第107話 セブの田舎町

7月7日 午前10時。

シャワーの音で目覚める。ゆうべは、カジノで勝ち、2人で抱き合ったまま寝た。思い出してニヤつく。シャワーの音が止み、イザベルがバスローブを羽織って出て来た。俺はベッドから降りてイザベルに歩み寄る・・・歩み寄ろうとしたが、ブランケットが足に絡まりベッドの下に転げ落ちた。

笑い転げるイザベル。俺も照れ隠しに笑う。腰を打った・・・痛い。イザベルはまだ笑っている、涙を流して笑っている。完全な空腹だとこうなってしまう。ただのジジイなのは自分が一番分かっている。 イザベル、笑い過ぎだ!

よろよろと立ち上がりバスルームへ歩く。イザベルが笑いながら俺の背中を押してくれる。

朝食をルームサービスで取っておいてくれと頼んだ。


12時。ルームサービスで食事を済ましチェックアウトした。冷蔵庫の飲み物とルームサービスで4100ペソ。100ドルを気前よく渡した。


タクシーに乗り、ショッピングモールのSMシティセブに行く。ここから各地へのバン(殆どハイエース)が出ている。『バランバン』とプレートが下がっている場所の車に乗る。運よく一番前の席だ。真ん中に座るイザベルは少し窮屈かもしれないが、この席が俺には一番いいと言う。後ろの席を見ると、座席が4列付いている。普通のハイエースのロングに一列4人で4列。1番前が運転手の隣りに2人で、合計18人の乗客を運ぶ。恐るべしフィリピン。1人250ペソの料金をイザベルが払う。約2時間弱の辛抱らしい。乗客が一杯になったら出発だ。

 セブの街を出ると山道だ。運転手がいきなりエアコンのスイッチを切る。坂を上るパワーをエアコンに食われたくないのだ。乗客は当たり前のように窓を開ける。日常の連携プレイか。山道を全開で飛ばすバン。登りはスピードが出ないからいいが、下りが怖かった。山道を下り切るとバランバンの街だ。各所で止まって乗客を降ろす。俺達は終点まで乗っていた。終点はバランバン・バンステーション。市場の真ん中にある広場に、屋根の付いたバンやバスのターミナルがあった。港のすぐそばだ。

周りは地元住民の為の広大な市場だ。肉・魚・野菜・雑貨。売り物の種類によって別れている。イザベルは野菜の商店が並んでいる方にスタスタ歩いて行く。後を追う俺。珍しい果物を見つけ立ち止まるが『あとで』とイザベルに腕を取られて歩く。着いたのはトライシクル乗り場。行き先を伝えているが聞き取れない。まあ、いいか。


南に走るトライシクルに揺られる事15分。細い道を右に入って行く。まっすぐ行くと海だ。海岸の50メートル程手前でトライシクルを降りる。海沿いの集落だ。イザベルが50ペソ払っている。更に右側に伸びる細い道を20メートル程歩く。右側の竹で作った塀に囲まれた家に、お土産を持ったイザベルが入って行く。中から歓声が上がる。

家の中からイザベルが出てきて、俺の手を取り、家の中に入る。家の人達を紹介する。お父さん、お母さん、お姉さんに妹。男兄弟2人は仕事に行っているらしい。

子供たちが4人。みんなハローの後はビサヤ語だ。フィリピンの公用語のタガログ語では無い。全く分からない。

「誰が君の子供なんだ?」

「ホントはね。私の子供はいないの。あそこの大きい2人の子供はお姉さんの子供で、小さい2人の子供は、死んじゃった2番目のお姉さんの子供。みんな私の兄弟は自分の子供だと思って暮らしてるの」

「そうだったのか・・・」


家の様子は、壁は竹を編んだ板で、それを柱の角材に打ち付けて有る。部屋の間仕切りは薄いベニヤ板の所と、外壁と同じ竹で仕切ってある場所も有る。床はセメントを打ってある場所も有るがキッチンの場所は土間だ。屋根は波状のトタンで天井板は無い。所々のトタンに小さな穴が有り光が洩れている。寝室が5つあり、それぞれ2畳から3畳の広さだ。庭には立ち木を使った物干しのロープが伸び、鶏が3羽、紐で繋がれている。

壁が竹で出来ている、通称『バンブーハウス』は古くなると編み込んだ竹の隙間が大きくなり穴から中が見えるようになってしまうが、イザベルの給料で壁のバンブーを4月に替えたばかりで、快適になったと言う。テレビも立派な32インチの液晶テレビが置いてある。唯一の電気製品だ。それもイザベルが買ったらしい。冷蔵庫は無い。以前は冷蔵庫も有ったらしいが、亡くなった姉が病院にいる時の支払いの為に売ってしまったらしい。それでも、4人いる子供たちは全員学校に行き勉強が出来るので幸せだと言う。学費はイザベルの仕送りで賄えていたと言う。

お母さんが、バナナのフライを持ってきてくれる。バナナを砂糖の入った油で揚げたもので『カモテキュー』と言う。カモテとはバナナの事だ。揚げたての熱々のカモテキューを食べる。外側のカリッとした砂糖の甘さと、バナナの自然の甘さが旨い。

