第43話 模擬戦見学(4)
「こんな感じです」
クララ様を振り返ってそう言うと、彼女は目を真ん丸にして、ごくんと喉を鳴らした。
「ナナは、上級仕立て士、よね?」
「はい」
「分身は」
「できません」
「そう。……ナナが独自の方法で、力の使い方を自ら実験していることはお父様から聞いていたわ。そう、これが、そうなの」
「使えそうですか?」
「ええ。たぶんできると思う。頭の中で、何かがカチッとはまった気がするの。ありがとう、ナナ」
意志の強い目で、クララ様は私に力強く頷いて見せた。
そこでやっと、私はほっと息をつく。少なくとも一人、私を理解し、認めてくれる人はいたわけだ。
「え、やだ、ナナ。泣かないで」
クララ様が慌ててハンカチを差し出した。
いつのまにか私は涙がボロボロこぼれて、止まらなくなっていた。
「すみません。クララ様が、理解してくれたことが嬉しくて。他の誰も分かってくれなかったから」
私が言った事を信じて、素直に使えた人がいる。そのことがこんなにも嬉しいなんて思ってなかった。
「そうなの。……それは、つらかったわね」
そう言って、クララ様がそっと私を抱き寄せる。私に抱かれたままだったタキは少し身じろぎして降りてしまったので、私はそのままクララ様に甘えた。泣くと抱擁なんて、さすが陛下の娘だなとか、私よりも背が高くて本当にお姉さんみたいだなとか考えて、少しおかしくなる。クララ様、まるで葉月みたい。
金縛りにあったように動かなかった騎士様たちが、そばに来た気配がする。
でも私がボロボロ泣いていたせいか、しばらくの間、誰も何も言わなかった。
「今のは一体?」
やがて、抑えた声で誰ががそういうのが聞こえる。思わずビクッとしたものの、その声はどちらかと言えば興奮している気がする。
「ナナ式力強化術、かしらね? ナナより弱いとはいえ、使えたのは私が初めてらしいわよ」
エッヘンと言いたげな声でクララ様が答えるので、その可愛らしさについつい笑ってしまった。
「よかった、ナナ。もう大丈夫?」
「はい。驚かせてしまってすみません」
「とんでもないわ」
そう言ってもう一度ムギュッと私を抱き、頭をなでる。
「ナナってば、もうホントに可愛い。ブライスもチェイスもバカよね。私が男なら、今すぐ求婚するところよ」
「えっと?」
もがいてるのに、なぜか腕から逃れられませんけど……。えーっ?
「もう、クララってば。ナナが困ってるじゃない。そろそろ離してあげなさいよ」
「うーん、だってナナが可愛いんだもの」
ガブリエラ様が呆れたように声をかけるけど、何かのスイッチが入ったかのようなクララ様は私を離してくれない。
私が目を白黒させていると、両頬にチュッチュッと大きな音でキスをされて再びムギュッと抱きしめられてしまった。
えーっと、えーっと、これ、どうしたらいいんですか?
クララ様の向こうに顔を赤くする騎士様たちや、なぜか目を見開いて青くなってる若君が見え、どうにもいたたまれなくなる。
もしかして、クララ様ってそういう?
「ちがうわよ」
心の声が聞こえたのか、クララ様が身を起こす。
「私は可愛い子が好きなだけなの!」
「クララ、それじゃあますます誤解されるってば。悪いわね、ナナ。この子、恋愛面では普通に男性が好きなのよ? だけど、可愛い人や可愛いものを見ると、時々こうなっちゃうのよ。ほらもう離れなさい。ナナ、絶対疲れてるわよ」
ガブリエラ様、美人な上に優しいわ。美人なのによく食べるし、私に嫌な顔したことがないし。
私、ガブリエラ様も好きかもしれない。私の理想を形にしたら、絶対彼女の姿になると思う。
「ああ、そうよね。ごめんなさいね、ナナ。つい興奮しすぎちゃったわ。どうぞ今日は休んで? そして、明日も来てくれる?」
「はい、喜んで」
やっと解放してもらい、私はにっこり笑って見せる。
クララ様は安心したように笑って、表情を引き締めた。
「皆、このことは他言無用! ナナの身体強化を使えるものがこの中に何人いるかはわかりません。不要な混乱を避けるため、絶対に口外しないように!」
「はっ!」
「じゃあね、ナナ。私はさっそく練習してみるわ。ロイ……、いえ、テイバー様がいいわね。テイバー様、ナナを部屋まで送って行ってください。他の者は、実演するので一緒に来て」
クララ様は有無を言わせず私を若君に押し付け、騎士たちやガブリエラ様を引き連れると、他の魔獣の像まで移動していってしまった。
☆
「えっと、ウィルフレッド様。私は一人で戻れるので大丈夫ですよ」
呆然と皆を見送った後、私は隣に立つ若君を見上げた。オリバーさんまで行ってしまうとは思わなかったよ。
下馬戦は明日に延期なのだろうけど、若君もあっちに行ったほうがいいと思う。
「いや、送っていく」
「でも……」
「王女命令だからな」
命令の言葉に、バカみたいに胸の奥がチクリとする。ガブリエラ様を見ても、こちらのことは気にしてないみたいだ。
大人の余裕って感じ。
そんなことを思いつつぐずぐずしていたら、ひょいっと横抱きにされて思わず悲鳴を上げそうになった。
「あの! 私歩けます!」
突然のお姫様抱っこに、体中がかーっと熱くなる。バリア切ったままだった、失敗した。
「暴れると落とすから。タキ、行こう」
がっしりして落とす気配もないのにそう私を脅すと、タキを連れてトコトコ歩き出した。
次から次へと、なんの羞恥プレイですか?
思わず両手で顔を覆う。
「ナナ。泣くほどいや?」
「泣いてません。恥ずかしいだけです」
「ふーん?」
なに、その面白いもの見つけた、みたいな感じ。
「お願いです。おろして」
「嫌だ」
も、やだ。
ズルズルと若君のマントを引っ張って顔を隠す。
「なんだ、それ」
クツクツと面白そうに笑われても、もう知りません!
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