14 もう一人のLv.999

 カニが暴れだしたのを見て、案の定、心菜は真っ先に飛び出した。

 

「今日は枢たんと鍋が食べたいにゃー!」

「待って心菜ちゃん!」

 

 真は急いで心菜を追いかける。

 同時に「彼女をほったらかして何してるんだよ枢っち」と内心で毒づいた。ちょっと天然が入っていて猪突猛進な心菜は真の手に負えない。

 

「俺たちも行こう」

 

 城山たちも席を立った。

 佐々木が会計をするのも待たずに、店を飛び出す。

 あのカニの置物が暴れているのはどうみても異世界関連だった。

 

「例のガンデムを動かしてた奴、捕まえられなかったんですよね?」

「ああ」

 

 城山に聞かれて真は首肯する。

 お台場で暴れていたガンデムは、操作している奴を見つけることができなかった。

 

「ちぇすとぉーっ!」

 

 心菜が気合いの声を上げると、日本刀を召喚して抜刀術を披露する。

 赤い剣閃が空中を飛んでカニに襲いかかる。

 しかしカニを囲むように青白い光の壁が一瞬現れ、心菜の斬撃を弾いた。

 

「それなら……時流閃!」

 

 アマテラスにもらった技だ。

 心菜は返す刀で目にも止まらぬ剣風を起こす。

 途中で剣風はかき消えて、カニが反応する直前に攻撃はヒットした。

 

「やったあ!」

 

 カニの足の一本が切り落とされる。

 バランスを崩したカニは歩みを止めた。

 カニが寄りかかったビルの壁面が崩れる。

 心菜は刀を構えて立ち止まり、真や城山たちも追い付いた。

 

「……ガンデムに続き、僕のカニさんをよくも……!」

 

 カニの向こう側に立つ少年が忌々しそうに言った。

 あれが犯人か。

 真は鑑定を発動させる。

 

三雲啓みくもけい Lv.401 種族:人間 クラス:絡繰人形からくりにんぎょう

 

 フード付きパーカーを着た背の低い少年だった。

 Tシャツには有名なカエルのキャラクターが描かれている。

 

「Lv.401?! 人間はどれだけ頑張ってもLv.100越えがやっとなのに」

 

 真は敵のレベルに絶句する。

 絡繰人形というクラス名も聞いたことがない。

 

「……ふふ。少しは歯ごたえがあるのかしら、ないのかしら? どちらにしても邪魔なプレイヤーは今夜、掃除してしまいましょう」

 

 蜜を含んだような甘い少女の声。

 三雲少年の奥から、セーラー服を着た美少女が現れる。

 

「幻惑魔法、深海ディープシー!」

 

 途端に、付近の空気がプールの底のような水中に早変わりした。

 幻影だと真は直感する。

 だが身体にまとわりつく水の感覚はリアルで、息が出来ない。

 HPが秒ごとに減っていく。

 咄嗟にアマテラスにもらったスキル、レベル操作EXで自分のレベルを「Lv.300」まで一時的に引き上げた。強化したステータスでなら何とか耐えられる。

 

 見回すと、プレイヤーで立っているのは、心菜と城山と真だけになっていた。レベルが低い連中は幻惑魔法の初手で「気絶」状態になってしまったらしい。

 真は舌打ちしたいのを我慢しながら、少女を鑑定する。

 

八代椿やしろつばき Lv.602 種族:人間 クラス:吸血鬼の女王』

 

 無茶苦茶だろ……。

 敵のレベルがいくら高くても、三雲一人なら皆で囲んで戦うことが出来た。しかし、更に高いレベルが追加で現れればその限りではない。

 これ以上、高レベルの敵は出てくるな。

 しかし祈り虚しく冷静な男の声がした。

 

「……椿、その辺にしておけ。全員殺したら、話せなくなる」

「はーい」

 

 ザブンと水音がして、幻の気配が去った。

 真は滝のように冷や汗を流しながら、必死に息をする。

 三雲と八代を従えるように、黒いコートを羽織った若い男が立っていた。

 

黒埼永治くろさきえいじ Lv.999 種族:人間 クラス:魔神ベルゼビュート』

 