イザベルが子供に200ペソを渡して、ビールとソフトドリンクを買って越させた。

 待ってました。ビールの出番だ。オヤジと乾杯する。オヤジの仕事は漁師だ。毎日午後に、目の前の海に網を仕掛け、朝になって引き上げる。時には沢山のエビが掛かる。エビは高く売れるなと言うと、美味しいから食べてしまう事が多いと言う。

外を見ると薄暗くなってきている。午後4時半。イザベルが俺に聞く。

「ここではあなたは寝れないから、ホテルに行きましょう」

確かに俺が寝られる場所ではない。家族にも気を遣わせるだろう。


表通りまで2人で歩く。港の近くのベイウォークと呼ばれている所で、夕食時に家族と合流する事になっていた。表通りでトライシクルを拾い、南に少し走ると『セ―ラーズキャビン』と看板が出ているホテルに着く。門から中に入って左側の受付で部屋が有るかと聞く。入口から真っすぐに通路が奥に伸びており、左側に2階建ての2ベッドルームの部屋が並ぶ長屋と、右側には1ベッドルームの平屋の長屋が向かい合っている。あいにく2ベッドルームの部屋しか空いていなかった。1泊1700ペソ。リビングにも2階の寝室2つにもエアコンが付いているが電気代は別と言う、長期滞在客を狙ったシステムだ。1ヶ月の滞在だと35000ペソになる。キッチンには鍋釜皿まで用意されている。冷蔵庫も勿論ある。

部屋に入るとムシ暑い。リビングと俺達が使うと決めた寝室のエアコンのスイッチを入れる。冷蔵庫のコンセントも差し込む。短パンTシャツに着替える。

喉が渇いた。ホテルのスタッフが、いいタイミングで様子を見に来る。白人だ。聞くと、このホテルのオーナーだという、ドイツ人だ。ミネラルウォーターが欲しいと言うと、スタッフに持って来させるので何本必要かと言う。500mlのボトルだと言うので水を5本とビールを5本頼んだ。

すぐに缶ビールが届く。外の椅子に座りビールを飲む・・・旨い。

荷物を整理していたイザベルが2階から降りて来る。

「また飲んでる!」

「これは水なの・・・俺にとっては水」

テーブルに置いてあった水と4本の缶ビールを持って行かれてしまう。

向かいの平屋に滞在している白人夫婦が、外にある椅子から俺達を見て笑っている。


午後7時。イザベルとトライシクルに乗り、ベイウォークに向かう。7時待ち合わせなので7時半に着けばちょうどいい位だ。フィリピン人は絶対に時間に遅れる。

ベイウォークの公園に到着すると、既に10人が俺達を待っていた。父・母・2人の姉妹。2人の男兄弟。4人の子供。俺達を入れて12人だ。ぞろぞろ歩いてバーベキュー屋に向かう。

串に刺してある肉を選び、席で待つ。選ぶのはイザベルに任せてオヤジと席に着く。まずはビールで乾杯だ。オヤジは殆ど英語を理解しないので、2人だけの時は面白いので日本語で話す。オヤジはビサヤ語で俺に話す。何故か笑うタイミングが一緒だ。歳を聞くと55歳だった。俺より若い。

 串に刺さったバーベキューが、皿に山盛りになって来る。それぞれの前にご飯と、コーラかビール。さあ食うぞ・・・イザベルに止められる。みんなテーブルの上で手を組んでいる。オヤジがお祈りを始める。熱心なカトリック教徒だった。俺も一緒になって手を合わせるが、こういう真剣な時に限って笑いがこみあげて来る。肩が上下に揺れてしまう。隣のイザベルに腿をつねられる。

家族全員で飲んで食べた。会計がいくらだったか知らない。バーベキューは1本10ペソだと言っていたから、全部でも1000ペソを少し出る位だろう。

食事が終わり、家族とは離れて俺達はフルーツの店が並ぶ方へ歩く。イザベルの知り合いが沢山声を掛けて来る。外れの無いチョイスでマンゴーとスイカを買った。


ホテルのベッドで考える・・・大家族もいいもんだ。イザベルの家族は笑っている。笑顔が基本だ。金は無い、車も無い、前歯も無い。オヤジの前歯は上下合わせて2本しか残っていなかった。

イザベルがシャワーを終えて俺の横に来て聞く。

「あのお金・・・本当に貰っていいの?」

「いいよ。どうして?」

「あんな大金を持ってたら、みんな怠け者になっちゃうから、家を建て替えたいの」

「足りるのか?」

「さっき、ベイウォークで兄と話してたの。寝室を6部屋作って、リビングルームとバスルーム。コンクリートで作って、ギリギリ80万ペソで出来るだろうって。兄達は大工も出来るから節約できるでしょ。私とお父さんも手伝えるし」

「いいじゃないか。もし足りなかったら俺が出すよ」

「ありがとう!」

抱き着いてくる。そのまま裸にしてイザベルと愛し合う。セックスするという行為自体は同じでも、『愛し合う』のと『ファックする』のとは全く違う。精神論うんぬんの、青臭い話では無くて、感じ方が全く違う。



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