第154話 ナカモト・スクール

9月24日

朝食をしっかりと食べる。豆板醤に漬けた鶏胸肉のステーキを2枚と目玉焼き2個で腹いっぱいにご飯を食べた。


午前9時。庭から飛び立つ。高度12000メートルまで上昇して80%の力で飛ぶ。全力で飛ばなければ25分は耐えられる。一度だけ3000メートルに高度を落とし身体に酸素を取り入れる。右下の遥か遠くに宮古島が見える。再度12000メートルへ上昇。20分で高度を落とす。セブ島が見えて来る。一気にセブまでの飛行に成功だ。自宅の裏庭に着地して座りこむ。何とか飛行服を脱ぎ、建物の表側に廻る。ガレージの横で洗濯していた26歳の姉が俺を見つけて手を振る。イザベルは財団の事務所に行った後だった。

 姉が洗濯を中断して俺をレストランの建物に連れて行く。豚肉と卵を焼いてくれた。パサパサのご飯にスープを掛けて食べる。姉が笑って見ている。

 妹も財団で仕事をしていると言う。コーヒーを飲んで一休みすると、姉が事務所までバイクで送ってくれる。弟の新車のヤマハだ。兄弟は1台のバイクに2人乗りで学校と建築現場に行っていると言う。家にいる家族にも足が無いと不便なのだ。

 バイクを運転する姉の後ろで腰に手を廻す。子供を2人生んでいるが身体の線は崩れていない。妹の方が美人だが、姉も魅力的な顔立ちをしている。

 遠慮して腰に廻している俺の手を取りシッカリ掴んでと言う。遠慮なくオッパイを掴むと笑い出す。陽気な女性だ。15分で事務所に着き、俺を下ろして姉は帰って行く。

 事務所に入る。机が6台も置かれ10人以上が働いている。イザベルは奥に置かれた簡単な応接セットで2人の男性を相手に話し中だ。顔見知りの女性スタッフが俺に椅子を勧めてくれた。イザベルは俺に気が付いていないので仕事ぶりを眺める。妹がコーヒーを持ってきてくれ『おかえりなさい』と言う。

 イザベルはソファーに浅く腰掛け、テーブルの書類を捲りながら正面の2人と話をしている。白のポロシャツとジーパン。長い黒髪を後ろで束ねている。薄化粧の顔が真剣だ。今すぐ抱きしめたい。

 15分程で話が終わったようで笑顔で立ち上がる。振り返って俺を見つけ、小走りでやって来て俺に抱き着く。

「いつ来たの?」

「ちょっと前だよ。お前が仕事してるのを見てた」

「声掛けてくれればいいのに・・・会いたかった」

 さらにきつく抱きしめて来る。 横で咳払いが聞こえる。イザベルが相手をしていた2人の男達を俺に紹介する。セブシティの役所から来た二人だった。イザベルがナカモト財団の中本だと俺を紹介する。2人と握手してソファーに戻った。4人で座る。隣のイザベルが話の内容を俺に説明する。 

 小学校新設の話だった。街の小学校が子供の人数増加で手狭になっている。今現在は2部制を取って、朝6時からと午後1時からのクラスで、6時間ずつ生徒を交代して勉強させている。最初のクラスの時間が早すぎるのと、後のクラスが終わるのが夜7時というのも遅すぎる。又、学校に13時間もいなければならない教師の負担も大きく、教師の離職が目立っている。今現在の学校を通常の1部制にして、他にもう一つの小学校を作れば問題は解消する。授業時間も長く取れ、生徒の学力が上がり、職員にとっても働きやすい職場になる。その問題にイザベルが目を付けて、町役場に校舎の増築を提案したところ、セブシティの役所から学校新設の話が来ているのだった。

 公立の学校なので、職員の給料や基本的な経費は国の税金で出る。土地は自治体名義の場所を使える。校舎建築と設備の金を全部出して貰えないかと言う話だった。その場合は学校に『NAKAMOTO』の名前が付くと言われた。

 1年生から6年生までを2クラスずつで12の教室と職員室と言う事だった。今までのフィリピンの教育システムは小学校6年間の後はすぐに4年間の高校で、その後に4年間の大学となっていたが、システムが徐々に変わってきており、大学の前に12年の教育を受けるようになってきている。

