04 夢であって欲しくない*

 心菜と真と別れた後、両親と妹の無事を確認して一息付き、俺は自宅の自分の部屋でベッドに横たわっていた。

 

 今日は色々、疲れたな……。

 仰向けに寝転がりながら、指先で空中をなぞって、マップ画面を呼び出す。


「パーティー組んだら、仲間のいるところが地図に表示されるんだっけ?」

 

 あの後、心菜ともパーティーを組んだのだった。

 広域マップから真と心菜の場所を確認する。

 地図は幾何学的な光の線で表現され、一定の範囲から外はモザイクが掛かって見られない。異世界と同じ仕様だ。

 味方を示す青い光点を数えて、俺は安堵する。

 皆、無事に家に帰れたみたいだな。

 

「いったい何が起こってるんだ。明日になったら、全部元通りで夢オチでした……なんてことはないよな」

 

 マップを眺めていると、枕の横に置いたスマホが振動した。

 画面に表示されているのは恋人の心菜の名前だ。

 俺は急いで通話のボタンをタップした。

 

「心菜?」

『……枢たん、今大丈夫ですか』

「どうしたんだよ」

 

 心菜の声は沈んだ様子だった。

 俺はスマホを近付けて彼女の声に耳を澄ませる。

 

『枢たんも異世界にいたんですね』

「……そうだな」

『なんで会わなかったんでしょう。私は枢たんもどこかにいるかもと思って、有名になるように努力したんです。なのに……』

 

 俺は息を呑んだ。

 同じ転生者が近くにいる可能性を考えていなかったと言えば、嘘になる。

 だがクリスタルで動けない俺は、彼女を探しに行くことはできなかった。

 異世界で同じ地球出身の転生者に出会ったことはない。もしかしたら出会ったかもしれないが、石ころ相手に自分のプライバシーを語る奴はいないだろう。俺は孤独だった。

 会いに行きたくても、会いにいけなかったんだ。

 そう言いたいけれど無理だ。

 どんな言葉も、今は言い訳にしか聞こえない。

 

『枢たんの、おたんぽなす』

「心菜!」

 

 謎の罵倒を最後に、電話が切れた。

 おたん、ぽ、って何だ?!

 

 

 

 

 一方的にしゃべって電話を切った心菜は、溜息を吐いた。

 枢にも事情があるのだろうと分かっている。

 だけど恋人に対して過剰な期待を抱いてしまうのは仕方ない。

 

「明日になれば、元に戻っていると良いな」

 

 心菜は布団をかぶって目をつぶった。

 次の日。

 

「おはよう。昨日の地震の影響で、今日は学校休みやて」

 

 祖母が起きてきた心菜に言う。

 心菜の家族は、弟と祖母の二人だけだ。両親は姉弟が幼い頃に事故で他界した。

 祖母の家は由緒正しい日本家屋で、畳の部屋からは梅が植わった庭が見える。異世界で武器に日本刀を選んだのは、育った環境が影響したのかもしれない。

 

「地震で動物園からライオンが逃げ出したから、外出は控えるように、テレビで言ってるで」

 

 祖母は訛りのある口調で、心菜に忠告する。

 

「うん……」

 

 おそらくライオンとは、異世界のモンスターのことだ。

 心菜は祖母のステータスの「Lv.1」の文字を見て不安に思う。

 

「……空輝もお祖母ちゃんも、私が守ってあげるのです」

「心菜?」

「なんでもない。ちょっと偵察してきます」

「は? 偵察?」

 

 困惑する祖母を置いて、心菜は外に出た。

 付近にモンスターがいないか確かめたい。

 家の周囲に沿って、民家が立ち並ぶ細い路地を歩いていると、不意に声がかかった。

 

「おい、お前」

 

 いつの間にか、背後に不穏な空気をまとわせた男が立っていた。

 真っ赤なジャンパーを羽織った細身の男だ。

 男が手に持ったナイフが、鈍く輝いている。

 

