08 太陽神アマテラス

 代々木公園での戦闘が終わった後、しばらく俺たちは肝心なことをすっかり忘れていた。当事者の心菜でさえ「戦ってお腹が空いたので肉が食べたいです」と言っていたくらいで、真が「いや弟くんを介抱するのが先だろ」と突っ込まないと、ステーキ屋さんに入っていたかもしれない。

 

 そんな訳で俺たちが、そのことを思い出したのは、心菜の家に弟くんを送りがてら、お邪魔することになった時だった。

 

「あーーっ!」

 

 自分の家の玄関で、唐突に叫ぶ心菜。

 いったいどうしたんだ。

 

「警察が来てたんだった!」

 

 心菜の言葉に、俺は真と顔を見合わせる。

 そういえばチャットの最初の方で、職務質問を受けたって、書いてあったっけ。

 

「お邪魔しています」

 

 くだんの警察官は、畳の客室に正座して、心菜の婆ちゃんが出した茶を、のんびりすすっているところだった。

 眼鏡を掛けた若い細身の男だ。なかなか整った顔立ちをしている。刑事ドラマの俳優に出てきそうな容姿だな。

 

「おばあちゃん、大丈夫だったの?!」

「?? 何かあったのけ。わたしゃ、奥の襖の部屋に寝ていたから、気付かんかったよ」

 

 婆ちゃんは訛りの入った口調で答える。

 何はともあれ、巻き込まれないで良かったな婆ちゃん。

 

「……あのう、そろそろ良いでしょうか」

 

 警察官の男が、にこやかに声を上げた。

 

「よろしければ皆さん、一旦、場所を移動しませんか」


 

 

 

 警察官の男は、国家非常対策委員会に所属している佐々木だと名乗った。

 俺たちを乗せて、車で移動した先には、高層のオフィスビルが建っていた。

 十一階の小綺麗なミーティングルームに案内される。

 部屋に足を踏み入れた真が、見回して言った。

 

「何あれ。神棚?」

 

 ミーティングルームの奥には、何故か立派な神棚が祀られていた。

 

「控えよーっ! わらわは太陽神アマテラスなるぞ!」

「わっ」

 

 ぽふんと煙が立って、神棚から十二単を着た幼女が現れる。

 額に鏡の飾りを付けた可愛い女の子だ。

 俺たちは呆気に取られた。

 

「へ? アマテラス?」

「はい。ご紹介が遅れましたが、日本の守護神アマテラスさまです。あなたがたをこちらにお連れしたのは、アマテラスさまのご指示ですよ」

 

 佐々木が真面目な顔で言った。

 俺は念のため鑑定する。

 

『太陽神アマテラス Lv.999』

 

 うわあ、マジで神様だ。

 驚いていると、幼女は空中を浮かんで俺の前まで飛んできた。

 

「おお、少しボンヤリした感じじゃが、よく見ると凛々しい男じゃな。よいぞ、鑑定の無礼を赦す」

「はあ……」

かなめよ、折り入ってそなたに頼みたいことがある。妾の力になってたも!」

 

 古風なしゃべりな子だな。

 さすが日本の神様。

 変なところで感心していた俺だが、アマテラスに名前を呼ばれて我に返る。俺をご指定とはどういう訳だろう。

 

「俺に頼み?」

「そうじゃ……うむ、少し恥ずかしいのう……魔法の使い方を、教えてたも?」

「……は?」

 

 もじもじ上目遣いに見上げてくるアマテラスに、俺は間抜け顔をさらした。なんで神様に魔法を教える必要があるんだ?

