98 縛呪の翁

「死ぬかと思った!」

「実際、仮死状態だったんだけどな……」

 

 解凍されて開口一番、大地は間抜けなことを言った。

 こいつ椿に殺されかけたの分かってるのかな……。

 大地は、商社で営業をやってそうな爽やか体育会系の男だ。見た目通りの脳筋で、異世界では戦士系のジョブだった。旅の最中は重そうな甲冑を着けていたのだが、氷壁に入る前は室内でくつろいでいたらしく、今は部屋着の格好だ。

 

「悪かったわ……」

「へ?」

「何でもない!」

 

 小さな声で謝りかけた椿は、大地に聞き返されて赤くなっている。

 大地も気にしてないようだし、氷壁に閉じ込められた件は有耶無耶になりそうな雰囲気だな。

 

「いやー、腹が減りましたね」

 

 大地がお腹を撫でながら言った。

 

「人間の食べ物なんて無いわよ!」

 

 椿がそっけなく返す。

 人間を奴隷にしてる魔族もいるってことは、人間の食べ物はあるのだろうが……大地や夜鳥たちが魔界でどうやって食料を調達していたか気になる。たぶん真の奴が交渉術を使って、上手いことやっていたに違いない。

 

「仕方ねえな」

 

 俺は溜め息を吐いて、転送魔法を使った。

 アダマスから食料を取り寄せる。

 牛肉の燻製にカボチャと玉ねぎ、水の入った樽など。

 

「これこれ! いやあ、枢さんがいないと不便だったんですよ」

「人をドラ●モン扱いすんな」

 

 まだ料理していないのに、大地はヨダレを垂らしそうな顔をしている。

 どんだけ飢えてたんだって話だ。

 

「フレア、料理なさい」

「はい! 人間の血液ソースは使っちゃ駄目なんですよね?」

「もちろんよ」

「目玉の瓶詰を開けちゃ駄目ですか?」

「却下」

 

 椿がメイド姿の吸血鬼、フレアと鳥肌が立つ遣り取りをしている。

 まともな食事が出てくるか不安になってきた。

 食料を提供したんだから、普通に料理してくれよ。

 フレアが良識を持っていることを期待しつつ……俺は大地と食堂に移動しながら話をした。

 

「そういえば枢さん、真たちと会わなかったんですか? 俺たち枢さんを探しに魔界に来たのに」

「会ったさ。事情があって別行動中だ……ってかお前、俺を探しに来たのなら途中で脱落するなよ」

「あっはっは。無事に会えて良かったですね! いやあ、やっぱ枢さんがいると違いますね。安心するというか」

 

 椿はドレスの恰好から着替えると言って、どこかに消えた。フレアは、俺の転送した食料を持って台所へ行ったようだ。

 あれ? サナトリスはどこへ行った?

 

「キュー!!」

「メロン、壊れた壁から入ってきたのか」

 

 外に置き去りにしたメロンが、先ほどの戦いで壁に空いた穴から入ってきたらしい。

 野生動物の勘で俺のもとに辿り着いたようだ。

 ぐいぐい体をすりつけてくるメロンの湿った鼻先を撫でる。ついでに毛皮についている雪を払ってやった。

 ……磨き抜かれた石の廊下と毛の長い絨毯の上に、メロンの足跡が点々と付いているのは、見なかったことにしよう。

 

「カナメ殿!」

「いきなりどうしたんだ、サナトリス」

 

 食堂の一角で和んでいると、サナトリスが焦った表情で駆け込んできた。

 

「助けて欲しい!」

「?」

 

 サナトリスが抱き着いてきたので、咄嗟にメロンを盾にする。

 なぜか慌てている彼女の様子を疑問に思っていると、食堂に背の高い男が入ってきた。

 

「なんで逃げるのよぅ~」

「?!」

 

 俺はぎょっとした。

 その男……肩幅が広くて胸が無く体が角ばって筋肉が付いているからたぶん男……は、スカートを履いて不気味な化粧をしていた。太い腰をひねってシナを作る。

 

「蜥蜴族の可愛い子ちゃーん、私と楽しいことをしましょう~?」

「いやーっ! カナメ殿、この気色悪い生き物を、今すぐ得意な魔法で葬ってくれ!」

 

 サナトリスが女の子らしい悲鳴を上げる。

 気持ちは分かる。なんでこんなところにオカマが。

 

「おばあちゃん! お客様に失礼だよ!」

 

 料理が盛られた皿を片手に、食堂に入ってきたフレアが一喝する。

 ん、待て。おばあちゃんだと。

 

「……縛呪の翁?」

 

 俺は行儀悪く、そいつを指さして聞いた。

 

「は~い」

 

 オカマが気色悪い返事をする。

 寒気が背筋を走った。

 俺は咳払いして、聖晶神の杖を再召喚した。

 

「よし。聖晶神として人界の平穏のため、邪悪な魔族を滅しておくか」

「それでこそカナメ殿!」

「おいおい」

 

 サナトリスが喝采を上げ、大地が「また建物が壊れる」と止めに掛かる。

 魔法を撃とうとしていたところ、食堂の扉が開いて、また新たな人物が登場した。

 体の線が分かるタイトスカートにシルクのシャツを着て、知的な眼鏡を付けた黒髪の女性だ。

 

「椿? OLのコスプレか?」

「めっちゃ似合ってるっす、椿さん!」

 

 よく見ると椿だった。

 眼鏡を人差し指と中指で持ち上げ、椿は顎をそびやかす。

 

「私の勝負服をよくもコスプレだなんて言ってくれたわね。喧嘩なら私が買ってあげるわよ、近藤枢」

 

 なんだか分からないが、食堂にカオスな火花が散った。

 

 

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