【完結】ヒーローがいなくなったあとの世界で

東谷尽勇

プロローグ

プロローグ

 戦後間もない頃、この国の人々は絶望していた。

 敗戦し、生活が苦しかったから絶望していたわけではない。

 いや、それが原因で絶望する人も少しはいただろう。

 だが、それ以上に人々が絶望する原因が当時のこの国にはあったのだ。


 First intellectual life form threatening human society(人間社会を脅かす最初の知的生命体)……通称Fithsフィズ。人間以外で、初めて確認された知的生命体である。

 同時に、近代社会を形成した人間にとって初めての、明確な天敵でもあった。


 フィズは知的生命体であるが、その姿は異形なるもの。端的に説明するならば、怪物である。

 そんなフィズが、戦後間もない頃、突如としてこの国に姿を現し、殺戮の限りを尽くしたのだ。

 無論、突如として現れたフィズに対処しようと国は戦ったが、敗戦し、軍自体が解体されていた状況でまともに戦うことなどできるはずもなかった。

 また、進駐軍もフィズと戦ったが、戦果は思わしいものではなく、軍人、ならびに一般市民に多大なる犠牲を出すこととなった。

 戦争が終わり、負けたとはいえもう命を落とすことはないだろうと安堵していた人々にとって、フィズの存在はどれほどの恐怖だったのだろうか。

 さらに一部のフィズは人間に姿を変えることができ、人々は自分以外の人間を信用できなくなって常に他人を疑って生活を送ることになってしまう。


 兵器からフィズへ。

 終戦を境に人を殺す存在は変わり、常に他人を疑って生活を送っていた人々は永遠に安息の時間は来ないのだと悟り、一人、また一人と絶望していった。

 誰もが思った。この国に、もう未来はない、と。


 しかしある日、人々の前に希望が現れる。

 希望の名は、ヒーロー。フィズと戦い、人々を助ける存在。

 ヒーローはフィズと日々戦い続けた。

 一体、また一体とフィズが倒されるごとに一人、また一人と人々に笑顔が戻っていった。

 そして、人々はヒーローに後押しされる形で敗戦から、フィズという存在から立ち直っていったのだ。


 私は…………いや、今を生きる多くの人々はこう思っていることだろう。

 今日における国の発展は、ヒーローなくしてはありえなかった、と。

 本書は、そんなヒーローの存在を後世に語り継ぐために書き記した。

 今、この一文を読んでいるあなた。ぜひとも本書を最後まで読んでもらいたい。

 そして、読み終えてどうかこのことだけは忘れないでほしい。

 かつて、ヒーローはたしかに存在したのだと。




「…………はい、以上が『日本とヒーロー』の序文だ。君達からしたら古い本だが、読んだことがある人は多いだろう。教科書に採用されていたり、夏休みの読書感想文の本に選ばれていたりするからね。あくまでも先生の個人的見解だが、夏目漱石の『こゝろ』の次くらいには日本人に読まれている本だと思っている。この本がそれほどまでに多くの人々に読まれているのは、戦後間もない頃の出来事だったため、ヒーローやフィズを記録した公的資料が少なかったにも関わらず、ヒーローについて知りたいならまずはこの本を読むべきだと言われるほどの史実の情報が集まった本だからだ。さて、先生がこの本を紹介したのは授業がいよいよ第二次世界大戦後に入ることが理由の一つとしてあるが、もう一つ、大きな理由がある。今年も、あの日が近づいてきたからだ」


 季節は冬。高校の幾多の授業が教科書の終盤に入る中、日本史の授業は第二次世界大戦を終えてもまだ教科書のページ数がニ十ページ以上も残っていた。

 そして、その残りのページの内容は、ある一つの出来事が大半を占めていた。


 かつて、この国には人間以外で初めて確認された知的生命体であり、人間の天敵であるフィズと戦うヒーローがいた。


 ヒーローとフィズが現れた理由は今でも判明していないが、ヒーローとフィズがいて、人々を守るためにヒーローが戦っていたことは紛れもない事実であり、今を生きる日本人なら誰もが知っている当たり前の常識であった。

 なお、そのことが当たり前の常識になっているのは、史実として学校で学ぶ以外にもヒーローとフィズを題材にした番組が毎年多く放送され、多くの日本人がそういった番組を通してヒーローとフィズに触れてきたという理由があるからだ。


