146 女神の守護騎士
地の災厄魔は、豪快に木々を踏み倒し、川を踏み越えて進む。
その度に地形が変わっていく。いくら踏んだ後に再生すると言っても、元通りではなく別な形に変化するのだ。川が湿地に、森が草原に、岩が小石に。これは地元民に迷惑がられても仕方ない。
『あの大木が、創世の女神が住まう城、
暫定親父殿は、でっかい山サイズの樹木を指して言った。
俺たちの侵入に驚いて、キキキキ! と悲鳴を上げ赤い鳥が乱舞している。お騒がせしてすみません。
どんどん迫ってくる大木。その偉容を眺めていると、世界樹の方から白い狼が飛んできた。
「恐ろしい地の災厄! ついに女神の足元まで侵攻してきたのですね!」
狼の背には女の子が乗っている。
彼女は大声で、こちらに「止まれ」と言ってきた。
「これ以上の狼藉は許しません! 退け、災いよ!」
波打つ明るい栗色の髪を、腰まで長く伸ばした女性だ。
白い肌と花色の瞳、どこかあどけなさを滲ませる整った容貌をしている。服装は意外にもアクティブで、足の細さが分かるズボンを履いていた。手に持った弓には蔦が巻き付いて花が咲いている。
綺麗な娘なんだけど、頭部に違和感が。
「獣耳、可愛いな」
「なっ?! 災厄の背に人間の男性? いったい何者ですか!」
彼女は片手で頭部に生えた犬の耳を押さえ、赤面した。
色や形は柴犬なんだよな。
よく見ると臀部にふさふさの尻尾がある。
「巻き込まれた一般人ですか? 速やかに退去なさい。私は聖域を守る騎士、獣神マナ!」
確かに俺は、異世界転生事件に巻き込まれた、元・一般人である。
ちなみに先ほど村に立ち寄った時、一般人のレベルが百以下だったのを見て偽装し直している。鑑定せずに表示される簡易ステータスは「魔法使いのカナメ Lv.50」だ。鑑定スキルのレベルが低いマナには、俺の本当のレベルは見えないだろう。
さてさて彼女のレベルは……?
マナ Lv.999 種族: 神族 クラス:聖域の守護騎士
神族だけあって、レベルが高い。
しかし数千レベルのモンスターがうろつくこの時代では、少々心もとないレベルだ。
「我が女神よ、力をお借りします……
え? 何そのモード。
マナ Lv.9999 種族: 神族 クラス:聖域の守護騎士
いきなり一桁ちがくないか。
「えええぇぇっ?!」
俺は呆気に取られた。
マナの構えた弓の先から、煌星もかくやという黄金の矢が放たれる。
動きがもっさりした地の災厄魔は避けられない。
一瞬で肩付近が消し飛ばされた。
すぐ近くだ。肝が冷える。
『痛いのぅ』
地の災厄魔はのんびり呟く。
すぐに肩付近の肉が盛り上がって再生した。
災厄魔は無限に再生するが、今みたいな超攻撃をくらえば、一時的に負傷する。
「地の災厄は不死。しかし私の攻撃で体を削って小さくすれば、動かすことはできます。身動きできない体にして、遠くに捨てればいい」
マナがにっこり笑って怖いことを言った。
「さあ一般人の方、状況は分かりましたね。地の災厄から飛び降りてください」
今の攻撃は、俺に対する警告でもあったのか。
『カナメよ、娘の言う通りにするのだ。そうすれば聖域に安全に入ることができるだろう』
「まさか、あんた、わざと悪役に……?」
『災厄に誘拐されたと言えば、女神はお前を憐れむだろうよ』
暫定親父殿は『わしを置いて先に行け』という。
地の災厄魔は不死なのだから、放って置いてマナと一緒に聖域に行くのが正解だろう。
「……」
俺は立ち上がり、地の災厄魔の肩から飛び降りた。
「こちらへ!」
すぐさま白い狼が空中を駆けてくる。
近くだと戦いの余波に巻き込まれるからな。
一番、安全なのは、マナの後ろだろう。
「私の後ろへ!」
白い狼に乗ったマナが、こちらに手を伸ばす。
俺はその手を握って。
「
「なっ?!」
彼女の魔法を解いた。
「
