第67話 クレプトマニア 2

 〜美菜の告白〜



 今日は特別な日だ。

 子どものころから欲しかったものが手に入る日。

 特別で、とびきりな日。


 美菜は決して不美人ではない。

 十人並みよりは少しいい——と、自分では思っている。


 だけど、母は若いころ、芸能事務所のスカウトを何度も受けたほどの美人だ。妹も母に似て、とても可愛い。

 父親似の美菜は、何かと妹とくらべられた。可愛い服も着せてもらえなかった。父でさえ、甘え上手で美人の妹ばかり可愛がった。


「美優は可愛いなぁ。将来、美人になるぞ」

「パパ、美菜は?」

「美菜か。美菜は頭はいいんだから、いっぱい勉強しなさい。そしたら、幸せになれるから」

「ほんと? 美菜、幸せになれる?」

「ああ。なれるさ」


 父の言葉を信じて、たくさん勉強をした。でも、それだけでは、つかめないものがあった。


 いくつになっても妹とくらべられた。中学、高校に上がると、ますます妹はチヤホヤされ、それに比例して、美菜はさげすまれた。

 クラスには、美菜よりもっと容姿の劣る女の子もいるのに、なぜか、美菜ばかりが笑い者にされた。美菜は成績がいいから、やっかまれたのだ。


 傷つくことの多かった少女時代。

 好きな男の子にバレンタインのチョコを渡したときには、こう言われた。


「えっ? 美優ちゃんから? たのまれたの?」


 違うの、それは、わたしから——とは言えなかった。

 そんなこと言っても、イヤがられるだけなのは、もうわかっていた。


「そうだよ。美優が渡してくれって」


 女の子に人気のあったSくんは、そのあと、美優とつきあった。二人の笑顔を見るたびに泣きたくなった。


 高校のときには、生まれて初めて告白された。


「つきあってほしいんだ」


 そう言われて、すごく嬉しかったのに、彼がほんとに好きなのは美優だった。美優と友達になるために、まず、姉の美菜に近づいたのだ。


 いつも、そう。

 わたしの幸せは、美優にジャマされる。


 だから、大学に入って一人暮らしをするようになると、嬉しかった。美優と比較されることがなくなった。やっと自由になれたのだと思った。

 ゼミで、美花に会うまでは……。


 美花は美優以上の美人で、誰もが、ふりかえっていくほどだ。

 なんで、こんな美しい人が、わたしのそばに。それも、名前が一文字違いだなんて、また、くらべられる——


 思ったとおりだった。

 男子はあからさまに、女子は陰で、美菜を笑った。


 そのころから、美菜は、アレにハマった。


 じつは、自分に他人とは違う力があることには、幼いころから気づいていた。たぶん、小学校に上がる前に、一回、交通事故で死にかけたせいだろう。車にハネられたことはおぼえている。そのあと、気がつくと病室で、ベッドによこたわる自分を上から見おろしていた。いわゆる、幽体離脱だ。


 この体験のあと、美菜は自分の体から自在に意識だけで、ぬけだすことができるようになった。


 始めのうちは、ただ、あちこちを飛びまわって、知りあいの裏の顔を見て、あざけるだけだった。


 でも、そのうち、気づいたのだ。

 きっかけは妹の部屋をのぞいたときだ。

 妹はSくんとのデートの前。

 鏡を見ながら、オシャレにいそしんでいた。服をえらんで、浮かれていた。


 なによ。わたしのおかげじゃない!

 そう思うと悔しい。


 そのとき、ふと思った。

 このまま、美優のなかに入れたらいいのに……。


 すると、すうっと意識が美優の体のなかに吸いこまれた。


 体は美優。

 でも、美優の意識はない。

 美優の体を動かしているのは、完全に美菜だ。


 Sくんとの初デート。

 楽しかった。

 夢のような、ひととき。


 美優の体に入っていると、まわりの男の子が、みんな優しい。

 このまま、この体のなかにいたい……。


 願ったものの、それは叶わなかった。美優の体に入っていられるのは、ほんの三時間ほどだった。三時間をすぎると、何かにひきずられるように、強制的に自分の体に戻された。


 それが、つらくてならなかった。

 美優のなかに入っているときは、みんなに愛されて、楽しいことばっかり。なのに、ほんとの自分は、そうじゃない。


(もうイヤだ。わたしは、わたしでいたくない……)


 なぜ、いつも、美優の体から戻されてしまうのだろう。

 なぜ、ずっと、美優のままでいられないのだろう。

 なぜ……?


 それは、わたしが榊原美菜だから。

 わたしの体が、そこにあるから。


 美優以外の女の子にも、試したことがある。けれど、どの子も成功しなかった。いや、むしろ、美優より、その体内にいられる時間は短かった。


 美優は姉妹で、血液型が同じ。

 年子だから、生まれ月も同じ。

 名前も一文字違い。

 体と魂の相性のようなものが存在するらしい。


 だから、美花に会ったのは、奇跡だった。くらべられ、あざけりの対象にされることは悔しかった。でも、一方で、それは、ある可能性を示唆していた。


 もしかして、美花の体って、相性いいんじゃない?


 輝くように美しい美花の体。

 どうしても欲しい。


 とはいえ、大輝を奪われなかったなら、美菜もあきらめていたかもしれない。


 大輝のことは、ひとめぼれだった。

 人前でころんで、痛さと恥ずかしさで泣きそうになっていたところを助けてくれた。とても優しい。優しい人は、心をあやつりやすい。

 幽体離脱して、たびたび、大輝のなかへ入りこみ、『僕は美菜が好きだ。美菜から離れられない』と暗示する。

 美菜の念をこめた、お札も貼ってみた。効果はあった。


 この人は、もう、わたしのものだ——


 そのはずだったのに、盗まれた。


 美花。わたしの一番、大事なものを盗んだ。わたしの大切な大輝を。今度は、わたしが、あなたの大事なものを盗む番。


 わたしは“あなた”を盗む。


 あなたたちが、どこに逃げたかなんて、幽体離脱して世界中を飛びまわることのできるわたしには、すぐに、つきとめられる。


 小さな教会で結婚式。


 幸せそうね。美花。

 でも、笑ってられるのは今のうち……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る