第11話 謁見

 この国の上級仕立て士は少ない。今は、王都に招かれるレベルで言うと、祖母を含めて三人しかいないのだという。

 基本世襲制とは言っても、能力が確実に受け継がれるわけではないのが理由らしい。たまに全然関係ないところから現れることもあるらしいんだけど、本人や周りの人でも、その才能に気付くのはとても難しいのだそうだ。

 生まれ持った才能ではじめから職業が決まるのも、現代日本人感覚からすると微妙な気持ちはある。けれど必要なものが受け継がれないというのも大変なんだろうなぁ。


 話がそれたけど、今回も三人の上級仕立て士が王都に集まるはず。なので、王様の謁見も一緒なのかな、なんて思っていたんだけど、応接間に通されたら誰もいなかった。

 うちが一番乗りだったのか、それとも……?


「ではこちらで少々お待ちください」


 ここまで案内してくれた侍女にそう言われ、私たちは入り口付近で立ったまま待つ。部屋の中はそれほど広くはなくて、王様用の椅子と、小さなテーブル、それから客用の椅子が二つあるだけだ。窓からの光と壁を飾る大きなタペストリーで、不思議と落ち着く空間になっている。


 程なく、奥のドアから立派な体躯たいくの男性が、なぜか一人で入ってきた。年齢は父よりも少し上くらいだろうか。姿絵で見た通りの渋いオジサマ。それが、ゲシュティの国王バーナード陛下その人だった。


 私と祖母は、礼にならって頭を下げる。指の先まで神経を行き渡らせ、頭の角度まで徹底的に叩き込まれたので、本番でもきちんとできたことに内心安堵する。


「顔を上げなさい。サラ、ようやく秘蔵っ子を連れてきたな」

 陛下は笑いを含んだような、からかうような口調でそう言うと、ツカツカとこちらに歩いてくるのでギョッとする。


 えっ? えっ? ちょっと待って。

 王様が近いんですけど。

 謁見って、こんな手が届きそうな距離なの? というか、偉い人が向こうから来るってありなの?


 てっきり陛下が座った後に、私たちも椅子のほうに移動するものだと思っていた私は、想定外のことにドギマギしてしまうが、頑張ってすました顔を作る。


 ほら私、えっと、こういう時は慣れてますよって顔で微笑むんだ。


「ナナだね?」

 目の前でそう問いかける陛下に、私はもう一度礼をして

「ナナ・モイラです。陛下」

 と答えた。

 よし、緊張はしてるけど、声は震えなかったぞ。

「さすがサラの孫だな。なかなかの美人じゃないか」


 ニコッと笑った陛下はずいぶんと若々しくて、その人懐こい雰囲気から偉い人って感じもしなくてますます戸惑う。しかも、この国の王様ってお世辞言うんだぁ……。


「恐れ入ります、陛下」

 そう答えたおばあちゃんの声が、少しだけ呆れているように聞こえるのは気のせいかしらね。

「うむ。私があと二十年若かったら恋人に立候補するところだがね」

 にこやかにそう言う王様の言葉に、一瞬目を見開いてしまう。


 えーっと?

 もしや、この国の王侯貴族は、女の子を見たら口説くのが礼儀や文化だった?

 若君のいつものあれも、もしや貴族のたしなみってやつだったんですか?

 でも今までこんな感じにしてくるのは、この二人だけだったような……?

 ああそうか。私が見てないところで、ほかの女の子が口説かれてたのね。


「陛下、お戯れが過ぎますわ」

 曖昧に微笑む私をかばうように、にっこり笑ったおばあちゃんが間に入ってくれて、ホッとする。


「いやいや、半分は本気だよ、サラ。貴重な人材だから、嫁にもらえないことはわかっているがね」

 自分の顎を撫でながら私に笑いかける陛下に、これはどうしたらよいものかと悩んでしまう。嫁って……。


 もしもし王様? お妃さま、いらっしゃいますよね?

 すんごい美人のシエラ様が。

 ここには、側室とかの制度はなかったはずだし。


 ああでも、上流社会では女性は口説くのが礼儀、みたいな文化だとしたら面倒だな。若君相手みたいに、ビシビシ言うわけにはいかないだろうし(いや、あれも本当はまずいんだけど)。

 王様相手じゃ、どうあしらえばマナー違反にならないかなんて教えられてないよ。困ったな。


「息子の誰かを、ナナの婿にするという手もあるな」

「へ?」

 いいアイデアみたいな陛下の言葉に、思わず変な声が漏れて、慌てて手で口を押える。

 ちょっと待って。王様がそういうことを言っちゃうって、私、勝手に結婚相手を決められちゃう?

 王子様という存在を間近で見られるのは楽しみだったけど、婿とかなんとかはなしだよ。だいたい王族が一平民の婿ってありえないでしょー!

 ――ってことは、なんだ、冗談か。冗談だよね? そうに違いない。


 瞬間的に頭でそう結論付けて、そっとおばあちゃんの陰に隠れる。

「陛下、孫で遊ばないでくださいな」

 ふうっと息をつきながらおばあちゃんがそういうけど、大丈夫なの? と一瞬心配になる。だって、まるで親戚の子を叱ってるみたいな口調なんだもの。

 おばあちゃん大丈夫?

 やっぱり私が、自分で断るなりなんなりしたほうがいい?


 焦りながら祖母の服の裾を引っ張ると、陛下は大笑いして

「悪かった。そう怒るな、サラ。まあ座りなさい」

 と、自らも椅子へと移動してゆったりと腰かけたのだ。


 とりあえず、おばあちゃんは王様とも親しいのかもしれないと、心のメモ帳にメモしておく。

 この謁見、かなり心臓に悪いです。

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