34 真実は闇の中
俺は海賊船の船長カダックに聞いた住所を探した。
コーウェンの街の中でも港に近い住宅街に、裕福そうな二階建ての館があって、そこがナタルの家だった。
門番をしている男に声を掛ける。
「すみません、バーナーさんに言われてきたのですが」
予めカダックに聞いていた合言葉を言うと、すんなり「どうぞ中へ」と通される。
「……ちょっと上手く行き過ぎじゃない?」
椿が小声で言った。
俺は振り向かずに答える。
「やっと気付いたか」
「どういうこと?」
たぶん俺たちは利用されている。
もうすぐそれが明らかになるだろう。
「ようこそいらっしゃいました。私が商人のナタルです」
二階の奥の応接室では、人の良さそうな下がり眉の顔をした、小太りの男が待っていた。
彼がナタルらしい。
「姪のマリアの厳しすぎる街の治め方には、ほとほと手を焼いていたのです。そろそろマリアの目を覚ましてやらなければ」
「御託はいい」
用件を先に聞いていたという風に、まくしたてるナタルを、俺はさえぎった。
「カモメ越しじゃない、やっと対面で話ができるな、カダック」
「!!」
一瞬にしてナタルは青ざめた。
俺は鑑定で彼のステータスを一瞥する。
『ナタル(カダック・バーナー) Lv.67 種族: 人間 クラス: 商人(海賊船長)』
括弧の中は偽装で隠されている本当の名前とクラスだ。
偽装のレベルが高いから、一般人は見破ることは困難だろう。
「姪のマリアと組んで、この街を牛耳っていたんだな」
「……くそっ」
正体を看破されたカダックは歯ぎしりする。
おそらく海賊船で直接カダックと対面していたら、マリアとの血のつながりに気付いただろう。親族だけあって、カダックとマリアは顔の造作や雰囲気に共通点がある。
だから海賊船でカダックはカモメを通して話をしていたのだ。
「私の正体を知ったところで、どうする? 証拠が無ければ街の者は信じまい!」
悪事を暴かれたにも関わらず、カダックは冷や汗を流しながらも見栄をきる。
椿がくすくすと笑った。
「街の人なんかどうでもいいわ。私たちを騙したということ自体が万死に値するのよ!」
「ひっ」
「死になさい、小悪党!」
「待てって」
椿が氷の魔法を炸裂させる直前で、俺は彼女の後頭部を叩いて魔法をキャンセルさせた。
襟首をつかんで後ろに下がらせる。
一歩前に出てカダックを見下ろす。
尋常でない冷気を感じたからか、カダックはすっかり震えあがって床に尻もちをついていた。
「カダック、いやナタルさん。俺とこれから一緒にマリアさんと話をしに行こうか」
「な、何を話すんだ?!」
「もちろん、街を平和に治める方法について、だよ」
言外に逆らうなら命は無いぞと脅しながら、俺はカダックをせっついて、領主の館に向かった。
上手く竜神を追い払ってやったと、マリアは胸を撫でおろしていた。
叔父のナタルもといカダックから連絡を受け、枢たちの作戦は聞いていた。広場の前にあらかじめ、部下を走らせて「偽物勇者」と糾弾させ、他の街の人々も同調するように仕向けたのだ。
後はカダックを領主にし、マリアは報酬をもらって街を去る。
そういう筋書きだった。
善良な竜神と心優しい青年たちは、マリアとカダックの用意した舞台で楽しく踊ってくれる、はずだった。
「マリア、ば、ばれてしまった! 助けてくれぇ!」
カダックの首根っこを引きずった枢が現れるまで、マリアは自分の勝利を信じて疑わなかったのだ。
「私達のつながりを街の人々に明かしますか?」
目の前に立つのは、真面目で大人しそうな青年だ。
大したことはできまい。所詮は竜神のおまけだと、マリアはたかをくくっていた。
しかし返ってきた言葉は予想外だった。
「いーや。俺が望むのは、ひとつだけ。付いた嘘を最後まで付き通せ、ってことだけだ」
「嘘を付き通す……?」
「お前らは、これから改心する。叔父のナタルは、竜神を偽物と決めつけた愚行を思い直すよう姪のマリアを説得した。マリアは自分が間違っていたと気付いて、勇者を牢から出して謝罪する。ついでに、今までの圧政を反省したことを発表して、二人で仲良く平和に街を治めるんだ」
「そんなことでいいの?」
枢の要求を叶えるのは簡単だった。
口先だけならいくらでも反省できる。
「分かったわ。私は反省する。これからは死人が極力でないように、規則もゆるめて、市民が暮らしやすい街を目指すわ」
言いながら、マリアは違和感をおぼえる。
周囲の空気が妙に清浄で、ぴりぴりと緊張している。
まるで聖堂の中にいるような不思議な威圧感が、枢から発散されている。
「――その誓い、
マリアは、ハッとして喉に手をあてる。
高位の神官が使う「
重要な国同士の取り決めなどに神官が同行し、双方の不利益にならないように、決め事を強制的に実施させる時に使う魔法だ。他には、神々の前で己の信念を貫くことを約束する時にも使用される。決め事を忠実に守る際には神から祝福されるが、反した時は人生が変わるほどの神罰が待っているという。
どうしてその可能性に気付かなかったのだろう。
竜神と一緒にいるのだから、高位の神聖魔法の使い手であってもおかしくはない。
騙された。騙すつもりで、いっぱい食わされたのだ。
マリアはもう、改心して善行をつらぬくことしかできない。
「……はい」
床に崩れ落ちて、マリアは力なく頷くしかなかった。
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