第73話 トランプ大統領

午前1時。仕事を終えたアンが帝国ホテルの俺の部屋に来る。

クラブハウスサンドイッチをルームサービスで注文した。

 アンが聞く。

「さっきの金は何? 重そうだった。1キロでしょ。小さかったけど」

「ちょっとした仕事を彼らと一緒にしたんだ。その報酬が純金で来たわけだ。面倒だから現物支給と言うわけだ」

「1キロの金なんて持った事無い。1000グラムだから・・・500万円近いじゃない!」

「よく知ってるな。俺も持ってるからあげようか?」

アンの唖然とした顔。

「明日持っていってやるよ」

「嬉しい!」

この後のサービスは、いつも以上だった。


6月14日 朝10時。

ルームサービスの朝食を食べていた。パンケーキとカリカリに焼いたベーコン。半熟のゆで卵にコーヒー。アンは野菜ジュースを注文しただけだ。俺のカリカリベーコンを1枚だけつまんで食べる。


電話。アルファロメオのセールスだ。今日がジュリアの納車だった。

11時に来るという。ホテルをチェックアウトする。アンはタクシーで帰る。

マンションに着く。11時5分前。電話が掛かってくる。トラックが着いた。駐車場入り口から前の道路に出ると、俺のジュリアをトラックから下ろすところだ。

 近寄って見る。セクシーなボディ。車高がかなり低い。運転席に座る。目の前に広がるメーター類はオーソドックスな2眼式で左にタコメーター、右に330kmまでのスピードメーターだ。その左側にモニターが有り、車のセッティング等の確認を出来る。ドライブモードの切り替えはシフトレバー手前右のスイッチで行え、レースモードが有るのが面白い。 

 しかし!ナビが着いていない。ナビは無いのかと聞くと、用意されておりません。さすがイタリア車。

 今時、1000万円以上の車でナビが無いなんて・・・まあ、いいか。携帯のナビもあるし。 

 担当者を横に乗せ、エンジンを掛ける。低い音。軽くアクセルペダルをあおってみる。フェラーリ系のスーパーカーの音とは全く違う、アメ車のV8エンジンのような音だ。E63の方がスーパーな感じだった。

 走る。ドライブモードの切り替えで音も多少は変わると言うが、基本はドロドロとした音だ。湾岸地区の空いている道を選んで走る。最初の空いている交差点を曲がる時に笑ってしまった。時速50キロ位だったが、ハンドルの動きにもの凄くシャープだ。直線を加速する。大トルクで背中を押されるように加速する。重いG63とは比べ物にならない。ドライブモードをレースに変えてみる。音が一段と大きくなる。チューニングしてあるアメ車の音だ。アクセルペダルに敏感に車が反応し、ハンドルを少し切っただけでゴーカートのように曲がる。エンジン音はともかく、これはスーパーカーだ。4人乗れるスーパーカーだと思えばいい。E63と比べると、スタートダッシュでは四輪駆動のE63が勝つ。中間加速では同等。しかし、官能的なのは絶対的にジュリアだ。疲れるのもジュリアだ。 

 モニターに現れる表示は日本語に訳してあるが、完璧な日本語になっていないのもご愛敬だ。日本語が出来るイタリア女『ジュリア』。

 510馬力が引っ張るこの車の最高速は307kmだと言う。E63と同じ位だろうか。

 面白いオモチャを買ってしまった。


 ジュリアを駐車場に入れる。幅の広い駐車場はG63で、普通の広さの方はジュリアだ。

 部屋に上がる。娘達はゲームだ。寿司を食べたいと言う。彼女らが着替えている間に金庫を開けて金のインゴットをひとつサカンドバックに入れ、財布には100万円を入れる。小さなバックが一気に重くなる。


駐車場。

娘達がジュリアを見ての印象。

「普通っぽいけど、ちょっとカッコいいね」

 乗ってみての印象。

「ちょっと古い感じ。後ろ狭い(マキ)」

 走っての印象。

「乗り心地サイアク。音ウルサイ」

 確かに一般道ではE63の方が乗り心地は優しかったかもしれない。

G63は車体が重いだけに細かな凸凹に反応しないルーズさも持っている。


 ジュリア・・・どうやら評判が宜しくないようで。俺が良ければいいのだ。


 いつもの『すしざんまい』で好きなだけ食べる。今日は2万円越え。

 食後、娘達と秋葉原に行く。ゲームの催し物があるらしい。ヨドバシカメラの地下駐車場にジュリアを停める。エンジンを切る前にアクセルをあおる。駐車場内にジュリアの叫びが響く。女の癖に男っぽい音だ。

 娘達はゲームの催し物へ。俺は娘達のゲーム用のテレビを買いに行く。32インチでも安いのから高い物まである。店員にゲーム用と言うと。表示速度の速い物を勧められ、49000円の物を買った。ジュリアの後席に収める。アンに電話する。『これから行く』。

