かーくんの怖い話
涼森巳王(東堂薫)
第1話 さかしま返り(前編)
〜地蔵参り〜
「ばあちゃんの生まれ故郷には、古いおまじないがあるんだよ。家の近所に荒神さまのお社があってね。
夏祭り、秋祭り、正月のとんどさん。いろんなお祭りがあるなかで、こんな、いわれがある。
夏祭りの夜、裏のお地蔵さんに五人の子どもがお参りすると、そのなかの一人のお願いを必ず叶えてくれるんだよ」
子どものころ、祖母からそんな話を聞いたことがある。
祖母は四国の生まれで、関西に嫁いで来た。故郷を離れ、風習の異なる土地で生きていくのは、何かとさみしかったのだろう。
とくに何度も聞いたのは、夏祭りの夜の地蔵参りについてだ。
「なんでも叶えてくれるの?」
「そう。なんでも。だけど、気をつけないといけないよ。お願いをしたあと、鳥居を出るまで、絶対にふりかえっちゃいけない。ふりかえると、悪いことが起こるからね」
「悪いことって?」
「さかしま返りって言ってね。ふりかえった人のところに、おまじないが返ってくるんだよ」
「おまじないが返ってくると、どうなるの?」
「さあ。どうなるんだろうね」
祖母は笑って話してくれなかった。祖母も知らなかったんだろうと思う。
その祖母も亡くなったけど……琴音は知っている。
ふりかえると、何が起こるのか。
なぜなら……。
*
十年前——
一度だけ、祖母の実家に泊まったことがある。
祖母の里帰りに、琴音と姉がついていった。
話には聞いていたけど、ものすごい田舎だった。海辺をイメージしていたものの、ビックリするくらいの山奥だ。
ちょうど、近所の荒神さんは夏祭りだった。
深い森のなかに古びた小さな社があった。
このあたりでは、ほかに楽しみがないのか、お祭りはけっこう、にぎわっていた。
「いいなぁ。いいなぁ。わたしも浴衣、着たい! おばあちゃん。いいでしょ?」
姉の綾音が言うと、祖母は、ニッコリ笑って、旅行カバンのなかから包みをだした。
「そう思って、持ってきたよ」
「わーい! おばあちゃん、大好き!」
その年に買ってもらったばかりの、藍地に白抜きのツユクサ模様。地味なようだけど、赤い帯をしめると、とても華やかになる。
「ちょっと大人っぽいかと思ったけど、綾音はほんとに何を着ても似合うねぇ」
祖母や祖母の実家の人たちに褒められて、姉は誇らしげだ。
「おばあちゃん。わたしのは?」
琴音が言うと、祖母は旅行カバンのなかをさぐった。
「はいはい。琴音のぶんもあるよ——あら? 変だねえ。入れたと思ってたのに」
「ええっ! ないの?」
「ごめん。ごめん。忘れてしまったみたいだよ」
「ヒドイ! お姉ちゃんばっかり、ズルイ!」
ただをこねたけど、けっきょく、ないものはない。
姉は浴衣でキレイに着飾り、琴音だけが普段着のまま。
でも、こんなことは初めてじゃない。
いつものことだ。
お父さんもお母さんも、みんな、姉のことばかり。
お姉ちゃんは可愛いね、きっと美人になるよと褒めそやし、子どものころからバレエを習わせている。
わたしもバレエやりたいよと、七つのときに琴音は言った。でも、返ってきたのは、こんな答え。
「琴音は不器用だから、やってもねえ。どうせ、お姉ちゃんのジャマするでしょ? ほんとにやりたいなら、もうちょっと大きくなってからね」
十さいになってから、もう一度、バレエがやりたいと言ったら、今度はこう言われた。
「あらあら。なんで、もっと早く言わなかったの? バレエは小さいときから始めないと上達しないのよ。琴音じゃ、もう遅いわ。あきらめなさい」
「七さいのときにやりたいって言ったよ。そしたら、もっと大きくなってからって、お母さん、言ったじゃない!」
「そんなこと言ったっけ? とにかく、もう遅いからムリよ」
「お母さんのウソつき!」