 真は思わず驚きの声を上げる。

 

「Lv.999?!」

 

 黒崎という男は、自分のレベルとクラスを偽装していない。

 スキルはさすがに非表示にしているようだが、よほど自分に自信があるのだろう、とんでもないレベルとクラスを堂々と晒している。

 魔神ベルゼビュート……異世界でいた頃に名前を聞いた事がある。魔族側の有名な奴だ。まさか同じ転生者だとは思っても見なかった。

 

「さて。ダンジョンからモンスターが出てこないように結界を張ったのは太陽神アマテラス、そうだな?」

 

 黒崎は真たちに問いかけてくる。

 真たちは息を整えるのでやっとだ。

 

「太陽神アマテラスはどこにいる? この中で案内できる奴はいるか?」

 

 敵の狙いは分かった。

 いかにアマテラスが神様だとしても、Lv.999の黒崎が相手ではどうなるか分からない。

 アマテラスの居場所を明かしては駄目だ。

 真たちは沈黙を保つ。

 

「話がしたくなるようにしようか。椿、この中で殺しても良い奴はどいつだ?」

 

 黒崎は八代というセーラー服の少女に話しかける。

 

「待ってね。ええと……」

 

 八代は胸元から鏡を取り出した。

 

「鏡よ鏡よ鏡さん、この三人のステータスとスキルを教えて頂戴」

 

 手鏡の鏡面に悪魔の顔が浮かび上がり「キヒヒ」と奇妙な声が響いた。

 

『小早川真はLv.300だが特殊スキルで一時的にレベルを引き上げているだけ、三人の中で一番弱い。城山大地はLv.108で魔法剣士、平均的なステータスで脅威にはならない。鳳心菜はLv.112で剣の巫女、時流閃というスキルは油断すると当たるぜ。一撃必殺効果と合わせると逆転もあり得る』

「なら日本刀の女を先に殺して、残る男二人を尋問しようか」

 

 黒崎は鏡の声を聞いて冷静に判断する。

 

「止めろ!」

 

 城山が、枢に渡された剣を抜いた。

 切っ先が震えている。

 怖いのだ。

 目の前の黒崎は日本人の格好をしているのに、異世界で見た強大な力を持った魔物と同じ気配がする。

 

「……心菜ーっ!」

 

 その時、枢の声がした。

 異変に気がついて駆けつけて来たらしい。

 日本刀を持ったまま心菜が振り返って決死の表情で叫ぶ。

 

「枢たん、来ちゃ駄目! 殺される!」

 

 黒崎が冷めた表情で腕を振り上げた。

 腕の先に、夜の闇にもまして黒い稲妻のような光が収束する。

 

「情報を得るのに何人も必要ないな……黒毒槍ポイズンランス

 

 黒い稲妻が枢に向かって走る。

 一瞬、幼馴染みが無惨に殺されるイメージが、真の脳裏をよぎった。

 しかしそうはならなかった。

 

光盾シールド

 

 銀色の光が、黒崎の投げた槍をあっさり砕く。

 真の近くまで走ってきた枢が、指をパチリと鳴らす。

 

極光陣地オーロラフィールド!」

 

 光の帯が風になって周囲を走り抜けた。

 HPが全快する。

 地面に倒れていたプレイヤーたちの状態も正常に戻った。

 

「っつ、少しはやるようね。私が」

「止めろ椿」

「なぜ止めるんですか?!」

「先に鏡に聞いてみろ」

 

 敵の八代と黒崎が何やら言い合っている。

 枢が涼しい表情で真の隣に並んだ。

 真は違和感を覚える。枢だって敵のステータスが見えているはずなのに、彼には敵を恐れている気配はない。

 

「鏡さん、あいつは?」

『……偽装看破失敗、失敗、失敗……十三回めの試行で成功。近藤枢、Lv.999。クラスは詳細不明。スキル不明。推定、魔法特化型ステータス……姉さん俺壊されない内に帰りたいんだけど』

 

 鏡の声が震えている。

 真は今度は落ち着いて敵を眺めた。

 黒崎たちは飛び入りの枢だけを見ている。

 突然、現れた脅威にどう対応するか、迷っているようだった。

 

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