小学校の前に1年のキンダーも義務になっている。

 俺が提案する。12年間の教育を受けられる学校を作る。1学年2クラスで24の教室。

音楽室や、化学の実験室等の専門教育室を4部屋。職員室と事務室で全部で30室。10年生以上の高学年が低学年の勉強を手伝うシステムも作る。教える事によって、教える側も、より深く学べる。教師になりたいという子供も増えるので、教師不足も補える。

 役場からの2人の男は顔を輝かせて『ワンダフル』と言ってくれたがイザベルが首を振っている。俺の顔を見つめて言う。

「12の教室でも建築費に悩んでるんです・・・理想は分かるけど」

「いくら必要なんだ?」

「6年生までの12教室と職員室で、平屋建てで1000万ペソも掛かるんです。建物だけです。設備は入っていません。設備まで入れると1100万ペソです!」

「土地は?」

 役人が答える。

「街の外れに2ヘクタールの公共の土地が空いています」

「2万平米か。十分だな。30の部屋を作るとなると単純に2.5倍と考えて2500万ペソで設備を整えて3000万ペソか」

 イザベルが『無理でしょ』というような顔で俺を見る。日本円で6600万円だ。どんなに掛かっても1億円有れば大丈夫だろう。 

 役人に向かって言う。

「やろう、12年制の学校。公立としての政府の許可は大丈夫なんですね?」

「勿論です。その為に私達がお願いに来ているくらいですから」

 立ち上がって握手する。イザベルも立ち上がり握手に加わるが俺を見て呆れている。

 役人は何度も礼を言って帰って行った。早速手続きに動くと言う。

「トール・・・お金はどうするの?」

「建築費は、日本でNGOを作って金を集めて有るから、すぐにこっちの口座に送らせるよ・・・心配するな。 それと昨日、財団の口座に940万ペソ送っておいたから、財団を作った時のお金は、そこから戻しておいて。あれはイザベルの金だから」

 NPOフォー・チルドレンの代表番号に電話し、フィリピンの中本財団に1億円の送金を指示した。電話を切り、イザベルにOKサインを出す。抱き着いてキスしてくる。

 大声で周りのスタッフに向かって叫んだ。

「新しい学校を作るぞ! 忙しくなるけど、みんな頑張ってくれ!」

全員が拍手し、歓声が上がる。 イザベルと外に出て手を繋いで港に歩く。

「日本でNGO(ノー・ガバメント・オーガニゼーション)作ったの?」

「ああ。総理大臣も応援してくれてる」

「凄いね・・・トールはどんどん忙しくなるね」

「俺達の子供の未来の為でもある」

微笑むイザベルのお腹に手を当てる。


 防波堤に座り話をする。イザベルの家族の話。オヤジは相変わらず毎日海に出ている。兄弟は電気工事の学校で学んだ事を孤児院の建築に役立てている。新設の学校建築の電気工事に入る頃には電気工事士の資格を取っているだろう。お母さんと姉は子供達の面倒とレストランの切り盛りで忙しさを楽しんでいる。妹はイザベルと一緒に財団で働いている。

 幸せだと言い俺の肩に頭を寄せる。腹が減って来た。妹を連れて近所のレストランで昼食を食べる。食後、銀行に行き残高を確認してイザベルが驚く。

「トール・・・47ミリオン入ってる。学校建築に掛かるのは30ミリオンなのに」

「必要な物が次々に出て来るからな。金は邪魔にならないだろ」


 事務所に戻って従業員の様子を見る。みんな忙しく動いている。ノートの束を駐車場に置いてあるスズキの軽トラックに積み込む者。ソファーで奨学金の申請に来た学生の相手をする者。米を秤で量っている者もいる。子供がいる貧しい家庭への配給だと言う。スタッフ全員が『ナカモト・ファウンデーション』と英語で書かれた黄色のTシャツを着ている。イザベルも仕事に戻り、パソコンを操作している女性従業員にノートを見ながら支持を与える。

 イザベルに金を貰って外に出た。ビールを買って来て、日陰になった駐車場でハイラックスの荷台に乗ってビールを飲む。事務所から出て来てバイクで出掛けようとする男性スタッフを捕まえ、家まで乗せて行ってもらう。