 本郷にあるアンのマンション。近くのコインパーキングにジュリアを停める。

 シンプルに淡いブルー系で統一されている部屋。

 ソファーに座り、バックから金のインゴットを出し、アンに渡す。

 アンは両手で受け取り、眺める。

 真剣に金を見ているアンに言う。

「今、売ってしまってもいいし、取って置いてもいいし」

「今は売らない。もしもの時の為に取っておく」


新しい車で来たことを言うとアンは乗りたがった。


 アンを乗せて走る。本郷周辺だ。彼女が車よりも俺の方を見ているのに気づく。

 彼女が俺に聞く。

「この車、好きでしょ?」 

「何でそう思う?」

「雰囲気」 

「雰囲気・・・どんな?」

「完璧じゃ無いって感じ。色も綺麗だし形も素敵だけど、乗り心地悪いし、狭いし、煩いし・・・でも嬉しそう」

「ジュリアって言うんだ」

「なに?」

「こいつの名前。車の名前・・・俺が付けたんじゃないよ。『アルファロメオ・ジュリア』っていう車」

「なんか、分かる。フランスかイタリア?・・・どっちにしろラテン系でしょ?」

「そう・・・イタリア」

「完全な、ちょい悪ジジイだね」


15分程走ってアンのマンションに戻る。アンには仕事の準備がある。


 アンを送り届けてしまうと用事は何も無かった。

 暇な時の吉原だ。

 東大前の本郷通りから本郷弥生の交差点を右に曲がる。言問い通り。真っ直ぐ行けば鶯谷を抜けて浅草方面だ。吉原は近い。谷中を過ぎ、上野桜木の坂に差し掛かる時に電話だ。セブンイレブンの駐車場に車を突っ込み電話に出る。二階堂だ。


 赤坂のマンション。JIAの事務所。今日はジェーンの姿が見えない。

二階堂と俺だけだ。奥の部屋に白人の男・・・ジョンだ。エルニドで一緒に中国船に拿捕されたCIAのエージェント。

 今度の依頼はアメリカ絡みか。二階堂とジョンが俺の向かいに座る。二階堂が説明を始める。

「一昨日、拉致被害者を奪還した後で、ムスダンリのミサイル基地を壊滅させましたよね。しかし、連中のミサイル基地は平壌からそう遠くない『トンチャンニ』にもあります。衛星から得た情報では、連中の動きが活発になっています。核施設への出入りも増えているようです。NSAとCIAの分析では、早くて10日。遅くても3週間以内に核ミサイル発射の危険性があると言う事です」

 ジョンが言う。

「ミサイルの標的になるのは、ロスアンジェルス、サンフランシスコ、日本のどこかでしょうけど、今は日本の可能性が一番高いです」

 二階堂が続ける。

「この際、核施設とミサイル基地を叩いてしまおうと言う訳です。トランプ大統領は北朝鮮問題に、それほど関心を示しませんでした。北朝鮮と韓国は休戦中な訳ですから、当然韓国軍は兵器を使いません。アメリカ製のミサイルを消費してくれないのです。他にも紛争中の国は沢山あり、そちらでも兵器の需要は有りますが、ゲリラ戦程度だと小銃やランチャー等の単価が安い物しか売れていません。やはりメインの売り上げは航空機やミサイルなんです。 アメリカが本気で北朝鮮を攻撃すれば戦争は1日で終わります。しかし、それでは意味がない。長引かせて兵器を大量に消費する」

 ジョンが割り込む。

「中本さん、勘違いしないで下さい。トランプ大統領は戦争を望んではいません。しかし来年は選挙が始まるんです。トランプ大統領の共和党の有力な支持者には、軍事産業で1位2位のロッキードやボーイングも名前を連ねている・・・もし北朝鮮がアメリカに向けてミサイルを撃ったら、彼ら軍事産業の思う壺です。大統領は、北が攻撃に出る前に潰してしまいたいのです。万が一、中国が出てきたら第三世界の国の戦争とは全く違ってしまう」


 トランプ大統領か・・・どこまでが本当か分からない。


 アメリカが軍事産業抜きに成り立たない事は知っている。10年に一度は、大きな戦争を起こし、旧型になった兵器を在庫一掃し、新型兵器のテストを実践で行なう。

 去年はアイシス相手のドローン攻撃が目立っていたが、国と国の戦争とはスケールが違う。

 アメリカが戦争の当事者になる必要は無い。NATO(北大西洋条約機構)で決議されれば代理戦争にNATO軍として参加し、大量のアメリカ製兵器を売り捌ける。兵器の金は・・・政治家の弱い日本からも大金が出る。アメリカ製の兵器の代金に日本国民の税金が支払われる。人(自衛隊)を出さないなら金を出せだ。

しかも、金を出しても世間に知られる事が無い。イラクがクエートに侵攻した時も、クエートを守るための軍に、日本政府は驚くような金額を出している。事が終わった時に、クエートの新聞に、感謝の広告が出た。協力してくれた全ての国名が挙げられた中に『JAPAN』の文字を見る事は無かった。

NATO軍としてアメリカが参加しても、ベトナム戦争のような人的被害はアメリカには出ない。ドローンを使った空爆と衛星からの情報でミサイルを使う。最終的に地上部隊がチェックに歩く。歩くと言っても戦車が主だ。

戦争によってアメリカの繁栄が保たれている。その片棒を担ぐのか・・・・


シンプルに考えよう・・・北朝鮮のミサイルが日本に飛んでくるのを防ぐ。その為に働く。それでいいじゃないか。後の事はどうにかなる・・・どうにかする。


ジェーンが部屋に入って来た。膝上の丈のスカートだ。ふくらはぎを見るだけで、俺のジュニアが『スカッドミサイル』の様に反応する。



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