124 時の彼方へ

 枢たちが地下で大地と再会していた頃。

 地上では、黒崎、椿、華美の三人が砂に埋もれた街を探索していた。

 

「ねえ、永治。どうして地球を滅ぼそうと思ったの?」

「……」

 

 椿は無言で歩く、黒崎の背中に問いかける。

 この男は最初から「地球を滅ぼす」と言って、枢たちと敵対していた。棚からぼた餅で望みが叶ったのだから、もっと喜んでも良さそうなものだが、黒崎は浮かない顔つきである。

 

「……異世界と地球を比べた時、地球を選ぶ理由はないだろう。椿、お前だって、地球に良い思い出はないはずだ。地球を滅ぼすのに、賛同していただろう」

 

 少しして、黒崎から返答があった。

 確かに椿は一時期、黒崎の仲間として枢たちと敵対していた。その頃は、黒崎の目的に異議を唱えたりしていなかったのだ。

 

「確かにそうだけど……」

 

 椿は、乾いた風になびく髪を押さえ、目を細めて荒廃した東京の跡地を眺めた。建物はことごとく壊れて瓦礫となり、元の姿を失っている。活気のある街を知っている椿にとっては、ここが東京だとは信じられない風景だった。

 

「不思議ね。こうして見ると、何だか寂しくなる。永治、覚えてる? 私たちが出会ったのは、東京タワーが見える河原だったよね」

「……ああ」

「そう、私も良い思い出は無いと思ってた。だけど思えば、一つだけあったのだわ」

 

 釈然としない気持ちを言葉にして整理すると、何が引っ掛かっていたのか、分かってくる。

 

「あなたと出会った思い出よ」

 

 黒崎の歩みが止まった。

 

「私たちの思い出の場所も、地球の滅びと共に、失われてしまったのかしら……?」

 

 嫌な思い出ばかりではなかった。

 ちゃんとここには、黒崎と二人で過ごした大事な思い出があったのだ。

 

「……」

 

 三人の間に沈黙が降りた。

 待っても何も言わない黒崎に焦れて、椿は声を掛けようとした。

 その時、遠方からゴロゴロと雷の音が聞こえてくる。

 

「嵐が来るのかしら?」

 

 椿は空を見回した。

 そして、黒雲がこちらに向かって押し寄せてくるのを確認した。

 

「まさか……」

黙示録獣アポカリプスだな」

「イエスですね」

 

 黒崎と華美が嫌な予感を肯定する。

 椿は、慌てて預かっている「神様連絡網」を起動するための金色の石を取り出した。

 石に向かって叫ぶ。

 

「近藤枢! まずいわ! 黙示録獣が接近してる!」

 

 

 

 

 椿からの連絡を聞いた俺は、大地たちと一緒に地上に戻ることにした。

 暗い地下鉄の跡地を早足で抜ける。

 

「いっそ黙示録獣をクロノアのいる場所に転送してやろうか……」

「駄目だよカナメ。黙示録獣は、魔界だけじゃなく僕たちも襲うよ」

「冗談だよ。言ってみただけだ」

「言っていい冗談と悪い冗談があるよ!」

 

 リーシャンが小さな前肢でポカポカ俺の頭を叩いた。

 

「俺たちで黙示録獣を倒せないのかな……?」

「うーん」

 

 夜鳥の疑問に、俺は考えこむ。

 

「あいつ、レベルが見えないんだよな」

「レベルが表示されないのか?!」

 

 夜鳥や真が驚いた顔をしている。

 どうしてそんな驚いてるのかと一瞬思ったが、黙示録獣とガチで戦ったのは俺だけだった。

 代々木のダンジョンで相対した時も、結局、俺が即座に封印してしまったしな。

 

「簡易ステータスでレベルが表示されないのは、ラスボス特別仕様だからか? 枢っちの鑑定で見えないってことは、最低でも枢っち以上のレベルだよな?」

 

 真が確認するように聞いてきた。

 簡易ステータスとは、鑑定しなくても集中して見れば人物の上に表示される、名前とレベルだけの表示のことだ。

 名前とレベル以外の情報は、鑑定スキルを使わないと見ることができない。

 

「そうだな。災厄の谷の亀の爺ちゃんが恐れるくらいだから、最低でもLv.2000以上だ」

 

 俺の答えに、皆、暗い表情になった。

 実はレベルが一万以上とかだったら、さすがに勝てねーな。

 

「出口だ!」

 

 地下鉄の階段を一気に駆け上がる。

 外は暗くなっていた。

 上空には黒雲が漂い、ゴロゴロと稲光がとどろいている。

 

「黒崎!」

 

 神器を片手に険しい顔をしている黒崎に、俺は歩み寄って状況を尋ねた。

 