 

 

 

 立ったまま話すのは疲れるので、着席して話を聞くことになった。

 アマテラスはテーブルの上に座布団を敷き正座している。行儀が良いのか悪いのか、分からないな。

 

「そもそも妾は、異世界ジ・アニマの接近が原因で生まれたのだ。それまでは、神話の中でのみ語られる形なき概念に過ぎなかった。ゆえに生まれて数日と言ってもよい」

 

 生まれて数日……それで幼女の姿なのか。

 

「ちなみに私はダンジョンが現れた日、有給を取って伊勢うどんを食べに行っていました。ついでに伊勢神宮にお参りして、アマテラスさまとお会いしたのです」

 

 佐々木がどうでも良い補足をした。

 

「妾は、自分がどういう存在なのか理解しておるし、太陽神のスキルも持っておる……じゃが正直、使ったことないから不安なのじゃ!」

 

 アマテラスはヤケクソのように言い放った。

 そんなの適当に使ってみれば良いのに。

 

「はあ。それで何で俺に魔法を教えてくれと? 他の奴に教わるか、真似して使えば良いじゃないですか」

 

 俺はご指名の理由を聞いた。

 アマテラスは「それじゃ!」と人差し指を俺に突き付ける。

 

「最初は、剣の巫女という娘が気になっておったが、よく見るとそなたの方が当たりではないか!」

「人をアイスの当たり棒みたいに言わないで下さい」

「ふむ、ならばビンゴ! とでも言えば良いのか? 妾は、神格を持った人間に初めて会ったぞ」

 

 げっ……ステータス偽装が看破されてる。さすが由緒正しい神様だけあって、俺より鑑定スキルが上らしい。隠していたクラス「聖晶神」を見られたのだ。

 顔をひきつらせる俺を見て、アマテラスは意地悪く笑った。

 

「しんかく?」

 

 心菜が首を傾げる。

 すかさず佐々木がいらん解説を始めた。

 

「神様の位のことです。つまり近藤枢くんは異世界で神」

「ストーーップ!」

 

 俺はバンと机を叩いて立ち上がる。

 恥ずかしくて、とても素面で聞いていられない。

 

「分かった魔法を教えるから! それ以上、俺が中二病みたいな設定を暴露しないでくれ!」

 

 いきなり会話をぶったぎった俺に、心菜と真が驚いた顔をしている。

 クラスが「聖晶神」だとか自分で口にするのも恥ずかしいのに、他人の口から説明されたくないわ!

 

「ふむ、黙っておいてやってもよいぞ。その代わりと言っては何だが」

 

 アマテラスはどこから取り出したのか、金色の扇を口元でバサッと広げた。

 

「枢よ、妾に協力して欲しい事が二つある。一つ目は、この日の本を守る結界の魔法について妾に教えること」

 

 佐々木が無言でノートパソコンを取り出して操作する。

 壁のスクリーンに日本地図が表示された。

 日本地図には数ヶ所に赤丸が付いている。

 代々木公園の位置に付いた赤丸を見て、俺はこれがダンジョン出現位置を記したものだと察した。

 扇をヒラヒラさせながら、アマテラスは続ける。

 

「この広い日の本を守るために、どんな結界を張ったものか、助言してたも。海も含め全域に結界を張ると、さすがに妾も、しんどいのう」

 

 そう言われて、俺は改めて日本地図をじっくり眺める。結界を張るという観点で日本地図見るの、初めてだな。

 アダマス王国の守護神をしていた時のことを思い出しながら考える。

 

「……そうだな。手当たり次第に結界を広げるのは非効率だ。ダンジョンの方が面積少ないんだから、俺なら逆にダンジョンの周囲だけ封じ込めの結界を張る」

 

 答えると、アマテラスはパアッと顔を輝かせた。

 

「うむ、さすがじゃの! 魔法の組み立ても分かっておるのじゃろ。後ほど妾をさぽーとしてたも!」

「お、おう……」 

 

 真と心菜の視線が痛い。

 俺はどうやって誤魔化すか考えながら、アマテラスに先を促した。

 

「で、二つ目は?」

 

 アマテラスは扇をパチリと締めると、にわかに真剣な顔になった。

 

「二つ目は、この世界に迫る黒雲の脅威について、対抗できる人材を見つけることじゃ」

 

 あ。黒雲の怪物、地球に来ようとしてるってリーシャンが言ってたっけ。すっかり忘れてたーっ!

 

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