたは死ぬ前に、自分の分身を人工知能として、この世に残したんだ」
新見が笑う。
その姿はCGにすぎないが、彼の意思は、まだ、この世に生きている。
「ハル。ここまで来てくれて、ありがとう。明日が楽しみだね。私についてきてくれると言ったろ?」
波瑠は悩んだ。
世界を滅ぼしたい?
その答えは、イエス。
この世は汚い。人間は汚い。
もう何もかも、きれいさっぱり、なくなってしまえばいい。
でも、じっさいに、それが可能なのだろうか?
新見なら、もしや……。
「新見さん。明日の問いに答えたら、あなたは、この世界を滅ぼすの? それができるんだ?」
「できるよ」
新見なら、やれる。
敵対する何国かの軍事衛星にハッキングし、核ミサイルを数発、発射させれば。
明日が来るのが怖い。
だけど……。
だけど、こんなにワクワクするのは、ひさしぶりだ。
そのとき、波瑠は思いだした。
オープニングで見た、このゲームのタイトルを。
エクソソーム——
それは、癌細胞が侵略のために発するメッセージだということを。
最後のメッセージは、「ねえ、始める?」
そして、アラートが鳴りひびく……。
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