第124話 北朝鮮・救出作戦2

7月20日 午前7時

高度12000メートルで飛ぶC-2はソウル上空に近づいていた。ソウルを過ぎればすぐに降下地点だ。徐々に高度を落とす。旅客機にしてみれば急降下だ。隊員たちが鼻をつまんで中耳の圧力を調整している。高高度では機内は与圧されているが、降下するに従い機内の気圧も1気圧に近くなる。全員が緊張の面持ちで降下の準備をする。全員にとって未知の場所だ。しかも敵が迫っている。


加島が緊張をほぐそうと冗談を言う。

「美人ばっかり選んで助けるなよ!」

 全員がヤケになって笑う。

『降下』の表示が出る。習志野空挺が先に飛び降りる。訓練された25人が次々と降下口から出て行く様は、見ていてカッコイイ。

 電光掲示板が『WAIT』の表示に替わる。C-2が旋回する。再び『降下』の表示。SBU隊員が飛び降りて行く。小田が出て行く前に親指を立てて見せる。俺も同じサインを返した。SBU隊員が全員出た後でジェーンを抱きかかえる。表示は『WAIT』だが関係ない。飛び降りる。ジェーンが俺にきつく抱き着いている。顔を両手で押さえてキスをする。ジェーンの口が『バカ』と動く。


先に降りたSBU隊員の方に向かって飛ぶ…隊員たちの真上に位置どる。降下速度と合わせて飛ぶ。

遥か下に習志野空挺の隊員たちのパラシュートが開いているのが見える。高度300メートル位だろうか。眼下に広がるのは農村だ。SBU隊員もパラシュートを開く。銃声・・・高射砲だ。砲弾がパラシュートの一つに当たる。揚力を失ったパラシュートが急降下を始める。追いかける・・・・パラシュートを掴んだ。高射砲の場所を見つけ、光の玉を撃つ。パラシュートを手にぶら下げた状態で着地する。隊員が俺に叫ぶ。

「ありがとうございます!」

長谷川だった・・・ついてない奴だ。加島がSBU隊員全員に集合場所を伝える。習志野空挺は200メートル程離れた場所に着地していた。俺から離れたジェーンは姿勢を低くして近くの民家に走る。俺もジェーンの後を追う。民家の中には母親らしき女と子供が2人。ジェーンが早口で説明し、全員を家から出し、集合場所に向かわせる。

ジェーンが俺に叫ぶ。

「ほとんどの男が、先週兵役に取られたって」

次の家だ。外にいた農民はパラシュートを見て、家に隠れている。

SBUの韓国語が出来る隊員がハンドマイクで住民に話す。

「ここは、すぐに米軍により爆撃されます。私たちは皆さんを韓国に連れて行くために来ました。急いで出て来て下さい。繰り返します・・・」

少しずつ人が集まって来る。母親と子供達ばかりだ。遠くから散発的に銃声。飛び上がる・・・藁の山の陰に兵士が3人。光の玉を放つ。高度100メートルから見下ろす。救助を信用しない人達に向けて、マイクでの呼びかけが続いている。民家のドアをノックする隊員も見える。

 遠くで銃声。空挺部隊の方だ。飛んで行く。1件の家の中からライフルが2丁突き出されている。民家の屋根を突き破って中に入る。2人の兵士。驚いて外に飛び出て行く。空挺部隊のライフルの餌食になる。説得が続く。時間が掛かる。30分で80人程が集まる。遠くからヘリの音。MCH-101の爆音が近づく。

広場に5機が着陸し、3機に分乗する。荷物を手放さないので機内がイッパイになる。3機が離陸する。ヘリが飛び立ったのを見て、近くの集落からも人が集まって来る。すぐに60人程が集まり、残りの2機も離陸する。ソウルの避難所に避難民を降ろし、30分でヘリが戻って来る予定だ。ぞくぞくと人が集まって来る。


再び飛び上がる。ヘリが離陸した地点に向かって歩く人たちが見える。

500メートルほど先にポツンと離れた民家。見覚えがある。あの母子の家? 

