第28話 ひみつ
声のした方へ勢いよく振り返ると、ドアのそばに制服姿の騎士様がトレーを片手に立っていた。
髭を生やした、アラフィフくらいの男性だ。
びっくりした! 会場見学に夢中で、騎士様が入ってきたのに全然気づかなかったわ!
しかも、こんなに立派な騎士様が、わざわざ私に食事を運んでくるなんて!
あまりの想定外のことに、あわててトレーを受け取るため駆け寄る。
でも、なんだろう――この方、どこかで会ったことがある?
「わざわざすみません、ありがとうございます」
そう言って手を伸ばす私を、何か面白そうに笑いを含んだ目でこちらを見つめる騎士様は、さっきの質問の答えを促すように「で?」と言った。
えっと、相性のことだっけ。
「ああ、いえ。なんでもないんです。ただの独り言ですので」
「ふーん」
そう言いながら私の手をかわし、トレーの中身をテーブルに並べてくれる騎士様。とても手際がいいけど、いったい何人分なんだろうという料理の量で唖然としてしまう。
最後に床に二つの食器を置く騎士様。
「そしてタキ、これは君の分だ」
そう言って、タキの頭をするりと撫でた。
うーん、やっぱり会ったことがある気がする。
タキを知ってるなら、うちのお客様? ……いえ、ちがうような気がする。でも、一番騎士様がいたお城の門のところでも、こんな年で、しかもこんな立派なおひげの方はいらっしゃらなかったわ。
小骨がのどに刺さったかのような、どうにももどかしい思いをしていると、騎士様は椅子に腰掛けて
「さて、僕たちも食事にしようか」
と言った。
「えっ? 一緒にですか?」
てっきり、料理を置いてすぐに行ってしまうと思っていた。
見知らぬ人、それも騎士様なら身分の高い人でしょ。そんな方といきなり二人で食事とか、意味がわからないです。
いやでも、これもこの騎士様のお仕事の一つなのかしら? それとも、おばあちゃんの言っていたお行儀の修業の一環?
「そう。一緒にだ。晩餐会に出すものと同じものを用意してもらったんだよ」
彼が手のひらをすっと横に動かして料理を示すのを見て、私は少しだけ「ああ」と残念な気持ちになる。確かに同じメニューだ。昨日食べたし、さっき見たばかりだから間違いない。それでも間近で見る料理は、今見た晩餐会の会場同様、盛り付けの点で本当に本当に残念なのだ!
日本風に言えば、茄子やピーマンの肉詰め。焼き鳥や豆のスープ、肉や魚や野菜を挟んだ数種類のサンドウィッチにサラダと盛りだくさんのメニュー。
ああ勿体ない。こんなにおいしそうなのに!!
でも、そんなことをこの方に言っても仕方のないことなのよね。一人だったら、自分好みに盛り付けしなおしちゃうのにな。
「盛り付け?」
つい口に出していたらしい。
「口に出てました?」
ばつが悪くて上目遣いに騎士様を見ると、彼は不思議そうに首をかしげて私を見た。
「上級仕立て士はこだわりが強い者だと聞くが、君は料理にもこだわりがあるのかい?」
決してとがめているわけではなく、どちらかと言えば面白いことを聞いたというような騎士様に、私は思い切って頷いてみた。
「せっかくおいしそうなので、見た目もおいしそうにしたらいいのに、と思ってしまったんです。すみません」
「なんで謝る? ふーん。見た目もねぇ。日本人は目でも料理を楽しむんだったかな?」
「えっ?」
今、この方日本人って言ったよね。私のことを知ってる人ならヤポネっていうはずなのに。え? どういうこと?
「サラから事情を聴いてるだけだから、安心なさい」
混乱する私に、騎士様は優しく笑いかけた。
「君は、国王の特別許可証を持っているだろう? 細かい事情は、国王など、ごくごく一部の人間が知っているんだ。僕はその一人だよ。ナナ・モイラ。いや、如月菜々のほうがいいかい?」
その言葉に、私は急に力が抜けて、ストンと座り込んでしまう。
――この方、本当に知ってるんだ。
「……祖母以外に、このことを知ってる人がいるとは思っていませんでした」
大体誰が信じるというの? 私が異世界を行き来してるなんて。そんなの、下手したら魔獣が人に化けてるものと思われ、殺される可能性だってあるのだ。言えるわけがない。
なのに……
「一般の人間が他国と行き来するなんて、あまりに特殊事情だからね。個人単位でどうこうできる問題ではなかったんだ。君のおじいさんもあちこち飛び回ってる人だが、それとは文字通り次元が違うだろう。十年以上、君を守るために秘密は守られてきた。君が上級仕立て士になってくれて嬉しいよ。王都へようこそ、ナナ」
「ありが……とう、ございます」
優しいいたわりのある声に、思わず泣きそうになる。
知らなかった……。全然知らなかった。私、こんなにも色々な人に守られてたんだ。
じわっと涙が出そうになった時、騎士様はなぜかこちらに向かって両腕を広げて見せた。
「あの?」
「ほら、泣きたいなら僕の胸を貸してあげようじゃないか!」
…………。
「涙、とまりました」
そうだった。こっちにはこういう人が多いんだったわ!
びっくりして、本当に涙が引っ込んでしまう。感動もどこかに行ってしまった気がするわ。
「それは残念。可愛い娘を慰められる、おいしい役どころが来た! って思ったんだがね」
言ってることとは裏腹に、全然残念そうではない口調ですけど?
むしろ、めちゃくちゃ面白がってませんか?
「ははは。うん、まあ、楽しいのは確かだな。ナナ。よかったら、その盛り付けとかいうものをしてみてくれないか? ここにあるものだけで出来るかい?」
なにか新しい遊びを見つけたかのようなその口調に、私は料理や食器、カトラリー類、それから部屋の中を見回した。
「大したことはできませんよ?」
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