145 災厄魔の願い

 俺は「自称、父親みたいなもの」と名乗った地の災厄魔と一緒に移動していた。

 頭の上に乗って良いと言われたので、登らせてもらっている。

 高いので見晴らしがいい。

 

『子供が欲しくてのー。わしの力を込めた欠片をいくつか、世界の命が生まれそうな場所に置いておいたのだ。まー当然だが意思は宿らなかった』

「欠片? それが魔石か」

『左様』

 

 地の災厄魔は嬉しそうだ。

 それにしても、災厄魔がしゃべれるとは思ってなかった。

 

『わしは生き物に興味があるからの。他の災厄は興味無さそうだが』

 

 災厄だとか言われてるのが不思議なほど、地の災厄魔は穏やかに話す。生き物に興味があり、子供が欲しいという。 世界を滅ぼすモンスターだとは思えない姿だ。

 地の災厄魔が歩くたび、地面が割れて木々が倒れるが、驚くべきことに足跡から再生していた。おかげで割れた大地も元通り、どころか更に強固になっているよう。

 

「えーと、心菜の位置は……地の災厄、右に行ってくれ」

『親父と言って欲しいのぅ』

「暫定親父殿、右」

『むぅ』

 

 俺はマップで心菜の位置を確認して、地の災厄魔に進行方向を指示する。

 パーティーを組んだメンバーの現在位置を確認したが、心菜以外はグレーアウトされていた。間違いない、過去に飛んだのは俺と心菜だけだ。

 どうして過去だと判断したのかというと、封印されているはずの災厄魔が平然と闊歩しているからだ。未来ではあり得ない。

 

『あそこが人間の住む村じゃ』

 

 そこは人口百人くらいの小さな村だった。

 村人は簡素な布から作られた素朴な服を着ている。

 建物の造りも単純でもろい木製だった。

 文明の初期って感じだな。

 村人は、巨大な地の災厄魔を見上げ、畏怖の表情を浮かべている。

 

「皆、下がれ! 地の災厄は私が引き受ける!」

「おお、勇者様!」

 

 村から武装した若者が現れる。

 金髪碧眼の、鍛えた体付きの男だ。手に持つ長剣からは強い力の気配がする。

 

「聖剣の勇者アレス様!」

 

 村人の叫びで、若者の名前が判明した。

 あの手に持っているのは聖剣か。

 待てよ……アレス……アレス……どっかで聞いたことのあるような。

 

「あ! 始まりの勇者か!」

 

 女神様から聖なる剣を賜ったという、伝説の勇者の一人めだ。

 

「人の世界から出て行け! 地の災厄!!」

 

 勇者アレスは剣を振り回して、地の災厄に飛びかかってくる。

 俺の存在に気付いていないようだ。

 地の災厄魔は、剣を避けようとしない。

 聖剣の攻撃は効くようで、黒曜石の鱗に傷が走った。

 

「ちょ、なんで反撃しないんだよ!」

『わしが反撃すると、勇者を踏み潰してしまうからな』

「良いだろ別に!」

『いや、これからは人の時代が来る。わしはそろそろ退場した方がいいのかもしれん』

 

 物わかりが良すぎるだろ、親父殿。

 俺は軽く電撃の魔法を放つ。

 伏兵を警戒していなかった勇者アレスは、簡単に電撃をくらった。

 

「ぐあっ!」

『駄目だカナメ。お前は人の守護神として、後の時代に祀られるものだろう。人を害してはいかん!』

「暫定親父殿が殴られるところを、黙って見てられないだろ」

 

 地の災厄魔に怒られた。

 こんな変な理由で怒られるのは初めてだ。

 

「あの黒髪の男は……」

「災厄に平然と乗るなど、普通ではありえない!」

「魔物か? いや魔王か?!」

 

 うーわ魔王ときたか。

 

「枢たん!」

 

 村の中から心菜が現れた。

 

「ああっ、私の恩人のアレスさんが?!」

 

 心菜の奴、アレスに拾ってもらって、この村に保護されてたんだな。

 

「くっ……ココナ、下がっていろ」

 

 電撃で地面に倒れていたアレスが、剣を杖がわりに立ち上がった。

 

「魔王ともども、災厄は私が退けてみせる……!」

「え? 魔王???」

 

 目を白黒させる心菜。

 この茶番、付き合ってられないな。

 

「暫定親父殿、撤退しよう」

『娘を連れていかないでよいのか?』

「心菜なら、ここにいた方が安全だろ」

 

 俺は地の災厄魔を促して、村から離れることにした。

 

「おお、災厄が去っていくぞ!」

「勇者様の聖剣が効いたんだろう」

「万歳、勇者様!」

 

 村人たちの勝手な感想が風に乗って聞こえてくる。

 くそっ、また無駄な称号が増えてしまった……。

 

『人のいる村には近付きづらくなったの……どこへ行きたい?』

「そうだな……テナーという娘は知っているか?」

 

 俺は地の災厄魔に「どこに送って欲しい」と聞かれ、この時代に来るきっかけになった少女を思い出した。

 

『テナー。創世神の娘か』

「創世神?」

『そうだ。では目的地は、聖地としよう』

 

 地の災厄は、のっしのっしと歩き出す。

 

「創世神は、勇者アレスに聖剣を授けた神様じゃないか。暫定親父殿の敵じゃないのか」

『うむ。我らを災厄と名付けたのも、あの神よ。どうやら人の時代に我らは不要らしい。無理もない。わしがいると、大地が固くなって、畑を耕せなくなるからの』

 

 暫定親父殿は朗らかに話すが、邪魔者扱いされて腹が立たないのだろうか。

 

「……暴れ回りたいとか、世界を破壊したいとか、思わないのか」

『憎しみも破滅への願望も、人のものよ。そのような感情、我らには無い』

 

 地の災厄魔は、どこまでも穏やかな口振りで言った。

 

『我らは、この世界に根付き、命に溶けたいのだよ。カナメ、わしを父と思ってくれるなら、いびつに歪んだ形で存在している我らを、世界と一つにしておくれ』

「……考えておく」

 

 精霊にすれば、暫定親父殿の願いは叶う。

 だけど、そうしたら今の地の災厄魔の意思や自我はリセットされ、消えるだろう。俺はもう少し彼と話していたかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る