飛んで行き、家の前に落り立つ。間違いない、あの家だ。

玄関になっているドアを開ける。母親が包丁を構えて立っている。後ろに女の子。

前に来たときは、俺は人民服を着ていた、今は飛行服だ。分からないのだろう。母親は真剣な顔で包丁を構える。

『マテ』というように手を出し、ポケットからカロリーメイトを取り出し、2人に見せた。女の子が母親の横をすり抜け、俺の元へ来る。母親が慌てるが、女の子は俺からカロリーメイトを受け取り、母親に見せる。母親の表情が変わって来る。俺を指差して何か言っている・・・分からない。ジェーンに習った韓国語。

「ハングーグエ カザァ」

母親の表情が変わる。何度か言い直す。『韓国に行こう』


母子を従えて外に出る。習志野部隊の合流地点上空まで2人を抱えて飛ぶ。子供が俺の首にしがみついた。見下ろすと集合場所には既に50人近い人が集まっている。SBUの方を見る。多少は少ない。SBUの集合地点に母子を運んだ。

 再び飛び上がる。上空500メートル。約2キロ先。西から装甲車と歩兵が向かっている。その数約300人。連中の上に移動。数台の装甲車に光の玉を放つ。爆発。周りにいた兵士達は来た方に逃げて行く。習志野空挺の集合場所に、隠れて着地する。彼らには俺が飛ぶところをハッキリとは見せていない。隊長を見つけて聞く。

「状況は?」

「こっちの部隊はケガ人が2人です。今のところ60人が集まっていますが、多分あと20人位は集まるようです」

「分かった」

その場を離れてSBUの集合場所に走る。途中で銃弾が当たる。民家に隠れている兵士を見つけ、殴りつける。集合場所には50人。小さな村だと思っていたが、意外に人が多い。

ヘリの音。徐々に大きくなってくる。

着陸した5機は、すぐに満員になる。隊員以外には残り10数人と言ったところだ。

すぐに5機が離陸する。8時半になっている。米軍の攻撃まで90分だ。村人が続々と集まって来る。あと一回は避難民で、その次に部隊が逃げるようだ。


高度1000メートルまで飛び上がる。20キロ先、北西から大きな部隊が移動してくる。

9時過ぎ。5機のヘリが戻って来る。避難民が押し寄せる。大きな荷物を捨てさせる隊員。ニワトリを持ち込もうとして捨てられたオバサンが怒っている。

ジェーンを探すが見つからない。再び上空に飛び上がる。北西からの敵は近づいている。約10キロ。最後のヘリが戻る前に来てしまう。北西に飛び敵の部隊の前にいる装甲車を何台か破壊する。部隊の動きが一時的に止まる。 

 集合場所に戻るとヘリの音が聞こえて来る。集まっている人数を聞くと全部で80人だ。5機で隊員も乗り切れる。ヘリが到着し、全員が乗り込み離陸する。ジェーンが赤ん坊を抱えて乗り込んでいた。母親は撃たれて死んだと言う。


時計を見ると10時1分前だ。南に向けて飛びたつ俺達の5機のヘリの上を、米軍のF15の編隊が北に向かっていく。続いて日の丸を付けたF2とF15、そしてF35が編隊を組んで飛んで行く。38度線から平壌までの北朝鮮軍を徹底的に攻撃するのだ。

