第64話 会議*

 部屋には成人王族全員と、大臣に当たるであろう臣下や騎士団長達が集まっている。私達が部屋に入ると、一斉に視線が集まった。ここにいる人だけは真実を知っているのだそうだ。


 それは、私が日本という異世界とゲシュティを行き来していること。

 実は陛下の姪であること。

 いつも連れていた黒猫は、ネアーガを封じた若君の半身だったこと。



 その中に祖母の姿を見つけ、ホッとした。そしてその隣から脱兎のごとくやって来て私を抱き上げたのは

「おじいちゃん!」

 久々に会う祖父だった。


 祖父は、私をヒョイっと抱き上げ腕に乗せると

「すまん、ナナ! 怖い思いをさせた」

 と言った。

「俺があと一日、いや半日でも早く白蛇レシュールの孵った卵を見つけていたら! お前の可愛い顔に、傷をつけることも、髪を切ることもなかったのになぁ」

 ボロボロと涙を流す祖父に唖然とし、まわりに助けを求めようとして気がついた。どういうことかはわからないけど、おじいちゃんてば、国のお偉いさんたちが私に声をかけられないよう牽制してるのだ。


 ゆっくり事情を聴きだすと、祖父は魔獣の巣を探して災害を事前に防ぐハンターらしい。今回も白蛇の巣を見つけて連絡を飛ばしたものの、すでに王都の混乱が終わった後だったそうだ。

「おじいちゃん、ありがとう。私は大丈夫よ」

 こんな大きな体が小さく見えるほど後悔させてしまって、逆に申し訳ないくらいだわ。私は、自分の身が傷つくことは怖くなかったんだから。

「むしろ褒めて? 私、レシュールをやっつけたのよ。お母さんの仇を取ったの」

「そうか。そうだな。ナナ、よくやった! さすが俺の孫だ!!」

「ふふ、ありがとう」


 ようやく祖父の腕から降ろしてもらうと、今度はクララ様たちに囲まれる。

「ナナ、よく帰ってきたね」

 ブライス様は軽くハグをして、優しい笑顔をくれた。

「はい、ブライス様。ただいま戻りました」

「テイバーも無事でよかった」

「ありがとうございます」


 チェイス様は、固い顔で無言のまま私をぎゅっと抱きしめた。それだけで彼がどれだけ心配してくれたのか伝わり、一瞬だけハグを返す。

「チェイス様、ご心配をおかけしました。ハンカチは、後でお返ししますね」

 いつも陽気なチェイス様は、ぎゅっと唇を結んだままコクッと頷いた。そして若君を見て、やっぱり黙って頷きかけ、最後まで何も言わずに離れた。


 クララ様とガブリエラ様には、同時にぎゅうっと抱き着かれる。

「ナナ! あんなに血を流して消えてしまうから、私、あなたにはもう二度と会えないかと……」

 ポロポロと涙をこぼされ、とても申し訳ない気持ちになる。

 そうだよね。私、血まみれだったものね。

 あんなの見たら、しかも消えるなんてことしたら、そう思うよね。

「すみません。もう大丈夫です、クララ様。傷はすぐに癒えました」

「そんな他人行儀に話さないで! いとこなんでしょう? 元々大切な友人だと思っていたけれど、もっと近い存在だってことを知って、私たちがどれだけ嬉しかったかわかる? ブライスだけが気付いてて、とっても悔しかったのよ!」

 クララ様が泣きながら怒ってる。

 いとこだって知って喜んでくれていることに、自分でもびっくりするくらい胸の奥が温かくなった。


「タビィ、あなたは?」

 気遣わしげに若君を見上げるガブリエラ様は、数日見ないだけでずいぶんと痩せて見えた。彼女の美しさは損なわれていないものの、こんなに憔悴するなんて、何があったの?

