第35話 座敷牢の少女



 わたしの叔母は生涯、独り身だった。

 亡くなったのは、半月前。

 まだ四十代だった。


 母といっしょに叔母の遺品の整理をした日のこと。


 わたしは夢を見た。

 座敷牢のなかで、こっちに背中を向けてすわる少女の夢だ。

 顔は見えないが、きんらんどんすの、それはそれは美しい振袖をきている。長い黒髪が背中をおおっていた。

 年は、きっと十三、四だろうか。


 少女は泣いていた。

 とても悲しげだ。


「なぜ泣いてるの?」


 答えはない。


「どうして、こんなところに閉じこめられてるの?」


 それにも、答えがない。

 が、お稚児さんみたいな白塗りの化粧をした顔が、一瞬、こっちを向いた。

 この子をどこかで見たことがあると、わたしは思った。


 そんな夢を何日か続けて見た。

 夢見が悪いせいか、疲れる。


「そういえば、あの人形、どうしたんだっけね? さゆりが、いつも、いっしょに棺おけに入れてほしいって言ってたのにね」


 母が言うので、わたしは思いだした。


 そうだ! あの人形だ。

 ごうかな着物をきた市松人形。

 叔母が生前、とても大事にしていた。


 でも、亡くなる前には病気の末期で、混乱していたのだろう。投与された薬のせいで、もうろうとしていたのかもしれない。

 あれほど大切にしてた人形を、もういらないから、どっかに捨ててきてくれと言っていた。


 けっきょくは、苦痛から逃れるために、果物ナイフで自分の胸を刺して自殺した叔母。

 せめて、元気だったころの意思どおり、棺おけに入れてあげるべきだった。


 そうか。それで、あの少女は泣いてたんだ。大好きだった叔母と、いっしょに逝きたかったに違いない。


 わたしは急いで、叔母の遺品をしまった、母の実家に向かった。遺品は蔵のなかに、まとめて入れてある。


 わたしは古い長持ちのふたをあけた。人形が一番上に、のっている。


「ごめんね。ここから出してほしかったのね。でも、もう叔母さんはいないんだよ」


 叔母さんは、とっくに荼毘にふされて墓の下だ。明日の朝、菩提寺に持っていって、焼いてもらおう。

 きっと、叔母さんも喜ぶ。


 その日は、母の実家に泊まった。

 真夜中、わたしは、かすかな物音を聞いて、目をさました。

 今の音、なんだったんだろう?


 闇のなかで、わたしは目をこらした。月明かりに、ほのかに室内が見てとれる。八畳の和室。

 たたみの上に敷いた布団のすぐそばに、小さな黒いかたまりがある。

 きんらんどんすが、にぶく光る。

 いや、光ってるのは、その手のにぎっている包丁か?


 わたしは信じられない思いで、それを見た。


(そういえば、叔母さんはナイフで胸を……それって……)


 市松人形のにぎる刃が、わたしの前に、ふりかざされる——

    

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る