第74話 自衛隊幕僚長
6月14日 午後6時
JIA赤坂から出て銀座に向かう。CIAやトランプ大統領と、駆け引きが出来る訳がない。そんな頭は持ち合わせていない。
考え事をしながら運転すると碌な事が無い。新橋2丁目の交差点で軽く追突してしまった。
車を降りて見ると、両方とも何ともない。相手は古いステップワゴン。降りてきたのは俺と同年代の中年男。顔を見る・・・・山田。高校時代の仲間の山田だ。
「山田・・・山田じゃないか?」
向こうも俺に気づく。
「・・・中本か?おい、久しぶりだな。コノヤロー、オカマ掘りやがって」
山田が俺の腹に軽くパンチを入れる。
「お前の車が押してくれって言ってたんだよ」
2人で笑う。後ろの車がクラクションを鳴らす。
「山田、お前時間あるか」
「急いでる訳じゃないからな。孫と一緒だけどな」
「そうか。メシ付き合えよ。付いてきてくれ」
車を走らせる。新橋のJRのガードを過ぎてすぐを左に曲がる。土橋を越えて少し走って左側の西銀座駐車場の入り口のスロープを下る。山田のステップワゴンがミラーに写っている。駐車場に入り、2台並んで停まれるスペースを探して有楽町方面にゆっくり走る。
ほとんど有楽町側の行き止まり近くに2台分のスペースを見つけ、駐車する。
山田が孫娘を連れて車から降りて来る。微笑ましい。
「オジイチャンだな」
「まあな。お前は?」
「俺は、だいぶ前に別れて一人だよ。息子はもう大きくなってるけどな。しばらく連絡もないよ」
「そうか。いろいろあるな」
山田が俺の車を見る。
「すげえ車乗ってるな・・・いい服着てるし。景気良さそうだなぁ。俺なんか10年落ちのワゴン車だよ」
「いいじゃないか。孫と一緒で幸せそうだ・・・いくつ?」
孫娘に聞く。指を4本立てる・
「よんさい」
可愛い。目の中に入れても痛くないだろう。不良だった山田の目が語る。
「4歳か。オジサンはね。ジイチャンの友達なんだ。これからご飯食べに行くけど、何食べたい?」
「おにく」
山田に聞く。
「焼肉でいいか? 俺に奢らせろ」
「おう、ゴチになるよ」
いつもの叙々苑・游玄亭。駐車場から歩いてもすぐだ。
昔話に花が咲いた。会うのは20年振りだろう。もうすぐ40だという年に仲間5人で酔ったのを2人とも覚えていた。
山田の手はメニューの値段を見て止まったが、構わずに俺が適当に注文する。
孫娘は特上カルビがお気に入りで、大人顔負けの量を食べる。
彼は、孫にせがまれて、赤坂のTBSに何かのショーを見に行って来たらしい。今日が孫の誕生日だが、息子夫婦は共働きで忙しいのだと言う。
俺の仕事を聞かれたので、コンサルタントをやっていると言うと山田は笑った。
彼は週4日間、夜勤で警備員をやっていると言う。確か20年前は、トラック5台の小さな運送会社の社長で景気が良かった筈だ。当時は新車のクラウンを持っていた。
赤坂の駐車場の料金にグチを言い、孫の口を拭ってやる。
だれかれ構わず喧嘩を吹っかけていた男が、幸せな小市民になっている。
山田には命を救ってもらった事が有る。高校を出た次の年、19歳になる年だ。チンピラ相手に乱闘騒ぎを起こした。俺達は5人。チンピラは6人。乱闘中に俺を横からナイフで刺そうとする奴を山田が突き飛ばした。ナイフは山田の腕に深々と刺さった。
ナイフが刺さったまま向かっていく山田に、連中は驚き逃げて行った。後になって連中は逮捕された。
俺達は度重なる喧嘩の為、保護観察処分となったが、少年院行きは免れた。
20年振りに会っても『お前』と呼び合える仲だ。
会計。68000円。カードで払う。店員に封筒を一つ貰った。
テーブルの下で、財布に入っていた100万円の束を封筒に入れる。山田に渡す。
「お前の孫に誕生日プレゼントだ。何か買ってくれ」
「馬鹿野郎。お前から金なんか受け取れるかよ」
「誰がお前にって言った・・・この子にだよ」
孫娘を俺の膝に乗せる。子供が俺の顔を見る。
「オジチャン・・・おなかイッパイだよ」
「そうか。美味しかったか?」
「うん、おいしかった。オジイチャンもおなかイッパイ?」
山田を見る。オジイチャンの山田が頷く。
封筒を額に押し付けて俺に言う。
「悪いな・・・貰っとくよ。もうこの歳だから、借りは返せないぜ」
「気にするな。高校の時、お前に、しょっちゅうタバコ貰ったからな」
駐車場代も俺が払った。俺は銀座で行くところが有ると言い、駐車場で山田を見送った。
金は無さそうだが幸せそうな仲間を見ると嬉しい。
グラスに響く氷の音。
アンが静かに水割りを作る。横顔に見とれる。
水割りを一口飲む・・・旨い。
アンがまっすぐに俺の目を見る。
