第61話 目覚め*
若君は一つ身に戻ったとたん倒れてしまった!
チビタキも連れてあわてて日本に戻り、そのままおばあちゃんの家に寝かせることにしたんだけど、日本で大きな男性を運ぶのって本当に本当に大変で、おばあちゃんと二人ではどうにもならない。仕方がないのでまずはリビングの床に布団を持って来て寝かせておいて、父の仕事が終わってからこちらに来てもらい、やっと客用寝室に移動させてもらった。
「私がこっちに戻ってきたとき、ウィルフレッド様をお兄の部屋に移動させたのって、おばあちゃんじゃないよね?」
今更そんなことに気づく。
若君はそれでなくても大きいし重い。痩せて見えるけど筋肉で固い体だし、それが意識を失ってるとなると、とんでもなく重いのだ。
「ああ。それは、……テイバー君よ。こっちにあなたたちが戻ってきて、すぐに電話をくれてね。自分がこっちの家にくるから、代わりについててくれって」
多分私の血をぬぐってくれたのも、ベッドに寝かせてくれたのもテイバー様だ。
本当にいつだって、彼は私を助けてくれる。
ぐったりした若君の手を握って額に当てた。
早く目が覚めますように。
父は、生きてるのか心配になるくらい昏々と眠り続ける若君を見て
「十四年分の記憶の共有をしてるんだろうなぁ」
と言った。十四年分って、何日も目が覚めなかったらどうしよう。
「お父さんはタキが人だって知ってたんだね。昨日、ウィルフレッド様を紹介しても驚かなかったのはそのせい?」
「まあな。あいつは日本にすっかりなじんでるから、何も知らないウィルが新鮮でなぁ。面白かったよ。一つになったんじゃ、もうパソコンも敵わなくてつまらんな」
「そんなに馴染んでたのに、私だけ知らなかったなんて。せめて若君の半身だってもっと早く分かってたら、何か変わってたかもしれないのに」
「それは、さすがに知ったのが昨日だからなぁ。まさか菜々に嫁に来いとか言ってるやつが、こいつの半身だなんてわかるわけがないだろ?」
「むぅ。でもなんか、仲間外れっぽくて納得がいかない」
ぷうっと頬を膨らますと、おばあちゃんも父も楽しそうにクスクス笑うから、もっと膨れてしまう。すでに息子みたいなものだって、何それ?
☆
翌日の夕方。
ようやく目が覚めた若君は長い夢を見ていたような顔をしていた。
若君が心配でおばあちゃんの家に泊まった私は、何度も何度も様子を見に行っては、呼吸を確かめたり名前を呼んだりしてほとんど休めなかった。だけど、彼の目が覚めたことで疲れは一気に吹き飛ぶ。
本当によかった。
ちょうどおばあちゃんは買い物に出てるけど、帰ってきたらきっとホッとするだろう。とっても心配してたもの。
「おはようございます」
私が分かりますか?
思わずそう聞きたくなってしまう。
「ナナ?」
でも若君は私を見て、夢を見るようにふんわり笑った。途端に心臓がどきどきと騒ぎだしてうるさい。若君のキラキラが倍増してます。私、ドキドキしすぎて死んじゃうんじゃないかしら。
「はい。えっと、本当に一つ身に戻ったんですよね? どちらかが消えたなんてことはないんですよね?」
だって見た目では区別がつかない。いえ、テイバー様ともウィルフレッド様とも少し違うのは確かなんだけど……。
若君は起き上がって、うんと伸びをする。
「大丈夫だよ。ぼ……俺はテイバーで、ウィルフレッドで、間違いない」
よかった。
「一人称は俺にしたんですか?」
若君が、あわてて言い直したのが可愛い。
「この姿なら、俺のほうがナナもしっくりくるかなって思ったんだけど、変?」
「全然。僕でも俺でも、どちらでもいいと思います」
それよりも、
「今後は若君をどう呼んだらいいですか? テイバー・ウィルフレッド様?」
若君はクスッと笑う。
「好きに呼んでと言いたいけど、確かに長いな。どうしようか」
「うーん、ラミアストル様」
若君の名字だし。
「却下」
「ダメですか。普通だとテイバー様ですよね。でもそれだと」
ウィルフレッド様がいないみたいで嫌だ。
そう思って眉間にしわを寄せると、若君は指で私の眉間のしわをツンツンした。
「ま、二人でゆっくり考えようか」
一つ身になった若君は、ウィルフレッド様よりも髪や目の色がやや濃いし、テイバー様の影響か、少しだけ髪が長くなった。そのせいか、なんだか今までよりも大人っぽくなった印象だ。
身支度を整えた若君にそう言うと、
「そうかな?」
と、首を傾げて鏡を覗き込んでいる。
「髪の色は新鮮かもしれないな」
そう言ってすっと両手で前髪をかき上げると、舞踏会のときの姿を思い出して、なんだかどぎまぎしてしまう。
「記憶の共有はうまくいきましたか?」
「うん。大丈夫。タキの記憶はなかなか面白いよ」
「うう。それは言わないでください」
テイバー様側にどんな記憶があるのか、絶対に聞きたくありません。
「俺は、本当に長いことナナが好きだったんだな。いつもこんな風に触れたかった」
そう言って、すっぽりと私を抱きよせた。
「やっぱり、抱っこはされるよりするほうがいいね」
まるで私が猫になったみたいに撫でながら、すごく楽しそうに若君は笑う。
「どちらの俺も、好きになってくれてありがとう、ナナ」
耳元でささやかれ、真っ赤になりながらコクンと頷く。
結局私もモイラの女なのだ。どんな姿でも、結局一人の人しか好きになってなかったんだもの。
「ねえナナ。約束を覚えてる?」
「約束?」
「優勝したら願いを聞いてってやつ」
「あ、そうでしたね」
「あれ、本当は勝ったらキスしてもらおうと思ってたんだ」
笑いを含んだ目で見られ、赤くなってうつむいてしまう。
「じゃあ、もうしましたよね」
何回も。
「んー、でもそれはお願いしたわけじゃないからノーカン。その代わり別のことを叶えてよ」
「え、ずるいです」
「いいじゃない。特別。ね?」
まあ、うん。特別……なら仕方ないか……。
「お願いってなんですか?」
めちゃくちゃ警戒しながら答えると
「俺が人間になったら、結婚してくれるんでしょ?」
「え、あ、それは」
確かに言ったけど、あれは猫のタキにだし!
でもタキが人間になったのは本当で、でもタキは子猫になったし、えっと、あの、えええ?
「覚えてません!」
真っ赤になってそっぽを向くと、若君は幸せそうに笑い続けた。
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