「無抵抗な相手に攻撃するのは止めろよ。神様が聞いて呆れる」
地の災厄魔は、俺を送ってくれただけだ。
マナは一瞬、信じられないという顔をした後、怒りの声を上げた。
「愚かな。歩くだけで災厄を撒き散らすモンスターなのですよ!」
「うん。通って来たところ全壊してたな……ごめん、それ、俺のせいだわ」
元はと言えば、俺がテナーの話題を振ったせいだった。
それに、タイムパラドックス的に聖域で過去のテナーに会ったら、何が起こるか分からない。
ここは撤退しよう。
「帰ろう、暫定親父殿」
『よいのか?』
「聖域にテナーがいると分かったからいいよ。穏便に再訪問する方法を考える」
俺は地の災厄魔に「帰ろう」と声を掛けた。
自分を無視したやり取りをされ、マナの顔がひきつる。
「ふざけてるんですか?!」
「おっと」
言葉と一緒に矢が飛んできた。
俺は咄嗟に「
「人間かと思ったが、お前は魔物の一種ですか? 人間が災厄と共に行動するなんて、ありえないです。テナー様を害するために、災厄と組んでやって来たんでしょう!」
「誤解だって」
駄目だ、むちゃくちゃ怒ってる。
不法侵入したせいか、マナは聞く耳持たない様子だ。
「魔物はここで成敗します!
無数の矢が、俺を取り囲むように現れる。
「食らえ!!」
矢が雨のように降り注いだ。
俺はその場を動かない。
「
百枚の光の盾をシェルターのように、周囲に敷き詰めた。
マナの攻撃の余波で派手に地面がえぐれ、砂煙が立つ。
「災厄魔じゃあるまいし、私の矢で降参しない魔物なんて……えぇ、無傷?!」
俺の周囲だけ無風で綺麗なままだ。
超神状態ならともかく、Lv.999のマナの攻撃は容易く防げる。今の内に、この場から離れよう。
しかし逃げる算段を立てる俺の前に、突然、半透明のシステムメッセージが表示された。
《 聖域で神族同士の戦いは禁じられています。罰則が発動しました。両者の魔法とスキルを封印します。 》
ステータスの横に状態異常アイコンが付与される。
「「えええっ?!」」
俺とマナの悲鳴が重なった。
「し、神族?! お前は魔物じゃないですか?!」
「やっべ、そういう
場所にかかった制約は、大概、非常に強力だ。
俺のレベルがどんなに高かろうと、あっさり制限が掛かってしまう。
封印のバッドステータスに伴い、強制的に実行中の魔法も解除された。すなわち偽装と、自動防御のスキル。これは痛いな。
俺の前に「偽装解除」の文言が表示され、入れ替わるように簡易ステータス「聖晶神アダマント Lv.1206」が浮かんだ。そんな強調しなくていいから!
「聖晶神アダマント……? 知らない神名です。アダさん、一緒に女神様に謝りに行きましょう! そうでないと封印解除できないです!」
アダさん……斬新な訳しかただな。
ちょっと待て。
「マジで?! 聖域を出れば解除されるんじゃないのかよ?!」
「いいえ、罰則は女神様でないと、解除できません! 女神様に会わないとずっとそのままです!」
マナは据わった目で、俺の腕を掴んできた。
こちとら魔法がなければ筋力も並以下の木偶の坊だ。どうしようもない。マナにずるずる引きずられて、狼の背に乗せられてしまう。
「ええと、暫定親父殿は、家かどこかへ帰ってくれ!」
『親族として結婚式には呼んでほしいのぅ』
「惚けてる場合じゃない!」
いくら同じ神族でも、この時代では正体不明な俺を友好的にもてなしてくれるか謎だ。それにテナーに会うのはマズイ。
しかし魔法が使えないので、逃げ出せない。
詰んだぞこれ。
「しっかり捕まってください。飛ばしますよ!」
「飛ばすな! ゆっくりでいいから!」
俺たちを乗せた狼は空中に跳躍し、真っ直ぐに世界樹に向けて上昇した。
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