いつも、こう。
姉なんて、この世から消えてしまえばいい……。
「おばあちゃん。お祭り行ってきていい?」
姉は、はしゃいでいる。
「いいわよ。おとなりの
このとき、姉は中学二年。十四さい。
琴音は二さい下の十二さい。
祖母の話してくれたおまじないには、重要な条件があった。お地蔵さまは子どもの守り神だ。数え年で十五になる前の子どもの願いしか聞いてくれない。
となりの家の姉妹は、上のお姉さんが羽澄ちゃん。妹の
四人でお祭りに遊びに行った。
初めて会った子たちだが、羽澄ちゃんは優しいし、朱莉ちゃんは人なつこくて楽しい子だった。二人はとても仲がいい。なんだか、うらやましかった。
でも、五人には、まだ一人たりない。
浴衣をきた姉は、みんなの注目の的だ。大人の男の人もふりかえるくらい。
境内に入ると、まもなく、男の子が一人、近づいてきた。
「おーい、はすみ。もうすぐ花火だぞ」
ひとめ見て、琴音はドキッとした。
笑顔がとても、さわやかで、目元が涼しげ。
「あのね、こいつ。同じクラスの
「でもね。絵のコンクールでは全国で金賞になったのよ」
甘いマスクの剣豪くん。
絵を描くのが得意な剣豪くん。
羽澄も、姉も、見とれてる。
「はすみ。この子たちは?」
「となりのうちの親せきの子なんだって。綾音ちゃんと、琴音ちゃん」
「ふうん。綾音ちゃんか」
ああ、まただ。また、お姉ちゃんばっかり……。
剣豪くんの心を一瞬でつかんだのは、姉の綾音。
どうして、世の中はこんなに不公平なんだろう?
*
花火は地元の有志が出資した、地味なものが数発。
でも、剣豪くんが嬉しそうなので、楽しかった。
そのあと、みんなで屋台をまわった。チョコバナナや、かき氷や、イカ焼きを食べた。金魚やヨーヨーもすくった。
「ねえ、あのおまじないって、今日だよね?」と言いだしたのは、綾音。
「おまじない?」
朱莉ちゃんは知らないみたいだ。
「ああ、あれね」と、羽澄が答える。
「なんか、おばあちゃんたちくらいの人は信じてるみたい。お母さんたちはウソっぱちだよって言ってる」
綾音は今にも走りだしそう。
「ねえ、行ってみようよ。うちも、おばあちゃんが話してくれたよ。夏祭りの夜に、神社の裏のお地蔵さんに五人でお参りすると、願いが叶うって」
「待って。お参りするなら、ロウソクがいるよ」
さすがに、羽澄は地元の子どもだ。
琴音たちより、よく知っていた。
「お地蔵さんは五体あるの。一人ずつ、お地蔵さんの前に、一本のロウソクをそなえる。それで、心のなかで願いごとして。そしたら、ロウソクの火が消えるんだって。一本だけ残して。火の残ったロウソクを立てた人のお願いが、聞きとどけられたってことなんだって」
綾音はなおさら、ワクワクしたようだ。
「わあっ、面白そう。やってみようよ。ちょうど五人いるよ。ねえ? 今からロウソク持ってこようよ」
「ロウソクなら本堂に置いてあるよ。それを使わせてもらおう」と、剣豪まで言いだす。
きっと、綾音のきげんをとりたかったのだ。
「でも、神社のだよ? 勝手にいいの? どろぼうにならない?」
琴音が言うと、綾音はため息をついた。
「ごめんね。剣豪くん。この子、いつも、こうなのよ。あまのじゃくって言うか。みんなと反対のことばっかり言いたがるのよね」
「いいよ。たしかに勝手に持ちだすのはダメだよね。神主さんに頼んでみるよ。待ってて」
剣豪は一人で走っていった。
しばらくして戻ってきたときには、手に五本のロウソクと、マッチ箱をひとつ持っていた。
「ほら、これでいいよ。行こう?」
子どもは五人。
ロウソクも五本。
お地蔵さんは五体。
数が、そろった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます