第17話 市場


 城下町は想像をはるかに超えるレベルで賑わっていた。

 昼過ぎなので少しは人が減っているかと期待していたのだけど、かなり甘かったみたいだ。ま、そりゃそうだよね。


「で、どこへ行くかは決めてるの?」

 私の顔を覗き込むように若君が聞いた。

「はい。祖母に一度は市場を見てみたほうがいいと言われてるので、まずはそこに行こうと思ってます」

「了解。そこなら歩いてすぐだよ。こっちにおいで」

 おお、若君ナビ!

 今からメモを確認しようと思っていたので助かります。


 若君についていくと、十分も歩かないうちに市場につく。

 まるでお祭りのように出店がたくさんあって、とても活気があり、歩いているだけでもとても楽しい。カラフルな町の中に、出店にはためく旗やひさしの布がさらに彩を添えていて、食べ物や小物など、ありとあらゆるものが売られているように見える。もちろん品物も多いけど人の通行量もすごくて、誰かにぶつからないよう歩くのが大変なくらいだ。


 そんな中を、若君は私の腰に手を回すようにして、ぴったりと隣を歩いている。もちろん私に触れてはいない。でも、だからといって歩きにくいこともなく、むしろ舗装の悪いところとかさり気なく避けてくれたり、人にぶつからないよう誘導してくれる。そのさりげなくもしっかりと保護してくれている感じに、私は思わず感動をしてしまった。

 さすが我が心の弟。護衛としても優秀!――なんてね。

 口には出しませんよ、もちろん。


 タキなんて、今は若君の肩にしっかり収まっていて、私の肩に乗っているよりも居心地がよさそうだ。

 まあ大人の男の人の肩だし、私とは肩とは幅も厚みも全然違うでしょう。

 今まで気にしたこともなかったけれど、こうして側にいると、思っていたよりも彼がたくましいことに気づき、さすが次期領主だなと思う。

 おかげでタキが踏まれる心配をせずに済むのでとてもありがたい。


「タキ、いい場所見つけてよかったね」

 父や兄の肩には乗ったことがないので、よっぽど居心地がいいのだろう。

 若君もなんだか楽しそうだ。


 それにしても若君ってば、黒猫を肩に乗せてるのに色っぽいというか、様になるというか。その姿がおかしいやら感心するやらで、私は少し反応に困ってしまった。いったいどこのファッションモデルかなって感じです。


 ただひとつ困ったことは、彼がとっても見目麗しい男性なので、女の人たちの視線がすごいことだったりする。それはもう、めちゃくちゃすごい!

 若君が目立つのは知ってはいたけれど、このハートを目一杯飛ばされているような中で、よく何も感じてないような涼しい顔で歩けるなぁと感心してしまう。


 ほら、あっちで色っぽいまなざしのお姉さんとか、そっちではウインクしている可愛い女の子もいますよ。出店のおばあちゃんまで、頬を染めてうっとりしてるんですけど!


 私のほうが、女の人たちの視線に何だかどぎまぎして困ってしまう。


 しかも、さらにすごいところは、隣にいる私には視線が全然来ないところなのよ。これってかなりすごくない?

 勘違いでお姉さま方に睨まれたら損だな、なんて心配していたんだけど、それはまったくの取り越し苦労だった。女の人からは私は完全にモブ! もしかしたら透明人間みたいなものなのかも。その状況がちょっと面白い。

 それくらい、彼しか目に入らなくなってるんだろうね。


 私からは若君がそんな風に見えたことがないので、とてもとても興味深く思えて、他の女の人たちからは若君がどう見えているのか再現VTRでも作って見せてもらいたいくらい。どう見えているのか、今度誰かに聞いてみようかしら?


 とはいえこんな状況、他人だから面白がれるけれど、自分が常にこの状態だったらぜったい疲れちゃうだろうな。もしかしたら、家から出たくなくなるかもしれない。

 そう考えると若君、すごいわ。


 そんなことをちらりと考えつつも、様々な布や雑貨を夢中で見ていると、どこからか美味しそうな匂いがしてきた。

「ナナ、昼はもう食べた? このへんで何か食べようか?」

 若君の言葉に、そうだ、ご飯を食べようと思って来たんだと思い出す。色々なことに夢中になってて、空腹だったことをすっかり忘れていたわ。

「そうですね。ついでに少し休みましょうか」

 買い物もないのに私に付き合っている若君は退屈だろう。

 ほとんど話し相手もしてないし。

 勝手についてこられたとはいえ、助けてもらってるのは事実。ここは何かごちそうすべきよね。

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