「ありがとう、エラ。ナナのおかげで何ともないよ。それより君のほうが……」

 若君は事情が分かっているのか、ガブリエラ様としばらく無言で見つめ合っていた。

「私なら大丈夫よ。ありがとう」



「テイバーとナナが無事戻ったところで、続きといこうか」

 陛下の言葉に、結局お偉いさんたちは何も言えないまま話が始まる。


「テイバー、半身は?」

 陛下は皆の前でこれを聞こうとしていたらしい。すでに知らせてあるにも関わらず、今気づいたかのような顔をしていた。

「戻りました」

 そう言って若君は指をスッと合わせ分身してみせた。途端に周りから小さなどよめきが走る。

 実は日本では分身ができなかったので心配していたんだけど、それは他の力と同じ作用が改めて働いたせいなのかもしれない。やっとホッとした。


 二人がもう一度一つに戻ると、そこで改めて王太子をどちらにするか議論が始まってしまった。とんでもないことに騎士様の一人が

「ナナは? 分身できるのではないか」

 などと言い出しす。

 なぜか陛下にも若君にも期待されたように見られるけど、生まれついての資質でしょう。分身なんて、できるわけないじゃないですか。

「ほら、指をこう合わせて」

 それでもクララ様にレクチャーされ、すごい緊張感の中、二人になった自分をイメージして手を引いていき、分身――――できません。

 その場が、明らかに落胆の空気に包まれて泣きたくなった。

 陛下は突然変異だもの。同じ血を引いてても無理よ。

 だいたい、女である私が分身出来たところで何か変わったの? 変わらないでしょう?



「ではやはり、テイバーとクララ様が」


 何人かがそう言い始めたとき、若君が待ったをかけた。

「すみません。ナナ、ちょっと」

 そう言うと、恐い顔をした若君に部屋の隅に連れて行かれる。

「何を考えてる?」

「私は、……若君は王になるべきだって考えてます」

 次期領主でなくなった若君はここに入る前、これで婿入りの障害がなくなったなと笑った。でもそれでいいの? 上級仕立て士の夫となって、警邏隊に入って働くことも人々を守ることだ。おじいちゃんみたいなハンターという道もあるかもしれない。でも彼の力なら、もっとたくさんの人を助ける事ができるはずなのだ。私は、自分のせいでその道を閉ざすのは嫌だ。


「それで、俺にクララ様と結婚しろと?」

 真面目に話しているのに、なぜか心底呆れたような顔をされてしまう。

「啓示を受けたクララ様が王に立つのが難しいなら、側でサポートできる優秀な方が必要です。王に匹敵するだけの力を持つ方が。それは今、貴方以外にはいないでしょう? 大切なのは、人々を守ることに力を使うことでしたよね……」

 この国で一番重要なのも、私たちの想いもそうだったはず。


 もし、もしも啓示が現れなかったら。

 もしこのまま、一つ身に戻った若君が来年も優勝していたら。

 そしたら、若君は中継ぎの王になっていた。それなら、私が上級仕立て士のままでも妻になることが出来たのだと、陛下は苦々しい顔で私にそう教えてくれた。王としての使命を全うした後貴族籍になることになり、その妻が分身出来ない単身でも問題がないのだと。

 でも啓示は下った。

 私が天を開いてしまった。


 啓示を受けたのはクララ様。

 女が王に立つ前例がない。それは、子どもを産み育てる時期のデメリットが大きくて、どう予測しなおしても、その間の魔獣討伐と防衛がどうしても甘くなるのだそうだ。

 だから彼女が王になるなら、王に近いものが夫に、――王輩になるか、その夫自身が王になるしかない。


 私は、クララ様にロッドを渡したことを後悔はしていない。

 彼女の守護の力は絶大だ。彼女が王になれば、魔獣による被害は激減すると思う。


「それでナナは? 一人で日本に帰るの?」

 若君の言葉に驚いて、私はあわてて首を振る。

 タキの力をもらったことで、私は一人でも安定して道が開けるようになった。だから若君――テイバー様がいなくても行き来は可能になったのだ。今までの私は、若君が封じたネアーガと同調することで力が安定しただけ。でも若君は一人では壁を越えられないから、私が日本へ戻ってしまえばもう二度と会うことはなくなってしまう。たぶん彼はそのことを言ってるのだろう。


「私はここで、上級仕立て士として、皆さんを最大限に守る努力をします。私の力は、皆を守るために使います。……だから若君も、どうか……」

 私たちの根底にある想いは一緒だったはずだ。

「そう。その決意は変わらない?」

 小首をかしげ、私の目を見る若君の目はどこかホッとしているようで、とても優しい。

「はい」

 だから私は頷く。


 数日だけ叶った初恋は、私を一生支えてくれるだろう。若君に恋をした日から、叶うはずのない恋だって知っていた。


 ねえお母さん。私、恋をしたよ。心の底から好きになったの。運命の人ではなかったかもしれないけれど、後悔はしてない。私にとっては、ただ一人の人だったの。

 愛してるって言ってくれて、本当に嬉しかった。

 手をつないで歩けて幸せだった。

 優しい口づけを絶対忘れない。


 だから私は――――



「そんなの、私が嫌よ!」

 いつのまにかそばに来ていたクララ様が叫んだ。

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