第65話 決意*

「クララ様」

 私たちの話が聞こえたらしいクララ様は、泣きそうに顔をゆがませて、もう一度嫌だと言った。

「でも啓示が……」

 女王が立たない。そんな世界で、初めて女の王にと言われてプレッシャーなのだろうと思った。

 でもクララ様なら生まれながらの王族だし、国王の仕事も近くで見てるし、何より力も十分あるから大丈夫だわ。

 そう言って宥めると、クララ様は子供のようにフルフルと激しく首を振る。

 王に立つのが嫌なわけではないのだと。


「みんな勝手なこと言って。ナナまでひどいわ。私は、テイバー様みたいなタイプより、ロイやオリバーみたいな可愛い人が好きなのに!」

 なぜか好みをぶちまけるクララ様とがっちりと目が合う。大きな声だったので部屋中に聞こえたのだろう。あちこちから「はあっ?」と、間の抜けた声が響いた。


 でもそんな何を言ってるのだという空気の中、私とクララ様の間になにかが走って二人で同時に頷いた。

「わかります」

 私とクララ様の好みはとても似ているのだ。

 クララ様の挙げた二人は、見た目は厳ついのに笑うと可愛い男性だ。でもオリバーさんはおまけで、ロイ様が本命なのがすぐに分かった。すごくお似合いだ。

「でしょ? ナナ、わかるわよね」

「わかります。笑顔が可愛いですよね」

「でしょう」

 クララ様の笑顔に、瞬間的にロイ様のゲージが頭の中に浮かぶ。

 私は白蛇戦の時、瞬時に彼をクララ様のサポーターに指名できるくらい、二人の力の相性が良かったことを思い出した。ああ、なんてこと。


 でも後ろで若君が

「くっ。知ってたけどな。ナナの理想が父親みたいな男で、薄々そうじゃないかと……」

 と、小声でブツブツ言ってるので、思わずクララ様と小さく吹き出してしまう。

 笑いながら、私の目にもクララ様の目にも涙が浮かんだ。

「私は、若君の中身が好きだったんですよ」

 泣き笑いのまま、小声で若君を宥める。

 愛しさで胸が痛い。もう、どうしたらいいのか分からなくなってしまった。

 みんなのことを守りたい。それは本当なのに。もともと私には選択肢なんてないのは分かっているのに。それでも私の心は、この人の一番そばにいたい。彼のことを笑顔にしたいし、一番幸せにしたいと叫び続けている。

 仕立てをしたり料理をしたりするそばに、いつも彼がいたらどんなに幸せだろうと夢見てしまう。


 でも、そんなことを優先してはいけないのだ。

 クララ様だって、本当はそんなことわかってる。でも彼女は、天を開いた私を責めなかった。

 ただ一度のわがままを叫んでみただけだ。

「クララ様、ごめんなさい。私が……貴女に……」

「謝らないで。あれがなければ、死亡者ゼロなんてありえなかった。私は、あなたから啓示を与えられたことは誇りに思ってる。私もナナと同じよ。国民を魔獣から守りたい。だから騎士にも志願したのよ」

「クララ様……」


「陛下」

 突然私の肩に手を回した若君が、よく通る声で話し始めた。

「俺は、ナナ・モイラを妻にします。他の女性はあり得ません」

「若君!」

 驚いて若君を仰ぎ見る。それは平民になる宣言でしかない。それではクララ様が窮地に立ってしまう!


「ですが、王太子に立つこともやぶさかではない」

 あり得ない宣言に皆が浮足立った。そんな我儘無理だ。


「俺が王太子に立つなら、同時にクララ様にはその次の王太子になって頂きます」

「はっ?」

 誰が何を言ってるのか分からないくらいの混乱の中、若君はゆったりとした笑顔で混乱が静まるのをじっと待つ。私は彼の服の裾を掴んでいなければ立つことも困難なくらいだったのに。私の震える肩を優しく叩いて、若君は私の耳に口を寄せた。

「ナナ、俺を信じて」


 やがて混乱が収まってくると、改めて若君は先程の言葉を繰り返し、何か言おうとする人たちを制した。


「俺が王太子になっても、王の教育のため、即位は五年後くらいでしょう。五年後即位して、そうですね、十年ほど務めましょうか。その頃にはクララ様も結婚し、子育ても落ち着いているころだ。その頃に私は退位して、クララ様の補助にあたります」


 それは、この国の誰も考えたことのない方法だった。だけど、女性が王になれない理由を考えれば、この方法なら「あり」なのだ。しかもまだ若く力ある前王が女王を補佐サポートをするという、恵まれた条件。でも、啓示を得た王女を差し置いて、ほかの誰かが王になるなどありえない。


「ゲシュティの王侯貴族の負担は大きい。だが一方、それにしがみつき腐敗の道を辿るものもいるのは確かです。重責の期間を一定の期間に限定にすること、各々の負担を減らすことは、転じて国民の平和や幸せにつながるのでは? 俺の半身は長い時を異世界で過ごしました。ナナの国です。そこで得た知識や知恵をこの国にもたらしましょう。魔獣によって傷つくものが一人でも減るように」

「それは、ナナによって力が強化された者たちと関係があるのか?」

 騎士団長の一人が身を乗り出すようにそう尋ねた。

「あります。彼女の考え方を、そして力の使い方を一番理解しているのは俺です。そして俺はセレイズでもある」

 セレイズ?

