02 千年後のどんでん返し
「今の地震、震度どれくらいだったんだろ……」
一方の俺は、メッセージウインドウの件もそうだが動転してしまって、少しぼんやりしている。夢の中で千年過ごしたせいで、自分のスマホをどこにしまったか分からない、というのもあるが。
「……ステータス」
隣で聞こえた小さな声に、俺はぎょっとした。
そちらを見ると同級生の無愛想な男子生徒が、何もない空中を睨んでいる。
俺は無意識に「鑑定Lv.999」を使っていた。
空中に夢の中と同じポップアップウインドウが表示される。
『夜鳥 司 Lv.93 種族:人間 クラス:暗殺者』
すっかり忘れてたぜ。こいつ名前は
職業、暗殺者……って怖!
呆然としている間に、夜鳥のステータスの「暗殺者」が灰色文字に変わり、「戦士(暗殺者)」になった。
それを見て俺はハッとする。
隠蔽だ……!
ステータスを自分の思うように変更したり非表示にしたりするスキル「隠蔽」。非表示にした箇所は灰色文字になり、他人からは見えなくなる。
なぜ俺には夜鳥の隠した表示が見えるかというと、鑑定スキルが異常に高いから「看破」できてしまうのだ。しかもレベル差が激しいと看破したことが相手に通知されない。
同級生の挙動を見て、俺も自分のステータスを確認する必要があると気付く。いざとなったら隠蔽もしないと。
セーブポイントだった時のように念じてみたが、何故かステータスが出てこない。だが「ステータス」と口の中で唱えて強く念じると、ウインドウが表示された。
『近藤 枢 Lv.999 種族:人間 クラス:聖晶神アダマント』
俺は思わず吹き出した。
「ぶっ」
「どしたの、
「なんでもねえ……」
不思議そうにする
これは隠蔽必須だな……。
なんだよこのクラスにレベルは。突っ込みどころ満載だ。
俺は急いでステータスのレベルを「Lv.50」クラスを「魔法使い」に書き換えた。各種数値は二桁台に調整し、他にも無数にある称号をまるっと非表示に変更する。
それにしてもセーブポイントだった時のステータスと表示形式が違う。
セーブポイントだった時は、種族名やクラス、HPやMPは表示されなかった。やっぱり
一仕事終えた俺は、落ち着いて教室を見渡す余裕が出来た。
頬杖をついて辺りを観察する。
夜鳥の他にも何人か、空中に視線をさ迷わせて挙動不審な奴がいる。
『【注意】鑑定を受けました。※相手のレベルが低いので、非表示のステータスは開示されません』
空中に浮かぶメッセージウインドウ。
ということは、俺や夜鳥以外にも複数の人間が、このゲームみたいなシステムを利用できてるってことか。
片っ端から鑑定をかけていくと、生徒たちは二種類に大別できることが分かった。
レベルが「Lv.1」かつクラスが「一般人」の奴らと、それ以外だ。
中にはクラスが「勇者」の奴もいて、また吹きそうになる。
おいおい、どうなってんだよ。
なんで平和な現実世界とゲームの世界が重なってんだ?
俺はまだ、夢の中にいるんだろうか。
「枢たん、見て!」
スマートフォンを操作していた
ワンセグのニュースチャンネルの画面だ。
『世界各地で異変が起きています! ご覧ください、アメリカでは自由の女神が横倒しになり、謎の巨人像が現れました! ホワイトハウスが地割れの中に消え、政治中枢が混乱しています……』
アナウンサーが声高に捲し立てている。
背景の動画には、ズブズブと地面に沈んでいくホワイトハウスが映っていた。なんだこりゃ?
『富士山上空に、謎の竜のような生き物が飛んでいます!』
竜のような、というかまんまドラゴンだろ。
紅の鱗の竜が富士山を悠々と横断している。
キレイダナー(棒読み)。
俺は目をこすった。
「現実か、これ……?」
「私もそう思うにゃん……」
「……代々木公園に、パルテノン神殿みたいな遺跡が現れたってよ」
「マジかよ」
スマホを操作して情報収集している生徒たちが、口々に噂話をしている。
「おーい、昼休みは終わりだぞ」
ガラリと扉を開け、先生が教室に入ってきた。
「枢たん、今日は一緒に帰ろうね」
「心菜……」
クラスが違う心菜は、俺に微笑みかけると教室を出ていった。
俺は心菜を引き留めたかった。
この異常事態に一緒にいないなんて、離ればなれになりそうで怖い。
二人で授業をサボれば良かったと気付いたのは、十分くらい経った後だった。
授業中、先生も生徒も皆、上の空だった。
俺はゆっくり時間を掛けて記憶をたぐり、何とか自分のスマホや筆記用具、教科書を見つけた。
卓上に置いたスマホが振動する。
俺は画面をタップしてSNSメッセージアプリを開いた。
可愛い猫のアイコンの隣に吹き出しでメッセージが浮かぶ。
心菜> 弟が代々木でモンスターに襲われたみたい。私、代々木に行ってくる。
おいおい、ちょっと待て!