「黙示録獣と戦うのか? 俺も戦うよ」

「……いや。貴様は異世界アニマに行け。ここは俺が食い止めておく」

「え?!」

 

 自己犠牲がもっとも遠い男から、信じられない台詞を聞いて、俺は絶句した。

 黒崎が眉をしかめる。

 

「勘違いするな。お前のためでも、地球のためでもない。この黙示録獣が異世界アニマに渡れば、アニマが滅ぶ。それを避けたいだけだ」

「だったら皆で戦えばいいだろ」

 

 ここにいる全員で力を合わせれば、突破口が開けるかもしれない。

 だが黒崎は「必要ない」と首を横に振った。

 

「貴様はクロノアの野望を阻止しろ。そこの狭間の扉から、地球が滅亡するより前の過去に戻れ」 

「過去に?……あ」

 

 佐々木さんが未来の地球から来たように、俺たちも狭間の扉から違う時間に渡ることができるかもしれない。

 過去に戻ることができれば、地球の滅びを未然に食い止め、クロノアをとっちめることもできるだろう。

 

「都合の良いことに、貴様の女のスキル時流閃は、過去にさかのぼって攻撃を飛ばす効果がある。どのくらい過去に飛ばしたいか意識しながら時流閃を狭間の扉で使えば、かなりの確率で成功するだろう」

 

 心菜がアマテラスにもらった特別なスキル「時流閃」は、時間差で攻撃が当たる敵にすれば厄介な技だった。

 これはもしかして、いけるかも……?

 突拍子のない黒崎の提案が、にわかに現実味を帯びてくる。

 

「できるか? 心菜」

「やってみます!」

 

 心菜は俺を見てしっかり頷く。

 しかし、失敗したら何が起きるか分からない。

 ぶっつけ本番じゃなくて、せめてどこかで実験できないものだろうか。

 リスクの大きさに、俺は最終決断を下せずに迷った。

 

「さっさと行け! 黙示録獣が来れば、ここは戦場となる。戦いの余波で狭間の扉が壊れるかもしれん。そうなれば、もう二度と過去に渡る機会は無いかもしれんぞ」

 

 黒崎が俺に向かって決断を迫る。

 それで俺の腹は決まった。

 

「……分かったよ。時流閃を使ってみよう。だけど黒崎、どういう風の吹き回しだ? 地球を元に戻すために協力するなんて」

 

 地球を滅亡させるんじゃなかったのかよ。

 

「ふん、お前も、地球の奴らも、気にくわないのは変わらない。だが、誰かの思い通りになるのはもっと気にくわん。地球も人界も、俺の手で滅ぼされるべきだ」

「復活させて、また自分の手で滅ぼすのかよ……それって二度手間じゃね?」

 

 黒崎の言い分は、分かるような、分からないような。

 

「俺の思惑を貴様に理解されてたまるか。貴様は貴様の望む道を行けばいい。俺は俺の望みを叶える。我らは別個の人間、同じ道を行くことはない。……だが、ひとつだけ、貴様に礼を言っておくことがある」

「なんだよ」

「椿を保護してくれたことだ。礼を言う」

「!!」 

 

 青天の霹靂だった。明日は槍が降るかな……。

 

「枢たん、時流閃、試してみます!」

「おう、頼む、心菜!」

 

 心菜は自分の刀を召喚して抜刀の構えを取った。

 狭間の扉と対面しながら、腰を落として息を吸い込む。

 

「……私は残って永治のサポートをするわ」

「椿!」

 

 残って黙示録獣と戦うと言った椿に、黒崎は「お前は近藤と共に行け」と言うが、彼女は頷かなかった。

 

「嫌よ。私も魔族としてのプライドがあるの。これ以上、聖晶神と行動しない……置いていかないで。もう私を一人にしないで、永治」

 

 椿は決意を込めた瞳で、黒崎を見た。

 黒崎は折れたようだ。

 

「椿さん……」

 

 大地は複雑な表情だった。

 椿は大地に微笑み掛ける。

 

「ありがとう、大地。あなたがくれた優しさを、私は忘れない」

 

 まるで別れの言葉のようだった。

 大地が小さな嗚咽を漏らして下を向く。

 

 その時、心菜が気合いと共に抜刀し、狭間の扉に切りつけた。

 扉は刀で切りつけた傷から崩壊し、向こう側から白い光があふれる。

 長方形の白い光の扉が俺たちの前に現れた。

 

「さらばだ、近藤枢」

「いいや、違うぞ、黒崎、椿、華美。地球が元のままの未来で、また会おう! たとえ分かりあえなくても、俺はまたお前らと話がしたい」

 

 俺は「行こう」と声をかけて、仲間と共に白い扉に飛び込んだ。

 最後に見た黒崎は苦笑しているように見えた。

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