魂強きものセレイズとして生まれ、分身をしたままこの国で過ごしたのはウィルフレッドのほうでした」


 それを知らなかった騎士団長達がざわめく。本来、それはあり得ないことだから。

 若君が半身を失っても消えないからこそ、若君ウィルフレッドがテイバーだと思われていた。陰がそのまま身を保つことはもとより、二度も総合優勝ができるほどの力と実力があるなど、本来有り得ないのだ。


 その努力を、私は心の底から尊敬している……。


「テイバーの方は、この身にネアーガを封じたまま十四年を過ごした。俺自身にそれだけの力があったのも確かだが、それが叶ったのは、たまたま力の強いナナが常にそばにいてくれたからです。不安定だった人でも魔獣でもなかった俺を、ナナはただ純粋に愛してくれた」

「若君……」

 若君は私を見て、なぜかいたずらっ子のような目をしてでニヤッと笑った。

「俺たちの力は、単体でいるよりも共にあったほうが強力になります。例えばこんな風に」

 そう言うと彼はスッと指を合わせ、分身をした。

「なっ!」

 驚愕の声が響き渡る。

 私も呆然とした。

「忍者だ……」

 思わずこぼれた声に、若君は、ううん、若君たちはニコッと笑った。

 なんと若君は二人ではなく、七人に別れていたのだ。陛下より、はるかに多い分身。


「試したのは初めてだけど、思った通りだな」

「初めてって」

「ナナもそうだろう? 君ができると思ったことは、必ずできた。そうだよね?」

「はい」

「そして、君の力との相性がいいのはクララ様と、もう一人は俺だよね」

「そうです。あの舞踏会で、二人だけが特別に見えました。私の力を最大限に生かせるのは二人だけだから、二人が王に立てば最強だと思ったから、私っ」

 ナナなんて個人ではなくて、ただの上級仕立て士になるつもりだった。一生そうする覚悟を固めていた。


「でも俺は、実際ナナの国でナナと同じものに触れ、学んできた。俺以上にナナの力を理解し、使えるやつなんていないよ」


 見たこともない数の分身と、それを可能にする規格外の力を持つ若君。

 そして彼は、上級仕立て士としての私が悲願とまで思った、私の腕を、力を最大限に生かせる人。

 人々を守る力の強さが絶対のこの国で、この姿を見て反対できる人なんているのだろうか。

 誰もが口をきけず、私たちの姿を息を飲んで見ていた。


「だから俺が王に立つなら、ナナを伴侶にする以外の選択肢はありません」


 まわりに宣言した若君は一人に戻ると、おもむろに私に向き直って片膝をついた。そして私の左手をそっと両手で包み込み、真剣な眼差しで私を見上げる。

「ナナ、俺と一緒に大切なものを守ろう。ナナの力は、ただの上級仕立て士だけでは勿体ないんだ。今度は俺が君を守るから、絶対に守ってみせるから、どうか皆を守るために共に戦ってくれないだろうか」

「若君……」

 私の震える手を若君はギュッと握る。その熱が、想いが、私の中に流れてくるみたいだ。


「指輪はまだないし、王太子になれば忙しくて結婚もずっと先になる。それでもナナには俺を選んでほしい。俺と一緒に生きてほしい。愛してるんだ。俺の命のすべてを預ける。――ナナ、俺と結婚してください」

 あえて父と同じ求婚プロポーズをしてくれた若君。そのまっすぐな目を見つめ、私は一人で悩むのは逃げだと気が付いた。

 まわりを見渡すと、クララ様と陛下が頷いている。

 おばあちゃんは優しい笑顔で、おじいちゃんは目を真ん丸にしている。

 他の人は、固唾をのんで私の返事を待ってるみたいだ。


 一歩踏み出すのは怖い。でも若君は共に戦おうと言いながら、私の気持ちを尊重してくれた。選ぶのは私だと。選んでくれと。だから……


「はい、テイバー・ウィルフレッド様。よろこんで」


 問題は山積みだけど、一緒に考えて解決していこう。二人ならきっとできると信じて。私は貴方と共に生きます。


「昼間は王様、夜は日本で過ごすのも悪くないよな?」

 ほっとしたように笑った若君は、私にこっそりそんなことを囁く。

 もしそんな事が叶うなら、それは夢のような未来だ。


「無事求婚も受け入れてもらえましたし、何か異論は?」

 若君がゆったりまわりを見回すと、誰よりも先にクララ様が「ないわ!」と言った。

「ないわ。それなら何も問題ないもの。いいわよね?」

 そう言って、クララ様は皆を見渡す。

 その姿は威厳があって、同時に慈愛に満ちていた。


 周りがざわめく前に陛下が大笑いをする。

「ネアーガの力を取り込み、自らも戦える上級仕立て士が王妃なんて、次の王は最強だな!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る