10 謎の美女ダークエルフとの出会い*

 その日、俺はお台場にいた。

 お台場には、某ロボットアニメに登場する主人公の機体「ガンデム」の、原寸大模型が置かれている。全長約20メートルもあろうかという、巨大な模型だ。

 

「何て事だ……」

 

 目の前にはバラバラ死体となった、模型の残骸があった。

 見物客が写真をパシャパシャ撮って、ネットに投稿している。

 真が、俺の肩にそっと手を置いた。

 

「枢っち……ごめんな」

「お前は何やってたんだよ!」

「海を見ながらドーナツ食ってた」

「おい!」

「しゃーないだろ。俺に心菜ちゃんを止められる訳がない。ってか、目立つから店に入ろうぜ」

 

 俺たちは有名なパンケーキのお店に移動して、苺が沢山のったパンケーキを注文した。

 スマホの画面で、お台場の戦闘シーンを再生する。

 心菜とガンデムの戦いの動画である。

 

 アマテラスに会った次の日、お台場でガンデムが暴れているという情報を仕入れた心菜は「日本刀で合金が切れるか試してやるのです」と息巻いて、俺たちより先に現場に到着した。

 彼女の戦いを止められる者はいなかったらしい。

 遅れて到着した俺が見たのは、変わり果てたガンデムの姿だった。

 

「日本の文化遺産が……」

 

 間に合わなかった事を悔やみながら、動画を眺める。

 ガンデムの動きは鈍重で、せっかくのビームサーベルや重火器は一発も心菜をかすらない。巨大ロボット兵器は白兵戦に弱いのだろうか。そんな馬鹿な。きっと主人公アフロが操縦していないガンデムはガンデムではないのだ。そうに違いない。

 

「……結局、誰のしわざなんだろーな」

「……」

 

 苺を選り分けながら、真は難しい顔で言った。あの苺、ふにゃふにゃした食感かつ甘ったるくて、あまり美味しくないんだよな。分かる。

 それにしても……動かないはずのガンデムが動いた。

 現代の地球の技術で動くはずがない。

 異世界の魔法でもなければ。

 俺は顎に手をあてて、実現可能な魔法を思い返した。

 

「……ゴーレム系の魔法かな」

「だよな。おふさげにもほどがあるぜ。ガンデムが動くだけで、あちこちの建物に被害が出るんだぜ」

 

 絶対、異世界転生者のしわざだ。

 ちらりと、アマテラスの言っていた、俺以外に人外に転生した者がいるという言葉が脳裏をよぎった。……まさかな。

 

「犯人を見ひゅけたら、とっちめてやりまふ!」

「心菜、食べながらしゃべるな。行儀悪いぞ」

 

 パンケーキをもぐもぐしながら宣言する心菜をたしなめる。

 心菜が皿の上を綺麗に片付けて、俺はコーヒーを飲んでまったりしていた時。

 

「どうしたんですか、お客様!」

 

 カウンター付近で何か騒ぎの気配がした。

 俺たちはカウンターを振り返る。

 

「お客様?!」

 

 バタンと音がして、長身の女性が床に倒れた。

 店員が慌てて倒れた女性の前に屈みこむ。

 身を乗り出して騒ぎを観察していた真が、不思議そうに「エルフ?」と呟く。

 

「あれってエルフじゃないか?」

 

 よく見ると耳が尖っている。

 それは異世界で見た妖精族の特徴だった。

 

 俺は席を立って倒れた女性の元に歩み寄った。

 後ろから心菜たちも付いてくる。

 

 女性は、茶色い汚れた革コートを羽織っている。厚手の革コートからは獣と草木の匂いがした。足元は脛までおおう山歩き用の革ブーツ。とても街中を歩く日本人の格好ではない。

 コートの下は、濃い灰色のワンピースを腰のベルトで締めた格好だ。ベルトには鞘に入った剣が引っ掛けられていた。間違いない、異世界人だ。

 肌の色は浅黒く、髪は混じりけのない銀色だった。

 

『シシア・コラム Lv.557 種族: ダークエルフ クラス: 剣士』

 

 ダークエルフなんて初めて見た。レベルが高いのは、寿命が人間の倍以上あるエルフ族だからだろう。人間は頑張っても百歳くらいが寿命なので、自然と上限が「Lv.100」前後になってしまうのだ。

 

 俺が見ていることに気付いたダークエルフ、シシアという女性は目を開けた。瞳は深みのある珊瑚色だった。

 潤んだ彼女の瞳になぜか既視感をおぼえて、俺は動けなくなった。

 シシアは片腕を上げると、俺の頬に手を伸ばす。

 

「やっと会えた……」

 

 器用に上体を起こしたシシアの顔が急接近した。

 呆然とする俺と、シシアの顔を、鬼のような表情の心菜が強引に引き離す。

 

「いったい、どういうことですか?! 枢たん!!」

「え?!」

 

 シシアは、床に落ちてバタンと失神した。

 残された俺は目を白黒させる。

 誤解だ、事実無根だ。誰か俺の潔白を証明してくれ!


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