 さて、この時期はそんなヒーローとフィズを題材にした番組が一年で一番多く放送される時期でもある。

 なぜこの時期にヒーローとフィズを題材にした番組が一年で一番多く放送されるのか。

 それは、もうすぐある特別な一日がやってくるからだ。


 英雄ヒーローの日。毎年二月十日にやってくる国民の祝日。


 この祝日は、ヒーローを称えるためにある日であり、二月十日が英雄の日となったのは二月十日がヒーローが最後に目撃された日だからである。

 フィズと戦っていたヒーローは二月十日を境に姿を見せなくなる。

 人々はヒーローが死んでしまったのではと考え、恐怖したが、時間が経つにつれ、フィズも姿を現さなくなったことに気付いた。

 そして、人々はヒーローがフィズを全て倒したのだと理解した。

 それからは国中がお祭り騒ぎであった。国の歴史上、もっとも国中が賑やかになったと言われるほど当時の人々は朝から晩まではしゃいだのだ。

 そんな人々に押される形で当時の政府はヒーローが最後に目撃された二月十日を英雄の日として国民の祝日に制定したのである。


「英雄の日。それがもうすぐやってくる。この国を救った一人のヒーローを称えるための祝日だ。今日からの日本史の授業ではそんなヒーローについて学ぶ。君達が今、こうして平和に暮らせているのはヒーローのおかげなのだと理解し、ぜひとも真面目に授業を受けてほしい」


 日本史の教師は熱心に生徒達にヒーローについて話す。

 日本史の教師は実際にヒーローを見た世代ではないが、自分の親にヒーローについて色々と教えられ、ヒーローに対して強い憧れを持っていた。だからこそ、熱心に話しているのである。

 しかし、日本史の教師が熱心に話すその言葉は、授業を受ける生徒達には響いていなかった。


 なぜ、生徒達にはヒーローの話が響かないのか。それは、生徒達にとってヒーローとは日本史で学ぶ史実という過去でしかないからだ。


 生徒達にとってヒーローは身近に感じる話ではない、というわけではない。

 ヒーローとフィズを題材にした番組はノンフィクションドラマ以外にも、女性や子供向けに特化したオリジナル番組など、幅広く作られている。

 そしてその派生であるグッズも日用品やお菓子、おもちゃに小物、果てにはコスプレ衣装やら効果は他の市販製品と変わらないのにこれを飲めばあなたもヒーローに、というキャッチコピーがついたサプリメントまで出回っている。

 そのため生徒達は多くの日本人と同じ様に幼い頃から番組やグッズを通してヒーローという存在に触れてきた。

 英雄の日には、翌日の建国記念の日と合わせて連休になることもあり、お祭り騒ぎだってする。

 そういった部分だけを見ると、ヒーローという過去はたしかに生徒達の中にあるが、それだけなのである。


 そもそも、生徒達の世代からしてみればヒーローという存在は生徒達の祖父、祖母の世代の話なのだ。

 そして、生徒達にヒーローのことを教えるのは祖父、祖母からヒーローのことを教えられ成長した生徒達の親世代であり、その親世代がヒーローがいた時代を生きていたわけではない。

 祖父、祖母から数えて三世代目の生徒達にとってヒーローとは、過去に実際にいた存在ではあるが、テレビや映画、小説にマンガといったものでしか見たことのない、非現実的存在でもあるのだ。


 おそらく、生徒達の次の世代になったらそれがより顕著になるだろう。

 しかし、歴史とはそういうものだ。

 どれだけその時代を生きた人間や次の世代が熱心に教えようとも、次の次の世代からは現実だった非現実になってしまうのである。


「それでは教科書を進めていく」


 日本史の教師は今までの授業の中で一番のやる気を見せながら授業を進めようとしているが、多くの生徒達は既に興味を失っていた。

 そんな生徒達の中に、一人の少年がいた。

 その少年は多くの生徒達と同じ様に授業に興味をなくし、自分の左隣の席に視線を移していた。


 少年の左隣に座っていたのは、通りすがる全ての人が目を向けてしまう長くて艶のある黒髪と透き通るような白い肌を持つ、有り体に言ってしまえば、学校一の美女に分類されるクラスメートの少女だった。


 少年は授業中、よく少女を見ていた。

 学校一の美女だから、といった理由も少年にはあるのだが、実は少年は少女と個人的に親しかった。つまり、友人同士だったのである。

 しかも少女とは同じクラスになってから席が隣同士になることが何度もあり、会話をする機会は他の友人と比べても非常に多かった。


 少年が誰かから少女のことは好きか、と聞かれたら少年は恋愛感情はともかくとして、好きだとは答えるだろう。

 思春期の男として、学校一の美女と友人同士で、話す機会も多ければ少年がそう思うのは当然かもしれないが。

 しかし、それが少年が少女を好きだと答える決定的な理由ではない。少年が少女を好きだと答える決定的な理由は、少年が少女のある部分に惹かれているからだ。


 ある部分。それは、目だ。


 少女の目は、何か使命感を持った力強さを感じさせると同時に、どこか優しさを感じさせる柔らかさがある、矛盾した目だった。

 少年は、その矛盾している少女の目に惹かれているのだ。

 そんな、少年が惹かれる目を持つ少女の名は――――――――

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