13 異世界の思い出
勝負が終わった後、皆で居酒屋のチェーン店に移動して食事をすることになった。「未成年は酒を頼まないように」と佐々木が言ったが、そんなの守るやついるのだろうか。案の定、ちらほらウーロン茶に見せかけてウーロンハイを頼んでいる奴がいる。
「近藤さん! さっきは城山相手に余裕でしたね」
同じテーブルの名も知らぬプレイヤーが、親しげに話しかけてくる。
「異世界ではどこの国に生まれたんですか? 何してました?」
まるで出身地は? と聞かれるのと同じノリだった。
確かに異世界転生者同士で交流を深めるのなら、質問の鉄板ネタになるのだろう。プレイヤーの奴らはそれぞれ、自分の異世界での経験を明かして情報交換している。
真や心菜ならともかく、見ず知らずの奴にセーブポイント転生のことは話せないな。なんと答えよう。
黙っていると隣の心菜が話し出したので、皆の視線がそっちにいく。
「私は"暁に鳴る鐘"の小国ウェスペラで神殿に仕える戦巫女として、一生を送りました」
俺は「一生」というキーワードに驚く。
「一生? 生まれて死ぬまで?」
「はい。それがどうかしましたか」
心菜はきょとんとしている。
あ、そうか。アマテラスが「死んで自然に魂が地球に帰ってきた」と言ってたのは、こういうことか。
真がフライドポテトを振りながら会話に入ってきた。
「何驚いてんだよ枢。異世界転生した奴らは、皆ひとつの人生をあっちで過ごしたんだ。これを見ろ」
机の上に、スマートフォンを出して、皆に見えるようにする。
真のスマホには「異世界年表」というページが表示されていた。
「年表?!」
そこには異世界の歴史が数十年刻みで記載されている。
「転生は皆、生まれた時間がバラバラなんだよ。ひょっとしたら同じ異世界転生した奴とすれ違ってるかもしれないと、自分たちの生まれた国や年代を書き出してまとめたのがこの年表さ」
真は画面を指でスクロールさせる。
「数百年以上続いている大国は限られる。例えばアウロラ帝国、ジャスパー沿岸都市連合、竜の国ユークレース、聖なるクリスタルの国アダマス……」
最後の国名に俺はドキリとする。
「年号はアウロラ帝国で使われている皇暦が一番正確っぽいな。俺たちはそれぞれ、この年表のどこかの時点で転生してるんだ。だから繋げると過去から未來まで、異世界の歴史ができる」
「すごいな」
年表を前に唸る。
ひとりの話なら夢幻で済んだろう。しかしこれだけ大勢の人間が証言している。異世界が夢物語ではない現実なのだ。年表はその証拠のように感じられた。
「で、枢はどの国で生まれた? この年表にあるか?」
「俺は……」
あると言えるし、無いとも言える。
俺はクリスタルの中からアダマス王国を千年あまり見守ってきた。
この年表のどの年代にもいるし、どの年代にもいないのだ。
どう答えるか悩んでいると、視界の隅を銀髪の女性が横切った。地球人ではありえない尖った耳に、珊瑚色の瞳。
シシアだ。
彼女は柱の陰から俺を見ていた。
ちょいちょいと手招きされる。
「……俺、ちょっとトイレ行ってくる」
「おい枢」
呼び止める真に手を振って、俺は席を立つ。
先を歩くシシアを追って居酒屋を出た。
彼女は出会った時と違い、ジーパンにパーカーを羽織った日本らしい服装になっていた。白いパーカーは猫耳頭巾付きで、頭巾をかぶると尖った耳と目立つ銀髪が隠れるようになっている。
外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
街灯に明かりが付き、ライトを光らせた自動車が脇を通りすぎる。
コンビニの前の駐車場で俺たちは立ち止まった。
シシアは俺を振り返る。
「この間は、いきなりごめんなさい。つい感動して衝動的に……」
暗くて良く見えないが、彼女の頬は赤く染まっているようだ。もじもじするシシアに俺は不思議と「仕方ないなあ」という気分になっていた。
「あー、出会い頭のアレは忘れろ。俺も忘れるから。それで、俺に何か用?」
「アダマス王国の、聖なるクリスタル」
「!!」
シシアが言った言葉に、俺は息を呑んだ。
「やっぱりそうなんですね。クリスタルから感じた優しくて暖かい気配……会ってすぐに、あなただと分かりました」
やたら嬉しそうな彼女の顔をじっと観察してみるが、やっぱり記憶にはない。
「ごめん。どこかで会った?」
「私は、アダマスの大聖堂を襲撃した暗黒騎士の付き添いでした。禁忌の邪法でクリスタルを割るため、生け贄にされそうになった私を、あなたは救って下さったのです。あの時、私はまだ幼い子供でした……」
そう聞かされて、少し思い出す。
目の前で暗黒騎士が、自分が連れてきた少女を殺そうとしていたから、少女に結界を張って保護してあげたんだ。少女は浅黒い肌に艶やかな銀色の髪をしていたが、粗末に扱われていたのか服はボロボロで大層痩せていた。
「あの時の……」
縮こまって震えていた少女と、シシアが重なる。
綺麗に成長したシシアがにこっと微笑んだ。
「はい」
俺は彼女がその後、どうなったかも思い出した。
保護したとはいえダークエルフを大聖堂で育てることはできなかった。俺が直接、話ができればまた違ったのだろうが、クリスタルの身体で口をきくことはできない。神官たちは聖なるクリスタルに守られた娘を無下にもできないと困っていた。
そこに訪れたのは、時の神クロノア。
「のう聖晶神、この娘、ワシにあずけてくれんかのう? ナイスバディの美人なお姉さんに育ててやるからの!」
何言ってんだ、このクソエロ爺と思ったが、俺に育てられないのは確かだ。
竜神リーシャンに通訳に入ってもらって話し合った結果、シシアは時の神に任せることにしたのだ。
「時空を司るクロノア様のお力で、私はあなたの助けになるためにここに来ました」
「俺の助け?」
「はい。
話が佳境に入りそうなところで、いきなり爆音が鳴り響いた。
振り返ると、ビルの壁に取り付けられた巨大なカニが動き出している。
海鮮料理の店が看板かプロモーションの代わりに壁に設置した、やたらでかくて赤いカニの置物だ。
「うわああっ!」
通行人の悲鳴。
カニが地面に着地して、大通りをガッシャガッシャと歩き始めている。
動揺して俺は思わずどうでもいい突っ込みを入れた。
「誰だよ、道頓堀からカニをコピーして設置したヤツは! 動いたら危ないじゃないか!」
「いえ普通は動かないのでは……?」
シシアが自信なさそうに呟く。
こんなところで掛け合いをしている場合じゃない。
心菜が暴走する前に、居酒屋に戻らないと!
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