75 人魚姫の呪い

 俺は海神マナーンを急かして、海の底に戻ってきた。

 なぜか嫌な予感がする。

 到着と同時にマナーンから降り、海底遺跡の中に飛び込んだ。

 心菜、頼むから無事でいてくれ……!

 

「待っていたわよ!」

 

 俺の行く手に立ちふさがったのは、七瀬だった。

 

「ちょっと杖を構えるの止めて! 私は敵じゃないわ! あなたに有益な情報を持ってきてあげたのよ」

 

 無言で杖を召喚して魔法を撃とうとする俺に、七瀬が慌てる。

 ちっ……仕方ないな。

 

「三十秒で情報提供しろ」

「短すぎるわ!」

 

 有益な情報と言っても、七瀬の持ってくる話が役に立つはずがない。

 短い付き合いだがそれだけは分かる。

 だが、女の子を問答無用でぶっ飛ばすのは気が引けた。

 せめてワンクッション置いてから退場してもらおう。

 

「この海底遺跡は、別名レベルアップのダンジョンと呼ばれているわ! 遺跡の管理をしている性悪の人魚がいるのよ! そいつは、あなたの仲間を魔界に連れ込んで、頭からガリガリかじるつもりよ!」

「人魚? お前の仲間じゃないのか?」

「違うわ」

 

 周辺に心菜たちの気配は無い。

 七瀬の言う「性悪の人魚」に誘い込まれて、遺跡の奥へ行ってしまったのだろうか。

 リーシャンの奴、心菜たちを止めなかったのか。遭難した時は、動かずに待っているのがセオリーだろ。

 

「どう? 私は役に立つでしょう。あなたの恋人(仮)になってあげてもいいわよ!」

「頼まれてもお断りだ」

 

 俺は「落雷Lv.999」で七瀬をふっとばした。

 

「キャーー! 覚えてなさーい!」

 

 魔法の余波で遺跡の壁が崩れた。

 瓦礫と共に海に投げ出される七瀬。

 あっという間に姿が見えなくなる。

 

「……キュー?」

「気にするなメロン。こっちの話だ」

 

 俺は、服の襟から顔を出したウサギギツネの頭を撫でた。

 

「先に進もうか」

 

 次から次へと沸いてくるスケルトンを倒しながら、リーシャンや心菜の気配を辿って、遺跡の奥へ進む。

 やがて壁の向こうに複数の人間の気配がして、焦ったような話し声が聞こえてきた。

 遠くて会話の内容は聞き取れない。

 はやる気持ちを抑え、迷路になっているダンジョンで違う場所に行ってしまわないように、注意深くマップを見ながら歩いていく。

 突き当たりの広場で、地面に倒れた少女を、複数人で介抱している光景が見えた。

 

「心菜!!」

 

 倒れている少女が誰か分かった途端、俺は駆け出した。

 途中に落とし穴の罠があったが、秒速で大地属性の魔法を発動して穴を埋める。

 真が俺に気付いて手を振る。

 

「枢っち、遅いぞ! 心菜ちゃんが変なモノを飲んで、倒れちゃったんだ」

「変なモノじゃなくて人魚姫の血です」

 

 仲間たちの隣で、見知らぬ人魚の女性が言い添える。

 こいつが「性悪の人魚」か?

 いや、今は心菜を回復させるのが先決だ。

 心菜は苦しそうな顔で冷や汗を流しながら横たわっている。かたわらに膝を付いて、俺は彼女の様子を観察した。

  

「状態は……人魚姫の呪い?」

 

 バッドステータスはHPが減り続けていることから、一見、毒に見えた。

 しかし注意深く観察すると、ステータスに呪いが追加されている。

 

浄化解呪ディスペル

 

 呪いの解除を試みるが、魔法の光は途中で消えた。

 失敗した……?

 リーシャンが、俺の横で呪いの説明を読み上げる。

 

「なになに……悲恋の末に命を落とした人魚姫の、最後の呪い。両想いの男女の片方が呪いを解こうとした場合、解呪の難易度が劇的に跳ねあがる」

「は? なんだその設定は!」

 

 おとぎ話の人魚姫かよ。

 俺は苛ついて声を上げた。

 

「リーシャン!」

「治療の魔法は、僕よりカナメの方が得意だよ。カナメがお手上げなら、僕はどうにもできないさ」

 

 白い竜は首を横に振った。

 くそ、何が人魚姫の呪いだ。

 こんなフザケた呪いに心菜を連れていかれてたまるか。

 俺は片手を上げ、聖晶神の杖を召喚した。

 白銀の杖の先が石畳に触れて澄んだ音が鳴る。

 

 「――おれは此の魔法式ねがいの真値を世界に問う」

 

 まず、次に使う技の成功率を上げる魔法を使う。

 そして、いつもは省略している浄化解呪の呪文を丁寧に唱える。杖の所持と詠唱効果により、魔法の威力が上がる見込みだ。

 俺の周囲を青い光が陽炎のように揺らめく。

 

 魔法を使っている間、まるで十キロの米袋を持ち上げようとしているような、眼に見えない呪いの抵抗を感じた。

 ジリジリと呪いを追い詰め、追い出そうと力を込める。

 こいつは予想外の強敵だ。

 額に汗が流れた。

 

 その時突然、心菜の体から、透明なウツボの姿をした呪いが立ち上が った。

 そいつは俺に向かって襲いかかってくる。

 

「枢!」

 

 俺を心配する幼馴染みの真の声。

 解呪の魔法を使っている間は動けない。

 俺は腹をくくって、その場に留まった。

 カッとあぎとを開いたウツボが眼前に迫る。

 眩しい光が弾けた。

 

「……」

 

 かすむ視界で、心菜のステータスから、呪いの文字が消えていくのを確認する。良かった……。

 安心して力を抜く。

 何か大きな力が周囲に渦巻き、俺をどこかに連れて行こうとしていた。

 抵抗する間もなく、衝撃で意識が遠のく。

 

 

 

 

 目を開くと、そこは砂漠だった。

 

「は?」

 

 ジリジリと照りつける陽光、どこまでも広がる白い砂の海に、俺は一人で佇んでいる。

 

「何がどうして、こうなったんだっけ……?」

 

 一瞬前の状況が思い出せず、俺はぼんやりした。

 

「まあいいか、心菜が無事なら。あれ…………ココナって、誰だっけ」

 

 いつもの場所に財布が無かったような、ボールが飛んできたらバットを持っていなくて空振りしたような、気持ち悪い違和感。

 記憶の混乱に、俺はこめかみを押さえる。

 自分のステータスの状態欄に表示された「人魚姫の呪い」に気付かないまま。

 

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