すぐに「俺も行く」と返信したが、待っても既読マークが付かない。
「近藤、次のページの一行目から読みなさい。近藤?」
「……すみません。腹が痛いんで早退します」
俺がそう言うと他の何人かの生徒も「僕も用事があって」「私も家族から連絡が」と手を上げる。どうやら皆、外の異変が気になって授業どころではないようだ。
「ちょっと待ちなさい。職員会議で全員下校にするか決めるところ……はい、もしもし」
先生は俺たちを止めようとしたが、ちょうど電話が掛かってきたようだ。家族からの電話らしく深刻そうな表情になっている。
もはや暢気に授業を受けている場合ではない。
俺は荷物をまとめて早足で教室を出た。
念のため心菜の教室に寄ったが、彼女は一足先に学校を出たらしい。
急いで後を追おうとして、下駄箱でポケットのスマートフォンが振動する。
心菜だろうか。
俺は相手を確認せずに通話ボタンをタップした。
「もしもし……」
『枢、俺だってー、オレオレ』
オレオレ詐欺か。
「誰だっけ?」
『親友を忘れたのかよ。俺だよ、
通話が切れて、背中がちょんちょんとつつかれる。
振り返ると、茶髪に耳にピアス穴を空けて制服を着崩すという、不良かチャラ男の典型のような男子生徒が立っていた。俺に向かって手に持ったスマートフォンを振って見せる。
「よっ!」
俺は無意識に鑑定スキルを発動させていた。
『小早川 真 Lv.1 種族:人間 クラス:詐欺師』
そうだ、こいつは幼馴染で友達の
思い出しながら、俺の目は「クラス: 詐欺師」に釘付けである。
それにスキルが変だ。
何だこの「いかさまLv.99」って。相手と自分のレベルを交換するぅ?
とんだチートスキルじゃねえか!
「おい真、お前、クラス詐欺師にこのスキルって……」
「ん? 鑑定した? メッセージ出なかったということは、枢の方が鑑定レベル高いのかー」
真は「負けちゃったー」とヘラヘラ笑った。
こいつは「てへっ」という感じで笑うので、何故か背景がお花畑になったような、変な雰囲気になるんだよな。
ちょっと和む。
つられて少し笑った後、俺は我に返った。
「こんなことしてる場合じゃない! 心菜を助けに行かないと!」
「じゃあ、歩きながら情報交換しようぜ」
急いで靴を履き替えて駅に向かう俺に、真は並んで付いてきた。
「……どうやら現実世界とゲームの世界が融合しちまったみたいだぜ。有用なクラスやスキルを持ってるのは、事前に異世界転生の夢を見た一部の人間に限られる。それ以外は皆、クラス: 一般人だ」
「夢?」
「枢も見たんだろ」
俺は一瞬、立ち止まりそうになった。
真は俺が理解していることを理解しているのか、平然と話を進めた。
「代々木にできたのはダンジョンだ」
「ダンジョン?! ってことは本当にモンスターが」
「現実世界でどこまでスキルが使えるか未知数だ。俺はもうちょっと事態が落ち着いてから、ダンジョンに行くことを提案するけど」
「……お前、どこでそんな情報を」
「ネット。あれこれ検証した暇人が超速でまとめサイトを立ち上げてるぜ。モンスターの目撃情報や、クラスやスキルの種類を、鑑定して片っ端からSNSで呟いてる奴もいる」
現実世界は、ネットの伝達速度が馬鹿にできない。
最初に隠蔽しておいて良かった。レアなクラスだったりしたら、吹聴されて騒ぎになり、最悪は狙われるかもしれない。まったく物騒な世の中だ。
それにしても……心菜はダンジョンに行ってしまったのか。
「心菜は代々木に行ったんだ。連れ戻さないと……」
「よし。なら俺とパーティーを組もうぜ」
真は不敵な笑みを浮かべて、俺の返事を待っている。
パーティー……異世界でボッチの石ころだった時は、入れなかったシステムだ。
「頼む、真」
「おっしゃ! 行こうぜ、相棒!」
俺は軽く拳をにぎって、真の拳と合わせた。
視界に半透明のメッセージウインドウが表示される。
『小早川 真 とパーティーを結成しました。メンバーの位置およびHP/MP情報が共有されます。パーティーボーナスにより、攻撃力と防御力が+1.05となります』
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