 オヤジが網を仕掛けに行くところだった。ボートに乗って一緒に海に出る。網を仕掛け終わって、少し沖に出てもらい、袋状の網を持って潜る。夕方のいい時間だ。水深20メートル程で目を凝らす。5匹のマグロの群れが俺の前を通り過ぎようとする。先頭の1メートル程のマグロを念力で引き寄せた。脇に抱えると暴れだす。目の後ろに光の玉。大人しくなったマグロを網に入れる。更に20センチ程の魚を10匹網に入れてボートに戻る。マグロは50キロ以上の重さが有り、ボートに引き上げるオヤジが嬉しそうだ。


 庭でマグロの刺身を肴にオヤジとビールを飲む。オヤジはマグロを酢と塩で和えたキニラウにして食べている。

 マグロの頭は、お母さんが網に載せてバーベキューだ。子供達がマグロの頭が焼けるのを待っている。

 西の空がオレンジ色に染まる。お姉さんが俺の耳元で小声で言う。

『私のオッパイの方がイザベルより大きいでしょ』

 笑いながら歩いて行く。陽気な家族だ。オヤジが刺身を口に入れ顔をしかめる。生はダメなようだ。

 イザベルが妹とハイラックスで帰ってくる。俺を後ろから抱きしめてキスをする。

 兄弟が孤児院の建築現場から帰って来て家族そろって庭で夕食だ。母親とお姉さんはレストランの準備で忙しい。イザベルにメイドを雇えばいいと言うと、みんな動くのが好きだからメイドは要らないと言われる。運動になるからいいのか。


9月25日

 午後1時。学校予定地にイザベルとセブシティから来た役人4人と立つ。役人が持っている書類にイザベルがサインし、控えを受け取っていた。学校の認可と建築の仮の許可が出た。後は図面を提出して正式な許可が出ればOKだ。消防の許可は建物が出来てからだ。

イザベルが持つ控えの書類を見ると『ナカモト・スクール』という名前で許可が出ていた。

 可愛い子は優遇して大学まで進ませてやりたいな。俺が講師で夜の大学。イザベルに耳を引っ張られ、ハイラックスに乗せられた。楽しい考えはすぐに中断される。


大掛かりな工事なのでセブシティのゼネコンを使う。以前、イザベルがCIAで働いていた時に貸しがあるゼネコンで設計・施工を任せる。


 午後5時。セブシティ。ゼネコンの社長を訪ねて事務所に行く。イザベルとCIAには大きな借りがあるようで俺達の訪問を歓迎してくれた。

 中国人とフィリピン人のハーフだが、中国の全てを嫌っている男だ。学校建設の話をすると、他の工事を後回しにして協力すると言った。今現在、マクタン島の港の改修工事を請け負っているが、それを下請けに廻して明日にでも設計士を連れて現場に来ると言う。参考に他の学校の見取り図も持ってきてくれる。

 夕食は社長の家に招待された。中華料理が並ぶ中に刺身がある。日本人の俺の事を思って用意してくれたようだ。豪華な食事を振舞ってくれた。帰り際に車庫を見ると、新しいメルセデスのSクラスが置いてある。フィリピンで買うと日本の倍で4000万円近い。息子と娘はイギリスの学校に行っていると言う。本当の金持ちだ。華僑恐るべし。


 バランバンの自宅に着いたのは夜の10時になっていた。庭ではまだ兄弟が飲んでいた。オヤジは朝が早いので9時には寝てしまう。兄の横に女の子がいる。30歳の兄が彼女だと言い紹介する。美人ではないが笑顔の可愛い子だ。高校の同級生で、お腹には子供がいると言う。

 今までは彼女の家族に反対されていたらしいが、学校に行き、仕事も頑張っている兄を、彼女の家族も認めてくれたらしい。来月、結婚するのだと言う。

 弟に彼女はいないのかと聞くと、妹の友達に可愛い子がいて、狙っているのだと言う。俺にも可愛い子を紹介しろと言った瞬間に後頭部を平手で思い切り叩かれた。振り返ると、イザベルが腰に手を当てて立っていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


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