139 災厄魔の倒し方

 サナトリスは、枢の後ろに隠れているしかない自分を歯痒く思っていた。

 敵は災厄魔。

 伝説の怪物、世界を滅ぼすとされている存在だ。

 たかだか数百レベルの自分がかなう相手ではない。

 だが、枢の足を引っ張りたくない。

 枢は災厄魔をにらんで、防御魔法を展開し続けている。六角形の金剛の光を放つ盾が数十枚、前方に張り巡らされているが、火の災厄が動くと同時に、まるで木の葉のように儚く燃え尽きていく。

  

「くそっ、何か攻略の手掛かりは無いのかよ……!」 

 

 枢が苛々と呟いた。

 サナトリスは幼い頃、蜥蜴族の長老から聞いた話を思い出す。

 そして絶望した。

 

「カナメ殿、災厄魔は、この世界そのものなのだそうだ。火の災厄魔が消えれば、この世界から火が無くなってしまう!」

「え? あいつらって、エネミーモンスターじゃないのかよ。もしかしてLv.?????の表示の理由は……」

「倒すことはできない! 倒しても、世界が滅んでしまう!」

 

 災厄魔は世界そのもの。

 倒すことはできないのだ。

 この戦いには意味がない。

 サナトリスの叫びを聞いた枢は……笑った。

 

「ああ、そうか! そういうことか!」

「カナメ殿?」

「倒せないけど、傷付けられる。HPもレベル表示もない、あいつらは世界そのもの。倒すことに拘っていたら、永遠に答えにたどり着けないところだった。サナトリス、ありがとうな!」

 

 枢の防御魔法が次々と燃え尽き、残り十枚まで削られる。

 周囲は火の海だ。

 しかし枢の表情に恐怖は無い。

 彼は白銀の杖をかざし、朗々と叫んだ。

 

「――おれは此の魔法式ねがいの真値を世界に問う! 火の災厄は世界の一部でありながら、世界と一つになっていない。モンスターとして出現しながら、それが世界の一部なのは歪な状態だ。ゆえに俺は、災厄魔の在り方を世界に問おう! 魔物としてあるか、精霊となるか!」

 

 

 

 

 答えは簡単なことだった。

 倒せないなら、作り変えてしまえばいい。

 意思のある魔物や人間を一方的に作り替えることはできないが、相手が世界の一部、すなわち自然だというなら、材料にできる。

 

 俺の盾運魔法式スクワイアは、光盾を制御する精霊を呼び出して、結晶に宿らせる魔法だ。この魔法を応用して、火の災厄魔の器となる結晶を用意する。

 そして火の災厄魔を精霊にして、結晶に宿らせるのだ。

 

「火の災厄よ、精霊となれ……!」

 

 核となる結晶は、三つ用意した。

 三つで足りるか分からないが、やってみるしかない。

 真紅の結晶は、俺の前方の空中で煌々と輝く。

 火の災厄魔の体の炎が、結晶に引き寄せられ、吸い込まれていった。

 やつの炎すべてを飲み込んで、精霊に作り変えるには、時間が掛かりそうだ。

 防御魔法がそれまで保つかどうか。

 

「私も、防御魔法で援護する!」

 

 サナトリスが、槍を地面に突き刺し、前方に腕を差し出して呪文を唱える。光の盾が、俺の盾を支えるように出現した。

 

「カナメ殿は、魔法に集中してくれ!」

 

 援護はありがたいが、それでも保って一分というところだろう。

 火の災厄魔の巨体が俺たちの上に覆い被さってくる。

 間に合わないか……?

 

「俺が死ぬ訳にはいかないってのに!」

 

 例の「永遠に砕けぬいし」の称号の効果で、剣で刺された程度では死なないが、さすがに肉体が焼きつくされて蒸発すれば話は別だ。不死だけど不滅じゃない。

 俺が死んだら、心菜たちをセーブポイントスキルで復活させることができなくなる。

 最後の一枚の光盾が燃え尽きた。

 もう駄目かと思った時、三つの真紅の結晶が閃光を放つ。

 一瞬、目が眩んだ。

 

「……!」

 

 熱風が通りすぎた後に目を開ける。

 俺の前には、真紅の炎の鱗を持つ、三体の竜が浮遊していた。

 

魔法式ねがいは聞き届けられ、我らは精霊となった』

 

 真紅の竜、中央の一体が、首を伸ばして俺をのぞきこむ。

 

『さあ、命令を。我が主』

 

 俺は、額の汗をぬぐう。

 数分程度の戦闘だったが、滝のように汗をかいていた。

 うまくいって良かった。

 

「そんな、そんな……どういうこと? ねえ一体、どういうことなの?」

 

 声の方向を振り返ると、テナーが動揺していた。

 こんな展開は想像していなかったらしい。

 

「っつ、予想外だけど、だとしてもやることは変わらない。私の歌で眠らせてあげる」

 

 彼女は息を吸い込んで歌い始める。

 

「付き合ってられるか……晶竜転身!」

 

 俺は最近得たばかりのスキルを使って、竜の姿に変身した。

 思った通り、この姿だと防御力が高いので、歌もあまり効果が無いようだ。

 

『サナトリス、俺の背中に乗れ!』

「カナメ殿、その姿は」

『今は時間がない。さっさとここを脱出するぞ!』

 

 仰天しているサナトリスを引っ張り上げ、俺は翼を広げて滑空した。

 地下の空間は広く、俺が翼を広げても余裕がある。

 このまま穴を潜り抜けて、地上まで飛んで出よう。

 テナーの歌声が段々遠ざかっていく。

 俺は翼を動かして上昇気流に乗った。

 火の災厄魔の復活は阻止した。精霊になった火の災厄は送還済だ。他の精霊と同じように、召喚しなければ具現化しない、目視できない霊的な存在になった。

 次は、復活済の水の災厄魔を何とかしないといけない。

 心菜、真、大地、リーシャン。俺が行くまで無事でいてくれよ……!

 

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