「Lv.112か。だが今なら……」

 

 赤いジャンパーの男は、ナイフを心菜に振り下ろしてくる。

 心菜はスキルで日本刀を召喚し、その攻撃を受けた。

 

「っつ!」

「体が重いか? 俺たちは地球の体だもんなあ!」

 

 男は嬉々として攻めてきた。

 

「くくく! 今ならお前みたいな高レベルの奴も、簡単に狩れるってもんだ!」

 

 通行人が悲鳴を上げて、その場から去っていく。警察が来るのだろうか、と心菜はちらりと考える。しかし体は自動的にステップを踏んで、男の攻撃を受け止め、受け流す。

 違和感がある。異世界でいた頃のように軽やかに動けない。

 男の言う通り、この体は地球の、何の訓練も受けていない学生のもので、与えられた力を持て余しているようだった。

 寸止めできない。

 

「ヤバいですマズイです止まらないですぅー!」

 

 勢い余った心菜の刀が、ブスりと男の腹に突き刺さった。

 

「……っ!」

「いやーっ、ごめんなさいごめんなさい!」

「ちょっ……」

 

 動揺のあまり思い切り刀を振るうと、重い手応えが伝わってきた。

 男の体が真っ二つに割ける。

 派手な血しぶきを上げながら、男の上半身は路上に転がった。

 

「うわわ……」

「てめぇ、覚えてろよ……」

「きゃー! 死体がしゃべった!」

 

 半泣きになっていると、軽い足音と共に、誰かが後ろに立った。

 

「おい」

「キャーッ! キャー!……って、なんだ枢たんではないですか。びっくりしました」

「いきなり悲鳴を上げるなよ、こっちがびっくりするわ!」

 

 そこにいたのは枢だった。

 朝のランニングに出ていたのか、枢はタオルを首にかけたトレーニングウェアの出で立ちである。

 心菜は、自分が切り捨てた男のことを一時的に忘れて、枢の格好を疑問に思った。

 

「……どうしたんですか。枢たん、俺は永遠の文系だって言ってたじゃないですか。朝走るような体育系の性質は、持ち合わせていないはずなのに」

「失礼だな。俺も運動くらいするし。千年くらい体動かしてなかったから、思い切り走りたくなったんだよ」

「千年?」

「……」

 

 聞き返すと、枢は難しい顔になって沈黙した。

 千年とは何かの比喩なんだろうか。

 

「心菜、昨日の電話……」

「あ! さっき心菜は殺人をしてしまいました! そこに死体が……あれ?」

 

 枢が何か言いかけたが、心菜は急に先ほどの男を思い出して、彼の台詞をさえぎって慌てた。

 振り返ると、そこに死体が……


「……ありませんね」

「ああ。お前がぶったぎった奴なら、転移系の魔法で逃げたぞ」

「えーー?!」


 心菜は残念に思った。

 

「死なないなら、試し切りに使いたかったのに」

「ぶ、物騒なこと言うなよ! 一瞬鳥肌が立ったぜ」

 

 枢は嫌そうな顔をして両腕をさすっている。

 その様子を見て、夜中に喧嘩(のようなもの)をしたのに、もう元通りに話していると、心菜は何だかおかしくなって笑う。

 心菜の笑顔を見て、枢も苦笑した。

 

「もう良いのか?」

「私の危機に駆けつけてきた努力を評価して、チャラにしてあげていいです」

「危機だったのかよ……」

「言葉のあやですよ」

 

 心菜は、歩み寄って抱きつき、彼の背中に腕を回した。

 

「……汗くさい」

「なら離れればいいだろ」

「嫌です。枢たんは心菜のものなんですから」 

 

 確かに伝わってくる温もりと鼓動。

 心なしか枢の鼓動が早い。

 そんなはずはないのに、なぜか、長い長い旅を経て、ようやく巡りあったような、不思議な気持ちになった。

 


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