第10話 お城へ

「おばあちゃん、王都の工房ってどのあたりにあるの?」

 ふと、王都の工房の場所を知らなかったことを思い出し、祖母にそう尋ねた。


「あら、言ってなかったかしら? 城の中よ」

「えっ? お城の中なの?」

 びっくり。てっきり王都にも工房があるんだと思ってたよ。


「お城に住む日が来るなんて、夢にも思わなかったね! タキ」

 私は手に持っていた籠の中を覗き込んで、タキにそう言った。

 タキは賢い子だから、籠に入れなくてもはぐれたりはしないと思うんだけど、人込みでつぶされると困る。なので今回は籠に入ってもらうことにしたのだ。



 お城は小さな山、いや高さ的には丘かな。まあ、そんな感じの小高いところにある。今は城下町で、下からお城を見上げてるんだけど、それでもかなりの迫力!


 街は、その斜面から平地にかけて貼り付くように建物が建っている。

 ここからから見たお城も、街の建物同様パステルカラーで可愛い。多分、お城から街を見下ろした光景も可愛いだろうと思うと楽しみになる。お城に展望台みたいなところがあると嬉しいんだけど。


 すっかり観光気分でいた私に、おばあちゃんは少しまじめな顔で落ち着くようにたしなめた。

「ナナ。ここへはあなたも、上級仕立て士の一人として来てるの。それを忘れてはだめ」

 瞬間、冷水をかけられたような気持ちになり、シャンと背を伸ばす。


 そうだ。私は観光できているわけでも、普通の仕立て士としているわけでもないのだ。立場を忘れてはいけない。


 上級仕立て士は普通の服を仕立てる仕立て士とは違い、身につけるものによって相手の能力を引き出す、そんな特別な服を作るプロ。相手の力を引き出すための相性も当然あるんだけど、誰もがなれるものではないのだ。

 如月菜々の感覚で言えば「魔法具」を作る人って感じだろうか。魔力のようなものは王族など限られた人が持っているんだけど、それは簡単に使えるものではなくて、自分にピッタリあった服や装飾品によって引き出せるものらしい。

 それも、出来や相性に大きく左右されるから、自分にピッタリの上級仕立て士を手に入れることは、王侯貴族の夢だって話もあるくらいなのだ。


 だからこそ作り手は貴重な存在で、自分がその後継者だってことを忘れずに振舞わなくてはいけない。今の私は、如月菜々ではなくて、上級仕立て士見習いのナナ・モイラなんだから。


 ついついはしゃいでしまったことを、心の底から反省し、

「ごめんなさい。以後気を付けます」

 と神妙に答えた。

 表情を引き締めた私に、サリーおばあちゃんも、一緒に来ている造形士のカトリーナも微笑んで許してくれた。


 ちなみに造形士カトリーナは、五十代前半の大ベテランの女性。

 靴もベルトも、彼女の手にかかれば本当に素晴らしいものが仕上がるのよ。ちなみに、彼女の息子のトマスも造形士。彼はこちらに工房を持っていて、今回のスタッフの一人になる予定なの。


  ☆


 お城へ行くには長い長い坂がある。

 そこまではどう行くのか尋ねようとしたとき、騎士の集団が迎えに来てビックリした。


 冷静に考えれば当たり前だってわかるのよ。サリーおばあちゃんは、王家にとっても重要人物だって知ってるし。

 でも、頭で分かってるのと実感するのって、天地の差があると思う。

 本当は家まで迎えに来るはずのところを、おばあちゃんの希望で王都からってことにしているんだって。


 騎士と言っても、仰々しい鎧などではなく、最低限の武装と凛々しい制服姿だ。馬に乗ってきた彼らがひらりと降り立ち、私たちに向かって優雅に一礼する様は、なんともゾクゾクするほど優美だった。しかもみんなかっこいい男性ばかりで感動する。王都の騎士って顔の選考基準があるのかと思うくらい、皆さんそれぞれイケメンなんだもの。

 とくにマントがいいわぁ。かっこいい男性にマント。

 今まで見る機会がなかったけど、考えていたよりも生地が厚くて重厚な感じがする。後から聞いた話によると、今は夏用で生地は薄めなのだそうだ。冬用になるともっと厚い生地になるらしい。

 いつか作る機会があるかな――と、頭の中で色々なデザインや色をシミュレーションしてしまう。



 そして私達はおとぎ話のような、シンプルだけど乗り心地のよい馬車に乗ってお城に入ったのだった。


  ☆


 お城というものが自分が想像してたものよりも、ずーっとずーっと大きいのには、さらに驚いた。

 なんだか今日は驚いてばかりのような気がする。

 お城って、王様たちの住むところがドンッとあるイメージだったのね。で、広いお庭とか、もしかしたら臣下の方用の建物がちょこちょこっとある感じかなぁって。


 でも現実は、とんでもない広さだったわ!

 千葉の夢の国と同じくらいの広さがある。測ってはいないけど、絶対それくらいは余裕である。

 お城の中には王族の人の住まう王宮はもちろん、仕事のための建物や色々な競技場もあるし、寝泊まりする人のための施設もたくさんあったのだ。

 下から見えていたのは、ほぼ塀にあたるものだったのも衝撃。塀と言っても門から見た限り奥行きがすごいんだけど、塀の中にもいくつかの施設も入っているとのことで納得。


 城内見取り図みたいなものってあるのかしら? もしくはもしくはインフォメーション係の人とか。迷子になりそうで、ちょっと、いやかなり不安だ。



 私たちは部屋に荷物を置く間もなく(というか、使用人の方に荷物を即預ける感じで)、すぐ国王に会うことになってしまった。


「おばあちゃんだけじゃなくて?」

 こそこそっと聞くと、私が初登城だから私自身も顔を出して挨拶する必要があるらしい。

 事前に言ってほしかった。さすがに緊張する。


 タキをカトリーナに預けると、私の顔があまりにもこわばっていたのか

「しっかりね」

 とバシッと背中をたたかれてしまった。

 喝ありがとうカトリーナ。でもちょっと痛かったわ。

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