直後、俺達がいた村の周辺から炎が上がった。


ソウルの避難所になっている学校の庭に着陸する。総勢382人が北朝鮮から避難できたと言う。避難民には混ぜご飯のような物が振舞われている。みんな飢えていた。

カロリーメイトを渡した母子が気になり、避難所の中を赤ん坊を抱えたままのジェーンと探した。俺達の姿を見て、手を合わせる人がいる。

 いきなり手を握られる。横を見おろすと、あの女の子だ。手を引かれて歩く。すぐ近くに母親が座っていた。俺の姿を見て抱き着いて何か言う。ジェーンが俺を見つけ通訳する。

「あなたは空から助けに来てくれた。やっぱり神様を信じていて良かった」

 俺は神の遣いじゃ無いけど。

 まあ、いいか。母親に言う。

「これからも大変だろうけど頑張ってね」

彼女がジェーンの抱えている赤ん坊を見て言う。

「これは李さんの所の坊やだ・・・お母さんは?」

 ジェーンが答える。

「村を出て来る時に撃たれました。この子だけが家の中で泣いていたので連れて来たんです」

彼女がジェーンから赤ん坊を受け取り抱いた。

「李さんには、いつも食べ物を貰ったりしてお世話になったんです・・・私がこの子を育てます。いいですか?」

「お願いします」

俺の方を見て何か言っている。ジェーンが俺に言う。

「中本さんの名前を教えてくれって。同じ名前をこの子に付けるって」

「スケベになるぞ」

「教えていいんですね!」

「好きにしてくれ」

ジェーンは紙に『透』『TORU』と書いて渡していた。韓国では不自然だろう。

 女の子は6歳だった。栄養が足りないのだろう。歳の割には小さく、痩せていた。ポケットを探り、チョコレートをあげた。チョコレートを持った手で俺の足に抱き着いてくる。抱き上げる。可愛い。10数年経ったら、いい女になってるかな・・・。取りあえず頬にキスして床に下した。


 衛星携帯に電話。二階堂だ。

「作戦成功ですね。お疲れ様でした。今現在、北朝鮮軍は平壌まで押し戻されています。中国軍は表立っては出て来ていないです」

「押し戻すって・・・完全に金王朝を潰すんじゃないのか?」

「大統領はそうしたいでしょうけど、次の選挙を考えると、ある程度の緊張した状態をキープせざるを得ないようです」

「北から連れて来た人達は安全に暮らせるんだろうな」

「それは大丈夫です。韓国はアメリカと日本に危機を救われた訳ですから」

「なんか、結局アメリカに利用されたような気がするな」

「そうですけど、今回の戦費は韓国が出します。5大財閥のサムスン、ヒュンダイ、SK・LG・ロッテグループが100%出すことで話が付いているようです。ミサイル等は自衛隊の使った殆どがアメリカからですが、その部品は日本製も多いですから日本の軍需産業も潤う事になります」

「・・・・どうでもいいや。俺の仕事は終わったの?」

「はい。終わりです」

「帰っていいのか?」

「はい。1時間後位にヘリが出るそうです。『かが』が対島近海にいますので・・・」

 電話を切った。ジェーンを連れて学校から出る。2人ともツナギの上は脱いでいるが、変な格好だ。気にせずに近くに見つけた焼肉屋に入る。ジェーンに注文を任せる。骨付きカルビが旨い。店のオババがハサミでジョキジョキ切って焼いてくれる。ジェーンも腹が減っているようだ。

「トオル・・・飛んで帰る積り?」

「ああ」

「私は任務だからしょうがないけど、トオルには無理強い出来ないもんね」

 拗ねているジェーンが可愛い。

「3時間俺に抱かれる?」

「どういう事?」

「抱っこして飛んで行こうかって事。一緒だとスピード出せないから3時間くらい掛かるかもしれないけど。それとも広島辺りまで飛んで新幹線で帰るか。民間機はパスポート持って無いから無理だしな」

「それ、いい!」


午後1時。ジェーンは隊に別に帰る事を伝えた。街でジェーンにニットキャップを買った。俺はマスクがあるから要らない。2人とも飛行服だ。ジェーンを前で抱きかかえ飛び立つ。苦しくなったら叩けと言い、高度を上げながら東南東に飛ぶ。高度4000メートル。気圧が4割ほど下がる。地上と同じ速度だと、身体に当たる風が4割弱くなるのと同じだ。時速500キロ。ジェーンは顔を俺に押し付け耐えている。これが限界だろう。1時間少しで日本の陸地が見えて来る。山陰地方だ。高度を下げゆっくりと飛び、大きな街に降りる。岡山だった。


ツナギ服で電車に乗るのも嫌なので岡山駅ビルのショッピングモール『サンステ』で適当な服と『ままかり』という弁当を買う。サバの押し寿司の様な物かと思ったが、上に大根の甘酢漬けが載っていて旨かった。ジェーンは『あなごめし』を買った。少し貰ったがこれも旨かった。新幹線『のぞみ』に乗り2人で弁当を食べていると、すぐに大阪を過ぎる。岡山から3時間と少しで東京に着く。大阪から先はビールを飲んで眠っていた。


午後7時過ぎ。東京に着き、ジェーンに起こされる。伸びをしたら屁がでた。ジェーンに尻を叩かれる。



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