ぽんぽこさんのお部屋

シイカ

ぽんぽこさんのお部屋

「ぽんぽこさん、いるかーい?」

 ちょっぴりハスキーな艶声が訊く。

 ここは緑豊かな丘陵の中腹に建つ古いマンション。シエスタデルマミアーナ。

 表札には『信楽亭ぽんぽこ』とあるので間違いではないが、これは高座名。つまり営業用の芸名で、このマンションのオーナーの本名は『砂蒔(すなまき)マミ』という。

 『マミ』は漢字で書くと『狸』。つまり『たぬき』のことである。

 ドアを開けると尾が四本ある銀色の狐がそこにいた。

「おりますが、せめてノックをしてから呼んでください。気狐(きこ)の葉子さん」

 ぽんぽこさんと呼ばれた背が低くぽっちゃり顔が愛らしい丸い彼女、マミはいった。

「ああ。人としての礼儀? 悪い悪い、じゃあ、コンコン! 狐だけに」

 冗談を交えつつ、玄関を入ると、葉子さんと呼ばれた狐は尖った耳と尻尾を残し女の姿に変身しながらソファーに座ると長い脚を投げ出すなり、形の良い眉を下げた。

「人の姿って疲れない? 休みの日ぐらい元の姿に戻らないと疲れちゃうんだよね。それで久しぶりにポンポコさんの尻尾を触りにきたのよねー」

 葉子さんは四本の尻尾を器用に動かしマミの腰をなでてきた。

「はあ、いいですけど。最近、人の姿の方が狸でいるより長いので少し時間がかかると思いますよ」

「それでも良いよ、そのための休暇だもん。ね。はやくはやく」

「承りました。“はやく“ですね? しかし、アレですね、あんまりがっついちゃあ美人サンが台無しですよぉ……。まあ、女同士ですからいいんですが。……では」

 葡萄葉のお茶を一口飲み下し、マミは眉間を寄せ、変身の刺激に肌を震わせた。

「ふっ! くふっ……葉……子さん。少し身体を預けても……良いですか?」

「うん、うん」

 葉子さんは嬉しそうに身体を支え、細い目でマミの顔を見る。

 額に汗を浮かべ、葉子さんの服を掴む姿が愛らしいようだ。 

 

「うっ……あ! でる……出る!! 尻尾、出る!」

 ポフッと音を立ててふさふさの尻尾が出てきた。

 顔をパァっと明るくしたマミは自分の尻尾に頬擦りした。

「ほーら、葉子さん。尻尾ですよぉ尻尾。しばらくぶりなので少し苦しかったですが。あ。葉子さん。もう離れていいですよ……って。あれ。どうしたんですか?」

 自分の尻尾を身体ごと抱きしめながら俯く葉子さんに、マミは訊くと、葉子さんは、まるで少女のように、はにかんだ声で囁いた。

「いや。なんかね”ポン”の顔を見てたら変な気分になっちゃって……ね」

「すみません。お見苦しいものを見せてしまい……」

 シュンっとしたマミを優しく抱き、首に腕をまわした葉子さんは言った。

「そんなことどうてもいい。あたしが可愛いって思うんだから、いいの」

 そう言いながら、尻尾を触った瞬間、ポンポコさんは身体をビクッと震わした。

「ひゃん! す……すみません。触られるの久しぶりなので敏感に。……いやん」

「そういう反応しない。こっちも恥ずかしいじゃん」

「すみません。狸なもので……」

「狸は関係ないのでは?」

 葉子さんがツッコむと、マミは下がり気味の大きな瞳で葉子さんに微笑んだ。

「ねえ、葉子さんの尻尾も……触らせてくださいよ」

「へ!? あ、ああ、うん。いいよ。……ホラ」



「やはり、葉子さんの尻尾は綺麗ですね。羨ましいです」

 マミの尻尾はボサボサだけれど葉子さんは、そこが刺激的で良いのだという。

「……ポン。アタシ、我慢できない。いい?」

「そのためにいらしたんでょう? ……あん、いい。もー。甘えん坊さんですねぇ」


 ……………………。


 しばしの遊戯を楽しんだ後。葉子さんは爽やかな笑顔でマミの頭を撫でた。

「あー。楽しかったねえ。これでまた暫くはウザい仕事に耐えられそう。……サンキュ」

 スーツ姿に着衣した葉子さんは、まだ着替え途中のマミのおでこにツンと唇をあてて、フッと苦笑を浮かべた。

「出版社勤務も五年目。そろそろ河岸をかえないといけなくってねえ。キミは理想の女性だ。頼む、結婚してくれ……とかさ。そもそも人間じゃねーっつーの、こっちは」

 ――五年。もう、そんなに経ったのか。ストレスもたまるよね、そんなのじゃあ

 マミは思った。妖怪は歳をとるのが遅いので、ひとつの仕事に長く留まりにくいのだ。

 マミの部屋には、いろんな友だちがやってくる。

 みんな人の姿をかり、人間社会に紛れて暮らす妖怪の仲間たち。

 だからマミは、そんな友だちを優しくもてなす。だって噺家の狸だもん。

 友だちの話を訊けなくて、なんで『噺』を話せようか。

 そんなだから、マミの家……『ぽんぽこさんの部屋』は終夜年中無休。妖怪だけの憩いの場になっている。所在地は――

 Webサイトはあるけれど妖怪語だから人間には読めません。

 軽く手を振って部屋を出ていく葉子さんを見送りながら、噺家狸の信楽亭ぽんぽこさんは笑顔でいう。

「またいらしてくださいね! 待ってますから」


『ぽんぽこさんのお部屋』了

 

 

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぽんぽこさんのお部屋 シイカ @shiita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説