「金を売りたいの」
「急にどうした?」
「今日は冷凍庫に隠してきたけど、不安で。貸金庫借りるのももったいないし。トールの知り合いで簡単に売ってくれる人知らない?」
少し考えた。俺が買い取ってやるか。でも、俺が持っていてもしょうがない。
入口の方から新たな客。前を通り過ぎる・・・又、田村だ。陸上自衛隊幕僚長。
今日は一人の様だ。俺には気づかない。アンに言う。
「田村が買ってくれるかも」
俺は席を立ちトイレに行く振りをして田村の席の前を通り過ぎる。
「中本さん」
田村が俺を呼ぶ。わざとらしいかも知れないが仕方ない。
「やあ、こんばんは。今日はお一人ですか?」
「そうですよ。気晴らしです」
すぐに田村のお目当ての女が来る。
「ごゆっくり・・」
立ち去ろうとする。
「中本さん。座りませんか。一杯くらい付き合って下さいよ」
Uの字型のボックス席。田村と並んで座る。反対側に女。
田村が偉そうに女に言う。
「ドンペリ持って来い。中本さんと乾杯だ」
女の表情が明るくなる。売り上げによって給料が上がる。
ドンペリを開け、5分程は世間話が続く。
「田村さん。ちょっといい話が有るんですが」
女をチラッと見る。田村が気づき女を席から外す。
「いい話とは、どんな・・・金が絡みますね?」
流石に勘が、特に嗅覚が発達している。並みの人間では幕僚長までは登れない。
「金のインゴットなんです。1kgのインゴット。今の相場が1グラムで4900円前後だから1000グラムで約490万円なんですが、闇で売りたいと言う人が居るんです。買い取り屋に持っていくと、量が量だけに身元を明かさないと買い取って貰えません。税金の問題が出て来るんです」
田村が乗り出す。食い付いてきた。
「それで、いくらで売ってくれるんだね?」
「私は480万円で4個買いました。消費税無しです」
「消費税分だけでも大儲けだな」
「もし興味が有ればと思いまして」
「是非・・・」
「あと3・4個なら、すぐに売ってくれると思いますが・・・」
「お願いします。中本さんにも多少の紹介料は差し上げますので」
「それは要りません。お世話になってる田村さんですから、少しでもお返しが出来ればと」
「3・4個とは言わずに10個でも・・・有るだけ買いますのでお願いします」
「分かりました。明日にでも電話します」
席を立って自分のボックスに戻る。アンも奥から戻って来る。
「どうだった?」
「買いたいって。相場がそんなに動かなければ480万円」
「10万円安いって事か。でも面倒が無いですね。売りに行っていろいろ聞かれたりとか。お願いします・・・・トオル」
誰も見ていないのを確認し、キスしてくる。
店が終わり、いつも通り帝国ホテルへ。
アンの店が終わってからここに来る時は、いつもルームサービスだ。彼女の他の客に会うのを警戒している。
アンとは何度寝ても飽きる事がない。会うたびに愛おしくなってくる。ヤバイおやじだと自分で分かっている。
6月15日
ホテルをチェックアウトし、アンと西銀座駐車場に車を取りに行く。そのままアンのマンションに行きインゴットを預かる。
自宅のマンションの駐車場からSBU隊員の加島に電話した。昼休みらしく、すぐに電話に出る。金を売ったかと聞くと、買い取り業者に、身分証明等がいると言われ躊躇していると言う。売り先を見つけたと言う話をすると、今晩にでも3人分の12個を持ってくると言う事になった。
田村に電話。
「中本です。ゆうべの話ですが、先方には16個のすぐに売れる金があるそうです。田村さんが10個で良ければ私が残りを買いますが、どうしますか?」
「そうですか! いや、中本さんが良ければ全部欲しいんですが」
「いいですよ。私は次に売り物が出てきた時に廻してもらいますから」
「田村さんの電話を先方に教えますので、お二人で会って貰っていいですか?」
「・・・・できれば中本さんにお付き合い頂ければ安心なんですが」
「分かりました。いいですよ。じゃあ、先方に予定を聞いて、又、電話します」
「有難うございます。中本さん・・・感謝します」
昨日会った同級生の山田に電話する。
「おう、中本だ」
「昨日はありがとな」
「可愛い孫娘だな、ジイチャン。ところでだ。お前、銀行口座をインターネットで使えるようにしてあるか?」
「ネットバンクだろ。だいぶ前から使ってるよ」
「俺の仕事を1回だけ手伝わないか?」
「振り込め詐欺じゃないよな」
「バーカ。そんなケチな事しねーよ」
還暦前に同級生と、ひと仕事だ。
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